中島みゆきと役に立たない応援ソング
去年の4月、大腸ガンだと告知された。
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早期ではあるが、あの「癌」が俺の中にあるとハッキリ書いてある。
内視鏡検査の結果を「ガンだったらめんどくせえなぁ」くらいの気持ちで聞きに行ったらガンだった。
呆気にとられる→ボーっとする→落ち込む
という気持ちの変化を5分以内にやった。
落ち込んで待合室の椅子に座ると目の前のテレビでドラマの再放送をやっていた。音は出てないが字幕が表示されてるのでドラマの内容は分かる。
ドラマのタイトルは知らないが、本田翼が医者のドラマだ。恋愛も絡んでるらしい。
夜間だと思われる病院内で窪田正孝が本田翼に
「好きです」「私も好きです」
みたいな会話をやっていた。
医者だって人間だから恋愛することもあろう。分かるよ。職場恋愛。
でもね、こっちは5分前に「アナタはガンです」とめっちゃ正式に告知された後なんだ。
「恋愛はせめて帰ってからやれ!病院ですんな!仕事をしろ!俺の気持ちも考えろ!」
と、かなり腹が立った。
書きながらふと思ったが「本田翼が医者」って不安にならないですか?俺だったら「執刀医の本田翼です」って言われたら「唐沢寿明にチェンジは可能ですか?」って聞く。
帰宅するためにバスに乗った。
いつの間にか、ある曲が脳内再生されていた。
春なのに
お別れですか
えっ?この曲なんだっけ?知ってるけど…誰の曲だっけ?斉藤由貴?
…と斉藤由貴の顔を思い出そうとすると何故か尾崎豊の顔がボヤ〜っと浮かぶ。
曲は流れ続ける。
春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに
そこで「窓の外を見ながら、涙を流す」という感性を俺は持ち合わせていないし、他人事ではない、この俺がガンなのだ。
春なのに お別れですか
ああ、この曲はたしか、「春なのに」という曲だ。俺が中学生くらいの時に流行った、柏原芳恵が歌った、卒業シーズンの、別れか失恋か何かの曲だ。
春なのに 涙がこぼれます
確かに4月で春だけど。この曲に思い入れとかないし。アイドルが歌ってた歌謡曲でしょ?
そもそも、サビしか知らんし。
春なのに 春なのに
脳内で止まらない「春なのに」のサビを10分ほど聞きながら、やっと分かった。
これは「中島みゆき」だ。
作詞作曲が中島みゆきの曲だ。
「自分の葬式で流してほしい曲」とかアスリートが「試合前に聴いて、自分を高める曲」みたいなのがある。
それぞれ、「マイ・〇〇な時に聴く曲」というのがあるとは思う。
しかし、それとは真逆の、「向こうから鳴ってくる曲」というのがあるのだ。予想もしない角度から。
そして、これは世代にもよるだろうが、ガン告知とか、人生の大きな節目に「向こうから鳴ってくるアーティスト第1位」はたぶん、中島みゆきではないか。
俺は中島みゆきは数曲しか知らない。
「悪女」「時代」「世情」「狼になりたい」。あとは「うらみます」が聴きたくて「生きていてもいいですか」というアルバムをゲオから借りて「この、エレーンって曲もすげえな」と思った程度。
10段階の「中島みゆき検定」があるとして、俺は「1」だろう。いや「エレーン」や「タクシードライバー」も知ってるから「2」に行くかも。
日本人の心には中島みゆきが染み込んでいる。中島みゆきを聴いたことがない人でも、研ナオコを通して、TOKIOを通して、テレビドラマの主題歌を通して、中島みゆきを聴き、染み込んでいる。
呪いに近い。
「統計は取られてはいないが、確かに存在する、〇〇な曲ランキング」みたいなことを考えることがある。
例えば、死亡に繋がる交通事故を起こした人が直前まで聴いてた曲ランキング。
仮に70年代まで遡って世界で統計が取れたらディープパープルの「ハイウェイスター」が1位だろうな、とは思う。
日本国内だとWANIMAとか湘南乃風あたりがランクインするだろうか。どちらも聴いたことないからこれは偏見ですね。
個人的には「YOUは SHOCK!」の曲や「限界LOVERS」あたりは「危ねえなあ」と思う。
また、統計を取るのは不可能だが、人が死ぬ直前に脳内で鳴っている曲、「走馬灯ベストヒッツ」みたいなのがあるとして、中島みゆきの「世情」はかなり鳴っているのではと想像する。グローバルに考えると「ボヘミアンラプソディ」は定番でしょうね。
でもそれは想像であって、実際は「イノキ・ボンバイエ」や「億千万!億千万!」が鳴っているのかもしれない。
これは統計が可能だが「あまり気分が乗ってない性行為中に脳内で鳴る曲」というのが絶対にあるはず。若くて旺盛なうちはそんなことないかもしれないが、慣れてくるとそんな時もある。俺は一時期、長州力の入場曲「パワーホール」が長州の顔と共に鳴り響き、困ってたことがある。
実際にガンになって思ったが、バブル崩壊直後からJ-POPに現れた「応援ソング」というやつ、アレは「もともと元気な人が、更に元気になるための曲」であって、大病をして弱ったり、気持ちが底辺まで沈んだ時には絶対に聴きたくはない。
「もう少し、声を落としてくれませんか?」「隣の部屋で歌ってくれませんか?」という気持ちになる。本当にキツい時、応援ソングは役に立たない。
もし、中島みゆきの「ファイト!」のサビを聞いた高校生が甲子園に出場する野球部を応援しようと全校で「ファイト!」を大合唱したとして、
野球部は(住めんようにしちゃる?)と思うだろう。
そして甲子園球場での試合中、「ファイト!」のサビではなく「住めんようにしちゃるって〜 言われ〜てさ〜」の部分が脳内で鳴り、スクイズを失敗する。
中島みゆきの呪いだ。
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