■称賛欲しがりおじさん・第4章 オレは特別な存在

3章では男性の強さへの執着を記したが、強さとほぼ同時に男が妄執する想いがある。
それが『オレは特別な存在』という妄想だ。

再び、筆者の好きな銭湯の話をしよう。
もう何度も経験し、学んでいる事なので、よっぽど腰を低くしてこの言葉をかけるように気を付けている。
それは「あの、すいませんが湯船にタオルを浸(つ)けないようにお願い出来ますか?、あそこにもそう書いてありますし・・」という声掛けだ。
相手が若年だと気が楽だ。
彼らは「あ、すいません」という言葉と共に、すぐに改めてくれる。
問題は年配者で、ジロりと筆者の顔を一瞥し、無言のまま立ち去るケースが大半だ。
その表情が“何でお前みたいな若造に注意されないといけないんだ”と、そう語っている。
そして、その内の数%の年寄りは、最後に捨てゼリフを残す。
それは、ほぼ決まってこの一言だ。
「オレはいいんだ」
筆者にとっては、どこかで聞いた言葉だ。
筆者が小学校で情報教育の講師をしていた頃、男子生徒の口からちょくちょくこの言葉が発せられていた。
女子から「そんな事したら、いけないんだよ!、先生に怒られるよ!」と注意を受けた男子が「オレはいいんだね!」と口答えする。
筆者のみならず、みなさんも男子がこの言葉を用いるシーンを憶えているのではないかと思う。

信じられるだろうか?
かなりの数の男が“オレは特別な存在、優れた最強の存在。大物だ。だから何をしても許されるんだ”そう心の内に歪んだ信念を持っているのだ。
精神の寄生虫が“お前は特別な人間なんだぞ”と耳元で囁き続け、男達は、それにうなづき続けている。
少年の頃に芽生えた“オレは特別な存在。オレだけは何やってもいいんだ”というエゴイズムに、彼らは70~80歳になっても浸り続けている。

タバコの箱の横には注意書きがある。
「吸い続ける事によって、あなたの健康を害する恐れがあります」と。
“確かに健康にダメージを受ける人間もいるだろう。でもオレは特別な存在だ。タバコなんかで肺ガンや喉頭ガンになったりはしない”
そんな歪んだ自己暗示で、このメッセージを無視する。

6年A組の男子のエピソードを思い出して欲しい。
内面に“遊びたい!”という衝動が芽生えると、男はそれを抑える事はできない。
実の所、教師や親、大人から何らかの注意を受ける度に、彼らは“オレは特別な存在だから、それをしてもいいんだ”と内面で自己暗示をかけ、自分の甘えを容認、いや肯定しているのだ。
更には“オレは最強。猪もワンパン。銀行強盗だって制圧できる。頑健な体はタバコの害なんて跳ね返す”と、内面の妄想を膨張させる。

もう30年以上前、1991年の話だが、咽頭ガンとなった大御所俳優が、そのガン治療を発表した記者会見の最中にタバコを吸い始めた。
記者からの「医者から禁じられているのでは?」との問いかけを無視し、彼は悠然とタバコをくゆらせた。
その数年後、喉頭ガンになったある落語家が全く同じ行動をした。
咽頭ガンの96%は喫煙者、つまり明らかにタバコがその原因だ。

しかし6年A組が“遊びたい衝動”を抑えられなかったのと同様、“(喉頭ガンだけど)タバコが吸いたい”、“(脂肪肝だけど)酒が飲みたい・・”という内面の欲望が芽生えたなら、彼らはそれに抗えない。
そして精神の寄生虫がささやく、“お前は特別な人間なんだから、タバコを吸っても大丈夫。ガンになっても必ず治るんだぞ”と。

筆者が20代前半の頃、バイト生活を送っており、周囲には同年代の喫煙者が沢山いた。
当時はおせっかいな性格の筆者は、折に触れて「健康の為にも禁煙・・とまでは言わないまでも本数を減らした方がいいよ」と促していたのだが、「そうだね。禁煙を考えてみるよ」などと言った者は皆無だった。

返って来る反応としては・・
「深く横隔膜の上下運動をするから、却って健康にいい」
「会議なんかで、間を持たせる為にも必要」
「確かに病気の素かもしれないが、オレらが年取ってそうなる頃には一発で治るクスリが開発されているから大丈夫」
「ニコチンでなく、紙に含まれている化学物質に害がある。この銘柄なら無害な紙で巻いてあるから大丈夫なんだ」
等々・・

変わり所になると「君らは休憩時間ごとに自販機で100円のジュースを買うだろう?、でもオレ達はタバコを1~2本吸うだけ、つまり数十円だ。こっちの方が経済的なんだよ」と、訳の分からない弁解もあった。

それだけ、沢山の言い訳をするという言う事は、裏を返すと心のどこかでは“本当はタバコは止めないといけないんだよなぁ。健康に悪いんだよな・・”と自覚しているという事でもある。
しかし自分の欲・衝動の方を優先させたいので、言い訳を沢山作って、それで自分の欲望を守っている。
つまりは上記の言い訳は、他人でなく自分自身に言い聞かせているようなものだ。

俳優と落語家の記者会見の喫煙でも、その後に発売された週刊誌には「病に侵されても、破天荒なスタイルを崩さず、勝新太郎は男を見せた」といった記事が散見された。
男同士で歪んだ自意識を支え合っているのだ。

『破天荒』、『ロックな生き方』も、『最強』と並んで男が大好きな言葉だろう。
内面のエゴの肥大化を正当化する為の言葉だ。

宇〇田ヒ〇ルの父親が、133kmの大幅なスピード違反で捕まった時も、「自分は特別な訓練を受けていているので問題はない」と、頓珍漢な言い訳をしていた。

結局の所、パワハラ、セクハラ、マイノリティ差別、等も、背後にはこの“オレは特別な存在。何やっても許される”という彼ら『称賛欲しがりおじさん』の持つ、衝動を抑えられないという要素に加え、歪んだ万能感・優越的思想が、つまり「特別なオレは、何をやっても構わない」という思想が背後にある。

“オレは特別な存在。浴槽にタオルをつけても構わない。他の奴には禁じられていても、オレはいいんだ”
銭湯で筆者を一睨みして立ち去った高齢者は、それ以降、浴槽にタオルをつけないように気を配っているだろうか・・?
追跡取材はできないでいるが、その行動は安易に予測できる。

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