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ジーナ・カラーノ騒動とアメリカの特殊な「表現の自由」

 とりあえずの所管を連ねる「炎上を考える」シリーズ第一弾です。Disney+のメガヒット『マンダロリアン』シリーズにて人気キャラ、キャラ・デューンを演じたジーナ・カラーノがルーカスフィルムから「今後雇用関係を結ばない」決定を下されました。ナチス・ドイツ関連のSNS投稿直後だったわけですが、エージェンシーからも契約解消されたジーナはすぐさま保守派新興メディアと映画制作を発表。尾が引きそうな騒動になっています。

「反キャンセルカルチャー」の英雄に?

2020年12月に投稿された公式画像でもセンターだった人気キャラ

 これまでも政治的議論を起こしてきたジーナ・カラーノですが、ナチス投稿で一発退場になったかたちと受け止められます。一応、おおまかな経緯を書きます。『マンダロリアン』ヒットもあり、2020年ごろから彼女のSNSの投稿、そこから浮かぶ政治観、および批判意見への反発は注目を集めだしました。たとえば、Black Lives Matter運動が活性化して支持を求められた際に反抗し、反BLMポストをLIkeしていきます(※2020年前半期、アメリカの有名人や企業に対して同運動賛同を求めていく動きがあった)。また、8月にはジェンダー関連の代名詞表記を問われた際、揶揄するようなジョークで対応したことでトランスフォビア疑惑を議論&糾弾されました。SNS上でディズニー社に彼女の解雇を求める動きも活性化しました。この時には、共演者である『マンダロリアン』主演ペドロ・パスカルとも会話を交わらせたようで「トランスジェンダーの人々を侮辱したわけではない」とし、暴徒(mob)のイジメを明かす目的だった旨を明かしています。その後も、不正選挙陰謀論、反ワクチン、民主党のマスク着用啓蒙、自身へのバッシングへのカウンターと受け止められる内容をツイートしていきました(※アメリカではパンデミック下のマスク着用、それにまつわる公的ルールが党派政治化している)。

 そして2021年2月、Instagramにて「民主党派の共和党員叩きはナチス政権下のユダヤ人差別のよう」と示唆するような画像を投稿し、大きく報道されることに。

 最も問題視されているカラーノの投稿は、インスタグラム(Instagram)上で「ユダヤ人は路上で殴られていた。ナチスの兵士からだけではなく、近隣住民たちからも」との投稿を共有したものだ。このメッセージは、ホロコーストにおけるユダヤ人迫害と、現在の「政治的見解に基づくヘイト(嫌悪)」を比較する内容だった
引用元:https://www.afpbb.com/articles/-/3331365

 これにより、ルーカスフィルムが「ジーナ・カラーノは現在、雇用関係にないし今後も一切ない」「文化的、宗教的アイデンティに基づいて人々を中傷する彼女のソーシャルメディア投稿は許されるものではない」声明を発表。逆に言えば、これまで大きな動きを見せなかったディズニーがナチス問題で一発退場させたようにもうつります。業界紙THRの伝えるところによると、2ヶ月間のあいだ彼女を離脱させる理由を探していたディズニーにとって「最後の一撃」だったとか。2020年12月にジーナ主演の『マンダロリアン』スピンオフ発表を取りやめた情報もあるので、遅かれ早かれだったのかもしれません。同社の似たケースには、2018年ABC『ロザンヌ』打ち切り騒動があります。女優ロザンヌ・バーはそれまで「ジョージ・ソロスはナチスの協力者」などと発信しながらも人気番組の主演として活躍していましたが、オバマ元大統領の側近であるアフリカ系女性を猿になぞらえる人種差別投稿によって即座に番組ごと打ち切られることとなりました(前ディズニーCEOロバート・アイガーがロザンヌに「絶好調なんだからツイッターから離れて」と促したあとの出来事だったようです)。

 しかしながら、ジーナ・カラーノ騒動は、ロザンヌ以上の遺恨を残すかもしれません。「意見の同調を強いて攻撃してくる左派勢力」を意味するのであろう「暴徒(mob)」への反抗を貫いてきたジーナは、解雇後も黙っていませんでした。それどころか熱心に動いています。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督降板事件にも関わった保守派の人気論客ベン・シャピロが創設したメディアThe Daily Wireと映画を共同制作すると発表したのです。

「全体主義のモブたちによるキャンセルの恐怖に生きる人々に、希望のメッセージを直に送ります。私は、今やこれまで以上に自由になった自分の声を利用し始めたにすぎません。他の皆さまも同じようにするよう、刺激を与えられたらと思います。私たちの許可なく、私たちをキャンセルさせない」
引用元: https://theriver.jp/carano-movie-tdw/

 『マンダロリアン』にて人気キャラを演じながら左派勢力からの批判&バッシングに反抗を示しつづけたジーナ・カラーノは、降板と引き換えに「左派キャンセルカルチャーに屈しない英雄」像を選択したと言えます。

ディズニー批判と歴史修正

Daily Wire創設者ベン・シャピロの投稿

 このジーナ・カラーノ騒動、反リベラル勢から大きな反発を引き起こしています。よく見かけるのは、ディズニー社の「ナチス比較/比喩」言説対応に関する指摘。「民主党派セレブリティも共和党をナチスに例えているのに、保守派が民主党に対して同様の比較をすると大企業から追放されるのか」といった左派キャンセルカルチャー批判です。このうち「リベラルだから許容されているセレブ」筆頭例に挙げられているのが前出『マンダロリアン』主演、ペドロ・パスカル。彼は2018年、トランプ政権の不法移民親子引き離し政策をナチスと比較するツイートを行っています。

 しかしながら、ジーナ・カローノの投稿を見るに、ディズニーのようなグローバル企業にとって「比較/比喩」だけが問題ではない気もするのです。以下がジーナ・カラーノが転載した画像の和訳です。

「ユダヤ人はストリートでナチス兵士だけじゃなく、隣人たち、子供たちからでさえも暴行を受けていた。歴史は編集されているから、現代人の多くは、ナチス軍がいとも簡単に何千人ものユダヤ人を迫害したと信じているけれど。政府が、まず隣人たちにユダヤ人であることだけで人々を嫌悪するように仕向けた。政治観が違う人への嫌悪と、これのどこが違うんだ?」
引用元: https://front-row.jp/_ct/17431244

 「今の米国ではトランプ支持者というだけで暴行を受ける可能性の方が、人種を理由に暴行される可能性より高い」旨も主張してきたジーナ・カラーノによる発信なので、共和党員をユダヤ人に例えたと受け止められました。ただ、個人的に目についたのは「歴史は修正されている(history is editied,)」部分。本当にそうした情報が"編集"されたのか含めた実態はどうであれ、言い方としては歴史修正主義っぽい主張になっているわけです。そうなると、グローバル企業のディズニーからすれば「ホロコーストにまつわる歴史修正主義者を率先的に雇用している」と捉えられるリスクも出てくる。特にヨーロッパ諸国では、こうした問題の法的取締りがアメリカより厳しいはず。この「歴史は修正されている(history is editied,)」文面がある限り、ペドロ・パスカルの投稿と簡単に対置できないのでは、というのが現段階の所感です。

アメリカの「表現の自由」

 ここで改めて思ったのですが、ヨーロッパとアメリカの「表現の自由」って大きく異なると言われるんですよね。そして、アメリカ合衆国の「表現の自由」主義は、ジーナ・カラーノが反発してきたような左派版「ポリティカル・コレクトネス」活性にも関連しているかもしれません。たとえば、右派左派両方のアイデンティ政治ブームを危惧するフランシス・フクヤマの解説。

 ポリティカル・コレクトネス」は、公の場で口にすると強い道徳的非難を受ける恐れがある表現に注意を向けさせる。それぞれの社会には、その正統性の基礎をなす思想に背き、それゆえ公の場で話すのにふさわしくない考えがある。自由民主主義社会では、ヒトラーがユダヤ人を殺害したのは正しかった、あるいは奴隷制は善意の制度だったと考えてそれを口にするのは自由だ。アメリカ合衆国憲法修正第一条でも、その種のことを口にする権利が保障されている。しかし、そのような説を信じる政治家はみな、当然ながら強い道徳的非難を受けることになる。アメリカ独立宣言で述べられた平等の原則に反するからだ。ヨーロッパ民主主義国の多くでは、アメリカのように言論の自由を絶対視することはないので、その種の発言はこれまでずっと違法だった
—『IDENTITY 尊厳の欲求と憤りの政治』フランシス・フクヤマ著

 ドイツを筆頭とするヨーロッパ諸国では、ファシズムが台頭した1900年代から人種主義に関する表現規制を法を発展させていったとされます。対して、アメリカの場合「国家から規制を受けない自由」としての「表現の自由」が重視される。Wikipedia「アメリカ合衆国におけるヘイトスピーチ」項でも第一文がこれ。「憲法が表現の自由を基本的人権として定めているため、米国におけるヘイトスピーチを直接的に規制することはできない」。スタンフォード哲学百科事典では、多くの(西洋の?)自由民主主義国と異なり、危害やその計画性が認められない場合ナチスの行進も規制されない旨が説明されています。

 国民や私企業の「表現の自由」が手厚く守られるアメリカ合衆国ですが、同時に「ポリティカル・コレクトネス」などの表現にまつわる社会規範も活性とされます。そうした社会規範が増強される土壌を培うのが同国の手厚い「表現の自由」なのか……みたい側面が気になるのですが、あまり調べてないのでまた今度。

おまけ:リバタリアニズムなキャンセルカルチャー?

 これでまた思い出したのですが、アメリカ的「自由」を重視する代表的思想ことリバタリアニズム。実はミルトン・フリードマンが「差別的な企業への対応」について考えを示しています。

 リバタリアンはあくまで上からの強制によらない、自発的な協力や市場のメカニズムに基づく解決を重視する。例えば、フリードマンなどは、差別的な企業は消費者からボイコットされ、優秀な人材を確保できなくなるとして、市場による淘汰を訴える。同様に、リバタリアンの法学者デヴィッド・バーンスタイン(ジョージ・メイソン大学教授)は、差別的対応を望む企業や団体であっても活動の自由そのものは認められるべきだが、その方針を公にすることを条件に掲げる。世論の反撥で活動継続は困難になるとの見立てだ
—『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義 (中公新書)』渡辺靖著

 これ、今で言う「キャンセルカルチャー」促進っぽいですよね。

よろこびます