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ふりかえりを通じて見えた未来はいかなるものか:女子商マルシェ第4回講義から

12/13(金),ついに5月から始まった長い旅路が終わった。女子商マルシェプロジェクト,またの名を「福大コラボ」の最終回だった。

11/22-23の両日に「女子商マルシェ」を終えてから3週間。高校生側も決算が終わり、期末考査、三者面談などのスケジュールの合間を縫って、第4回講義が行われた。テーマは「ふりかえり」だ。

「ふりかえり」とは内省するプロセス。具体的な経験を積んだ女子高生たちに、自分たちが講義やマルシェ当日で学んだことは何だったのか。自分たちでそれまでのことを思い出し、言語化する過程であり、経験からの学びを定着させるプロセスである。

講義の設計はゼミでやったこと…

前回の授業終了後のふりかえりで、私は学生にこんなことを伝えていた。

「今までは自分たちがボールを持って、どういうロジックでゴール(女子高生の理解)を決めるかが重要だった。しかし、今度は相手がボールを持っていて、奪ったら一気にカウンターでゴールを決めなきゃいけない状況だ」

そう。今回求められるのはカウンターである。相手がどう出てくるかを仮説設定し、ボールを奪うポイントをあらかじめ予測し、奪ったと同時にゴールに向かう。まるで2019Jリーグ第33節のマリノスが宿敵フロンターレを倒したサッカーのような(よくわからん)。

詳しくはこちらの試合ダイジェストをご覧下さい。

こういうイメージです。ボールを奪ったら,速攻。ゴールに一目散に走っていって,一発で決めてくるイメージ。

それはさておき。

当日までの準備を経て,学生が用意したのはゼミ2年次の創Pのふりかえりで使った例のフレームワークだ。

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まずは「できた=できなかった」軸から

また別の学年では、毎年宿題として課す時系列整理からスタート。

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ワークシートからのポストイット。
「楽しすぎた。来年も楽しみ」とは良い書き込みだ。素晴らしい。

が、このワークは高校生に負担であるに違いないことはあらかじめ予想されていた。残念ながら女子高生たちが自分たちの経験を言語化して表現することの難しさ、自分が経験したこと=マルシェ当日のことはたくさん出てきても、大学生が教えてきたこととどこまで結び付けて考えられるかが、ふりかえりの質を決めてしまうからだ。

そこで大学生の力量が試される。その場で即興的でなく、これまでの講義やマルシェ当日に大学生側が見聞きしてきたことをもとに「掘る」作業が求められる。これがカウンターだと言っている。ボールを持っているのは高校生側だからだ。

ただ、学生がよく工夫してるなと感じたのは、限られた90分の中でふりかえりができるように手順を追ってワークをするように準備していたことだ。

つまり、先に時系列的に、あるいは「できた=できない」軸で整理させたあとに、「意図した=意図していない」軸を持ってきたことだ。

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この学年では「考えた=考えていない」軸に読み替えて整理

確かに手順としてはスムーズで、高校生も比較的スムーズに峻別をすることができた。

ここまでは良くできていたと言えよう。

抽象的なワークを90分継続するむずかしさ

が、次第に高校生の手が止まり、おしゃべりが始まる。学年によっては売っていた商品のお絵かきを始めたりもしていた。だんだん収拾がつかなくなっていく。

出てくる「できなかった」ことも,現金過不足や商品の渡し間違い,検品に手間取るといったマルシェ当日にできなかったことが中心になっていた。つまり,そもそも理念をもとに計画して実行するということにはなっていなかったということだ。

ここでどう彼女たちに考えて貰えるように導くか。高校生が日頃から「詰め込み」的に授業を受けている様子はどうしても見て取れる。「自分の頭で考える」習慣が乏しい彼女たちにどう考えて貰えるように仕掛けるか。残念ながら,今回は学生側もそこまでのアイデアを持ち合わせていなかった。

授業終了後の学生によるふりかえりでも,あるグループは経理担当の生徒が集まっていたので,こちらが想定している以上の高いレベルで話をしていたけど,別のグループではそうではなかったという話も聞こえてきた。高校生間でレベル差はあるだろうけれども,これをどうマネジメントしていくかも来年の課題として残った。

今回の講義だけでなく,これまでの講義を踏まえてもたくさんの課題が出てきた。どんなに計画したとしても,実際に講義をやってみて気づいたこともあっただろう。学生は本当によくやってくれた。ありがとう。

大学生の課題

実はこれを乗り越えるには、大学生自身が日頃から問題意識を持ってモノゴトを見つめているのかに依存する。

自分ができないことを教えることはできない。
自分たちがやってきたことしか教えることはできない。

ずっと言ってきたことではあるが、改めて理解できたのではないだろうか。

手法としては講義設計を考えて、ワークの時間を短くする、前後に学生と高校生との間の対話の中で思い出す時間を作る、これまでの講義内容を踏まえて何を学んだのか復習するところから入るなど、いくらでもありえた。

そこを考え切れなかったのは私のミスだし、やってみて気づいたことでもある。幸い来年度も講義をする機会があるわけで、今年の中心期がどれだけふりかえりをし、後輩たちを導けるようになるかに期待。

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1年生の授業ふりかえり

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2年生の授業ふりかえり

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3年生の授業ふりかえり

また,今回のこのプロジェクトを通じて最も良かったことは,すでにたびたび書いていることだけれども,3年生を中心に自主的に大学へ戻ってふりかえりをするようになったことだ。卒業論文の締切が迫っている中でも,4年生は時間を取って下級生たちに混ざってふりかえりに参加する。

そういうカルチャーを創ることができたことはゼミにとって素晴らしい経験になった。

人は他者との関わりの中で事象をジブンゴトとして捉えられるようになる。

時に人に何かを伝えるということは麻薬になることもある。が,大学生たちはそこにどっぷり浸かりこむのではなく,他のプロジェクトを進めていきながら,程よい形で「マルシェプロジェクト」を進めてくれた。3年生もプロジェクトリーダーを中心に本当に成長したと思う。今回の学びを自分にも,後輩にもつなげられるようにして欲しい。

来年に向けた課題

実はこの裏側では、担任の先生から大きな宿題を頂いていた。今回のプロジェクトを高大連携の1つのあり方として高校教員の勉強会で発表することになったそうなのだが、その結果、課題として書かれていた言葉を見て頭を抱えそうになった

先に述べたように,当の女子高生たちは,あくまでも「マルシェ当日にできたか,できなかったか」を中心にふりかえりをしていて,それが計画してできたことなのか,予想外で発生したことなのかということを峻別することをしていない。

実は,先生側もそうだったのかもしれないということに気付かされた。マルシェ当日まで,私が講義をした回を含めて4回の講義が即効性を持って「できたか,できなかったか」で評価されてしまっていたのかもしれないという怖さだ。

しかし,校長からは「彼女たちの企業家精神を育てたい。世界中の高校はそういうことをやるようにカリキュラムができている」という点から,私たちに講義をするようにお願いを頂いている。その点,私たちの創業体験プログラムも全く同じなのだ。もちろん今できたか,どうか。計画通りできたかどうかという評価軸も重要だが,この経験がいずれくる未来に生かされるであろう。そのときに企業家精神とはなにかに気づいて欲しいという願いでやっている。

そこで,全体ふりかえりでは,改めて来年のテーマをアントレプレナーシップと合わせて,リンダ・ヒルの「集団の創造性をマネジメントする」から"Collective Genius(集合天才)"という言葉に定め,これを高校生に伝えていく講義にしていこうと伝えた。

加えて新しいチャレンジが始まる

加えて,来年は新しいチャレンジが始まる。キッカケはこの新聞記事だった。

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一切私は取材を受けていないのだけれども,福岡女子商業高等学校との取り組みが地元紙に紹介されたことで,商店街活性化と中学生の職業体験とうまく絡ませることができないかというご相談を頂いた。

1度目の打ち合わせは,今思えばだいぶ不遜な態度で申し訳ないとしか言いようがなかったが,こちらとしてもある程度リソースを割くことになる以上,本音ベースでお話するしかなかった。

2度目は先方から「本当のところどうなんですか?」と恐る恐る聞かれて,すでに対面している時点でやることを決めていた私は「やりますよ。一緒にやりましょう」と返事した。

そして,昨日(12/17)は中学校側との初めてのミーティングだった。

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次のプロジェクトの舞台になる中学校

有り体に言えば,非常に良い打ち合わせになった。今回ミーティングに同席頂いた教頭先生は次のようにおっしゃられていた。

本当の意味で開かれた中学校にしたい。子どもたちが自分たちで未来のありたい姿を考え,生まれ育った場所に愛着を持ってもらうためには,中学校を学校の先生だけでどうこうするのではなくて,地域や大学生やさまざまな人に関わってもらえるようにしていかないといけないんです。(意訳)

まさに同意である。

来年,ゼミ生には多大な負担を課すことになる。創業体験プログラムも,社会課題を解決するプロジェクトも,ゼミ募集もやりながら,中学生と高校生にアントレプレナーシップとCollective Geniusを教えることになる。いや,教えるのではない。授業の形を取りながら自分たちが探究(研究)していくのだ。

なので,来年はこの中学校と福岡女子商業高等学校の2つで,同時並行的にプロジェクトを走らせます。時に地元で創業した経営者を招いた講義を行いつつ,楽しく学ぶ機会を創りたい。

学んだことを教える。教えながら学ぶ。そういう機会を創出することで,中学生にも,高校生にも,大学生にも,関わる社会人にも良い社会を創っていきたい。

最後に

今日(12/18),2年ゼミ生にはゼミの時間にこう言った。

これだけ時間をかけて,労力をかけて,くじけそうになることもたくさんある。だけど,こうやってさまざまな人と関わっていく中で,来年のテーマであるアントレプレナーシップとCollective Geniusという考え方を学ぶことが,きっとこれからのみんなの人生を豊かにすると信じたい。大変だと思うけど,みんなで頑張っていこう。(意訳)

そう思えたのも,昨日1日に起きたさまざまな出会いがあったからだ。

そこに集まった目に見えたさまざまな人から得られた感謝の言葉は,自分に向けられたものではなく,ゼミ生に向けられたものだけれども,時間と労力をかけてやってきたことが確実に社会に伝播していることを感じられた。これまでやってきたことが少しでも認められた気がした瞬間だった。

こんな人間に付いてきてくれたことを感謝するしかない。

昨日の「ほぼ日の学校」のテーマはシェイクスピアの『マクベス』だった。Wikipediaによれば「勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐えきれず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れる」という話であった。能舞台で3人の演者だけで脚本を読みながらマクベスを演じるというもの。ライブ感、声や音の響き。心が揺さぶられた。

まるで魔女のように隣に座っていた妻がささやく。以下、略。一方で、さまざまな人に挨拶をするたびにゼミのことを言われる様子を見て、彼女なりに感じたことがあったようだ。

妻だけがささやくのではない。自分の心のうちで響く声もある。

目まぐるしい時間の中で過ごした昨日の夜の時間を経て、今この時間は少しだけ引っかかるものがある。人との関わり、これまで積み上げてきたもの、この先のこと…。

最後はポエムになってしまいましたね。ここまで読んで頂いたみなさん,大変失礼しました。

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