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刺青を入れる意味、又は感情

刺青を入れている人を見てどんなイメージを持つだろうか。1993年に発掘されたアルタイ王女のミイラの体にも刻まれていたその芸術は21世紀の今でも、カルチャーとして世界に広く浸透している。それは時に権威を示す象徴として、身分を表す記号として、罪を犯したものへの罰としてそして今、ファッションの一部として歴史を遂げている。

かくいう私も、刺青が入っている。自身の体の上の人工的な黒を紀元前の歴史に奏でるつもりも、ましてや芸術を名乗るつもりも毛頭ない。しかしここまで長い歴史を持つ刺青という文化の理解が、なぜここまで進まないのだろうか。今日は少し、そんなことを考えながら、私の刺青たちを紹介しようと思う。

日本で、記録として残る刺青は16世紀ごろの琉球諸島のものであるが、日本の創世神話を描いた古事記や日本書紀にも、歴史としての刺青が残されている。栄枯盛衰を経て江戸時代に、再び刺青は人々の肌に馴染んだとされる。かねてより侠客のものや鳶、飛脚といった層に好まれたそうだ。しかし、一度栄えたものは終わりを迎える。1868年、江戸時代の終焉とともに、近代化政策の波に乗り、刺青や彫り師を生業とするものへの制限を始めた。第二次世界大戦の終焉後、この法律は廃止され、経済発展の船とともに再び、刺青を入れる者が増えてきた。しかし80年代、密輸拳銃などを使用した暴力団の抗争事件が激化したことなどをきっかけに、刺青とアンダーグラウンドの結びつきが強調され、一般社会とは少し離れた位置に刺青は今、存在している。

そして今、ネガティブなイメージを未だ払拭しきれないまま、刺青という文化は人々の肌に生き残る。誤解の無いよう申し添えるが、今回の話題の中心は問題提起では無い。理解できないことは誰にでもあるし、それが社会に受け入れられようが否が、個人の趣向の範囲内であり、他者の迷惑の被るところでなければ、なんだっていいのである。しかしこんな結論では戸惑いを覚えるだろう。そんなあなたに、2016年のTedxBoiseでの Canwenのスピーチを紹介したい。

アジア系アメリカ人として生きる彼女は米国での暮らしの中で「差別主義者」についてこう語った。

Only a small percentage of people were actually racist, or, even borderline racist, but the vast majority were just a little bit clueless. — Not racist can sound like, “I’m white and you’re not.” Racist can sound like, “I’m white, you’re not, and that makes me better than you.” But clueless sounds like, “I’m white, you’re not, and I don’t know how to deal with that.”

本物のレイシスト、もしくはレイシストすれすれの人々は ほんの少しの割合しかいない。しかし、ほとんどの人は少し困惑しているのである。 (中略)レイシストでない人は 「私は白人、君は違う。」と考える。しかしレイシストはこうである。 「私は白人、君は違う。だから私の方が優れている。」 そして戸惑っている人の場合は 「私は白人、君は違う。どう接したらよいかわからない。

刺青についても同じことが言えるのではないか、ほとんどの人が戸惑いを覚え、どうすればいいかわからないのだ。

ある人はいう。「悪い」からかっこいいと。
別の人はいう。「違う」からかっこいいと。
またさらにこんなことを言う人もいる。「理解がない」からこそその芸術の美しさを引き立てると。

他者との社会生活の中で自身を差別化することは人間のごく普遍的な感情であり、「差異」を求めることこそが自分というアイデンティティ形成の重要な1歩でもある。権威や刑罰、身分記号としての意味がなくなった21世紀。自我形成のツールとして、刺青は存在しているのではないだろうかと私は考察する。そして、ここまでの考察こそが私自身が刺青を入れた理由でもある。様々な同世代と時間を共有する学生時代、そこで自身の平凡さ、魅力のなさに嘆じ、私は「他者と異なる」ことに救いを求めた。自分という人間を一つに保つために。集団の中から「1人」になるために。

刺青には様々なストーリーがある。これはあくまで私の一物語である。目の前にいる誰かの刺青には、その人の物語がある。聞いてみても面白いかもしれない。ただ忘れてはいけない。「理解できないこと」と「理解できないから忌み蔑むこと」は異なることを。

さてここからは、私の刺青たちを紹介しよう。おまけである。読み飛ばしてかまわない。

1、セミコロン(右足首)
18歳、大学に入学してすぐに入れた。もともと精神疾患を抱えていた私は、この病気と生きる自身を象徴する「セミコロン」を入れた。そしてこれは世界のムーブメント”The Semicolon Tattoo Project”の一つである。

2013年ごろからソーシャルメディア上に登場したこのムーブメントは、文章の著者が関係の深い二つの文章をつなぐセミコロンを体に刻むことで、当事者や支援者の連帯を示すといったものである。長くうつ病を患っている私にとって、これは連帯でもあり、自身が強く生きるための重要な1ピースである。

2、蛇(胸)
セミコロンと同時に入れたものであり、ちょうど心臓の位置に蛇がいる。世界から信仰の対象とされることも多いそれは、日本においては再生や永遠の象徴とされてきた。希死念慮の高い私にとってそれはライフセーバの意味を果たす。私の命はその寿命が尽きるまで拍動を止めることはない。

3、スマイル(左腕)
ワンポイントである。表情の変化の乏しいことがコンプレックスだった私はいつでも笑えるよう、そのリマインダーとして初めて、見える位置に刺青を刻んだ。

4、紙飛行機(右肩)
その推進力や空へ向かう姿から、成長のイメージを持って刻んだものである。本当はボーイング787を入れたかったが、デザインが難しいのでやめた。

5、星(左足)
かわいいから。それ以外に理由なんてない。

こんなところである。そして私は明日、新しい刺青を刻む。新たな私のストーリーを載せて。いつか私と知り合う機会があったら声をかけてほしい。「新しい刺青を見せて。」と。

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