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萬御悩解決致〼 第一話⑥

翌日。朝から俺はもっと恥ずいことをやらねばならなかった。
「うっす」
と言って教室に入る。
「おはよう」
と一番近くにいた上田翔子が応える。俺は上田さんに近づいて、こう告げる。
「翔子ちゃんさぁ」
 呼びかけられた上田さんはビックリである。普段それほど親しくない俺が、苗字でなく名前で、しかも「ちゃん」づけで呼びかけてくるのだから当然である。
「翔子ちゃん、今週の土曜日って暇かなぁ」
「えっ、まぁ暇かつったら暇だけど」
目を白黒させて上田さんが答える。
「じゃさぁ、野球部の試合見にきてよ。翔子ちゃんのためにヒット打つよ」
「え。なに、それ」
 上田さんの顔が赤くなる。
「来てよ。俺に力をくれよ。俺、前から翔子ちゃんのこと気になってたんだ」違う。もっとストレートに!「好きだったんだ」
 畳み掛ける俺の言葉にポーっとうなずく上田さん。
「じゃ、お願いね」
 俺が離れると、上田さんの周りにいた女子がウワァと盛り上がる。
「翔子、翔子。これって愛の告白?!」
「やだぁ。公衆の面前よ」
「花田くん。だいたーん!」
 背中で声を聞く。我慢だ。我慢だ。我慢だ、俺。まだ、ノルマは達成していない。昼休みまでに少なくともあと四人、声をかけねばならない。
 成宮佳代
 飯田好
 山際萌
 桜井恭子
俺は順調に数をこなした。そして俺は、予想通り、昼休み五人の女子に廊下に呼び出されることとなった。
 声をかけた中で、一番おっかなそうな成宮佳代が口火を切る。できれば、成宮さんだけには声をかけたくなかった。しかし、選んではいられない状況だったのだ。
「花田さぁ、おかしくね。おめえ、あたし達で遊んでんだろ」
「佳代ちゃん。な、なんのこ、とかな」
「詰まってんじゃねえよ。それから佳代ちゃんとか気安く呼ぶなよ。昨日まで成宮って呼び捨てだっただろ」
「あ、いや。何? 成宮ちゃん、いや、さん」
「テメェ、ぶっ飛ばすぞ!」
 怖いのは成宮さんだけではなかった。後ろに控える四人も、鬼の形相で俺を睨んでいる。
「あたしら五人におんなじこと言ったろう」
「な、なんて」
「好きだとか、なんとか」
 ちょっと赤くなりながら、言いにくそうな成宮さん。いきがっても乙女だな。あっ。心に余裕がでてきたかも。
「言ったよ。好きだって。だって佳代ちゃんのこと、ほんとに好きだから」
「だから、それがおかしいってんだよ。コイツらにも好きって言ったろう」
「言ったよ。だって好きだから」
 そう。こっからだ。圭介の筋書き通りに。あっけらかんと。他意なんてないふうに。純粋に。そう。お前は小学三年生。ひねこびる前の純粋な子供。子供なんだ。
「言ったさ。だって俺、翔子ちゃんも佳代ちゃんも好ちゃんも萌ちゃんも恭子ちゃんも、好きだから。ほんとに大好きだから」
 どうだ。俺の目は今キラキラしているか。俺の見た目は今純粋か。
「馬鹿じゃね。色ボケかよ」
 強い言葉とは裏腹に、そこに怒気はなかった。
「俺、正直になろうと思って。好きなら好きって言っていいんじゃないかな。愛してるとは違うんだし。好きってLIKEの意味もあるだろ。誰が一番好きとかじゃなくて、俺、皆んな好きなんだよ。だから、応援して欲しいんだ」
 ひと呼吸入れた。スマイル、スマイルだぞ。
「好きな女の子たちに応援して欲しいんだ。変かな。だって、野球部の応援なんて誰もこないんだぜ。こんなに頑張ってやってんのに、誰も。好きな女の子たちに、一日だけ、2時間だけ応援してもらいたいって思うのそんなに変かな」
 口を挟ませないようひと息に言った。五人の女の子の向こうに、野次馬のふりをした圭介がいる。満足げな顔つきだ。お前の台本通り言ったぞ。どうだ。
 五人は互いに顔を見合わせている。どう反応していいのかわからないような表情だ。
そこへ何気ないふうを装って、奈央がやってくる。すかさず声をかける。
「奈央ちゃん」
ああ、"ちゃん"づけで言えた。
奈央が立ち止まる。
「今週の土曜日、野球部の試合があるんだ」
「ふうん」
「だから、俺、大好きな奈央ちゃんに応援に来て欲しいんだけど、駄目かな」
奈央に演技はいらなかった。本心を伝えればいい。
「いいよ」にっこり笑って奈央が言う。「あたしも悠のこと好きだから」
ああ、天使。なんて、なんてかわいい笑顔。その笑顔を見せて、奈央は教室に入っていった。
 すっかり落ち着いた。ゆっくりと五人を眺める。五人は罰の悪そうな、居心地悪そうな様子だった。もう誰も怒っていなかった。
「ま、まあ。言われてみりゃ、LIKEも好きだしな」と成宮。
「誰も応援いないとか、かわいそうちゃ、かわいそだな」
「二時間くらいなら。ね」
「悠のこと好きかつったら、まあ好きかもな。あ、LIKEの方な」
 どうやら、皆さんの怒りもおさまったようだ。
「LIKEとかLOVEとか、どうでもいいじゃない。みんな大好きでいいじゃない」と俺が言うと、そだな、それでいいか、と五人が笑う。
 やった。作戦成功。でも、騙したんじゃない。俺はほんとに今そう思っていた。

みんな大好き!

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