第1章 マネジメント・コントロール・システムのデザインを考察する対象としての中小企業

第1章は今回の研究を行うバックグラウンドについてまとめました。先行研究の状況やこの研究を通じて明らかにしたいことを書いてみました。ぜひご一読ください。

1.はじめに

中小企業白書2019年版によれば,日本国内の全企業359万者のうち,いわゆる中小企業や小規模企業者と呼ばれる企業は358万者あり,全企業の99.7%を占めている。このうち,製造業では従業員数20名未満と定義される小規模事業者は305万者あり,全企業の85.0%,中小企業や小規模企業者 を分母としても85.20%と大多数を占めていることがわかる。

しかし,中小企業庁の調査によれば,中小企業においては財務会計目的や税務会計目的として財務諸表は作成されているが,予算管理(原価管理や利益管理を含む)を目的とした会計情報の利用は調査に回答した企業の2割程度でしかない 。すなわち,中小企業においては過去情報を作成するための会計情報を作成されているが,企業の将来の方向性を定めるために会計情報が十分に利用されていないという実情が垣間見える。マネジメント・コントロール・システム(Management Control System:以下,MCSと略記する)理論の泰斗であるSimons(1995)は,創業期にある規模の小さな企業ではフェイス・トゥー・フェイスで情報伝達が可能であり,MCSや管理会計といった公式的なコントロールシステムは必要としないとまで指摘している。

こうした中で,Welsh and White(1981)は,中小企業における管理会計の特徴として会計技法が中小企業のニーズに適合的に作られ,かつ簡素化されるのだと述べている。また,Mitchel and Reid(2000)は小規模企業が大企業に比して簡素化された組織構造を持っているので,管理会計システムを柔軟かつ適合的に変えていくと考えられると指摘している。

確かに,中小企業は大企業に比して簡素な組織構造を有しており,時に経営者が管理者,従業員と同じような役割を担うフラットな組織構造を持つものもある。ただし,管理会計技法は,組織の階層化に伴って生じた多様な管理対象を管理するために会計的,計数的な観点を用いて生み出されたものである。よって,大企業には適合的な技法でも,中小企業には向かない技法もあるかもしれない。さらに,大企業と中小企業のそれぞれの経営実践の中で,ある技法が特徴的に利用されるような事例もあるかもしれない。

しかし,Mitchel and Reid(2000)によれば,中小企業は世界的に見ても現代経済の発展に大きな影響力を持ち続けてきたにも関わらず,管理会計研究 においては長い間忘れ去られてきた存在であるとされている。2000年以降,中小企業やベンチャー企業,ファミリービジネスを対象とした研究は増えてきているものの,国内的にも国際的にもその数はまだ限られている(飛田2014,Lòpez and Hiebl 2015,Senftlechner and Hiebl 2015,Heinicke 2018,牧野2020)。やはり中小企業の管理会計についてわかっていないことはまだまだ多い。

そこで本章では,本書の主たる研究対象である中小企業や小規模事業者におけるMCSや管理会計がどのように研究されてきたのかをレビューするとともに,本書の主たる研究課題であるMCSのデザインを考察する対象としての中小企業の特徴を確認することにしたい。

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