恵比寿

初めて訪れた時、そのまちは夏で、しっとりした風がある夜だった。

アイスコーヒーは、底にペーパーナプキンが張り付き、まだ1口分しか減っていないのにたくさん汗をかいていた。

2階のカウンターから街を見下ろす。
本当ならもっと綺麗に映るはずだった世界は、外装工事の足場やネットに遮られ、膜を隔てていた。

素晴らしいに違いないと期待すれば裏切られたような気持ちになり、大したことないと低く見積もるのは自分の本心に嘘をついていることが解り、素直に喜べなくなる。

どうせ予測してしまうなら、いつも楽しく在れたらいいのに。その差異に興奮したいのに。

目の渇きを感じ、少し閉じてみる。

いま、この席にあの人がやってきたらと考える。
あの人は片手に珈琲をも持ち、反対の方に重たそうな鞄を掛けて椅子を引こうとする。が、動かない。その椅子、固定されているタイプみたいです。と心の中で声をかける。あの人は恥ずかしそうに鞄を下ろし、パソコンを広げる。タイピングの音が心地よい。でもそれは実際、私の後ろのスーツの男性が鳴らしている音であることは知っている。

目を開ける。
世界は変わらず外装工事の足場をネットを隔てているが、信号の色だけはくっきりとやけに美しく、わたしの目に映っていた。

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