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HappyHacking keyboardはじまりの話

第二版

HappyHacking keyboard前史を追記します。

はじめに

 現在、多くの方に支持頂いてロングセラーキーボードとなったHappyHacking keyboard(以下、HHkeyboard)ですが、初期の開発について記録を残しておく必要があると考え、主に技術的な側面での検討内容について文章を残したいと思います。
 筆者は初代HHkeyboardからLite2までは企画・開発・製造・販売を担当、Proでは企画までを担当していました。

時代背景

 和田英一先生とそのお仲間がHHkeyboardのアイディアを考案されたのは、PCがほぼIBM PC/ATの互換機に集約されつつあり、それにつれてキーボードもほぼIBM PC/AT配列(現在の一般的なキーボード)が標準になってきた時期になります。
 SONYが撤退し、DECが消え、それまで研究用に使われていたワークステーションも段々と下火になりつつあったころです。
 大学など、研究分野ではSPARCstationが多く使われていましたが、SunOSがBSD UnixからSystem VベースのSolarisになり、ビジネス用途を意識してIBM PC/AT互換のキー配列のType5 keyboardが標準装備になりました。そのため、テンキー、ファンクションキーの追加で大型化し、ControlキーがShiftキーの下に置かれるようになるなど、UNIX使い(emacs使い)の方々からは不評でした。
WIDE ProjectのWIDE用語集にはこのような項目があります。

http://member.wide.ad.jp/~sano/glossary.html

こわれた・きーぼーど【壊れたキーボード】
1) アット・マークが P の横にあるキーボード.
2) 括弧が一つ左にずれているキーボード.
3) [Caps Lock]キーが威張っているキーボード.
4) スペースがハーモニカ状態のキーボード.
5) 利用方法のわからないキーのたくさんあるキーボード.
6) 隅になるとキートップが細くなるキーボード.
7) 指をくじく可能性の高いキーボード.同) 腐ったキーボード

WIDE PROJECT 1995年研究報告書にキーボードに関する和田先生の文章も参照ください。
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf1995/part19.pdf

 このような経緯から、そもそもHHkeboardはPC(Windows)で使われることは意識していませんでした。端的にいうとSPARCstation用でemacsが使えれば良いという配列です。
 その後、検討の過程でSun以外のマシンにも対応させるためにPS/2インタフェースを追加しました。SPARCstation以外にもキーボードで困っている人たちがいたからです。

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HappyHacking keyboard前史

HHkeyboardの発端となったのは、PFU technical review 1992年2月の「けん盤配列にも大いなる関心を」と題された招待論文です。

https://www.pfu.fujitsu.com/hhkeyboard/pfutechreview/

和田先生がマイ・キーボードを発案されたのはPFU technical review発行の半年くらい前ではないかとのことです。1991年の夏~秋ころに原稿を依頼され、キーボードを題材にすることを思いつかれたことからです。
この論文ではこちらのAlphaキーボードが提案されていました。

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図i Alphaキーボード

Alphaキーボードは、現在のHHkeyboradとは異なる、逆L字リターンキーのSun Type4配列がベースとなっています。この配列については「けん盤配列にも大いなる関心を」で詳しく説明があるように、仮名による日本語入力を考慮してJIS 仮名刻印にも対応しています。


その後、HHkeyboard開発の発端となった南町田のPFU研究所でのミーティングの際に和田先生が持参されたのは、Type3配列ベースのAlephキーボードになります。模型の写真が入手できましたので以下に掲載します。

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画像19

図ii Alephキーボード写真

この配列は、日本語入力はローマ字入力のみと割り切り、仮名刻印を無くしています。

時系列でまとめると、このようになります。

1991年後半:和田先生、PFU Technical review向けの原稿執筆中にAlphaキーボードを考案。
1992年2月:PFU Technical reviewに「けん盤配列にも大いなる関心を」が掲載される。
1992~1995年:和田先生、Type4ベースのAlphaキーボードからType3ベースのAlephキーボードに配列案を変更。
1995~1996年:HHkeypbard配列が決定される。

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 以下の文章は雑誌bitに掲載されたものの原稿に追記したものです。
 こちらの和田先生の「個人用小型キーボードへの長い道」をうけた内容になっています。
 http://member.wide.ad.jp/~wada/bit.hhkbd/hhkbd.html
 主にHHKeyboardの配列がどのように決まったかが分かる資料になっているものと思います。
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和田キーボード顛末記

日本サンにて

1996年11月13日午前9時35分,和田先生からメールが来ました.

和田先生:
 和田です.
 日本サンマイクロに行く件です.
 13時に用賀の日本サンマイクロのビルの上の方の階, サンの受付でお待ちします.
 日本サンマイクロのビルは用賀駅の近くの一番ノッポのビルです.

 そして、その日の午後,私は和田先生(富士通研究所常任顧問)とともに用賀のSBSタワー26階にある 日本サンマイクロシステムズのミーティングルームにいました.先生からのご紹介で Happy Hacking Keyboard(以下,HHkeyboard)を日本サンの山田専務にお見せすることになっていました.
 先生の膝にはいつものバッグに入ったHHkeyboardが置かれていたのは言うまでもありません.
 待つことしばし,部屋に入ってこられた山田専務は開口一番,「和田先生,おめでとうご ざいます.積年の執念が実りましたね.」といった意味のことを言われました.そのとき,私は自分の手掛け たキーボードの歴史の重さと,和田先生の執念を改めて確認しました.
 今回は,この連載の第一回を引き継ぐかたちでHHkeyboardの顛末記を書いてみたいと思います.

aleph keyboardとの出会い

 私が初めて和田先生にお会いしたのと和田キーボードの存在を知ったのは1995年5月の ある日でした.厚紙の枠にキー配列を印刷した紙を貼り付けたキーボードの模型をおもむろに取り出されてお話をはじめられたのを覚えています.
 和田先生が提示された配列は 図1のようなものでした.

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図1 aleph keyboard

 PFUでこのとき検討に参加したのは,のちに強力な推進役として活躍願った当社専務の新海と,主に SPARCstationユーザで,それまでもずっとUNIXに携わってきたメンバーでした.
 私はというと,幸いにしてVT100互換端末→SONY NEWS→ SPARCstationと,ASCII配列のキーボードを使い続けています ので,一応参加資格はあったことになります.
 そこに集まったメンバーは和田先生の話に共感しました.そして,それならば試作して みようということになりました.ミーティングに参加していた当社側のメンバーは私以外 ソフト屋だったこともあり,試作機は私が担当することとなりました.
 そのときは,キーボードの試作など簡単にできるだろう,とりあえず試作してみて,製 品化するときはキーボードの専門家にお願いしようと,軽く考えていました.
 このときの論点をまとめると,

・小さく,かつ,使いやすいキーボードが欲しい
・持ち歩けるようにしたい.
・持ち運びに適するくらい小さく軽く,かつ十分な強度を保っている. 目標はA4半裁サイズ(297mm×105mm).
・ 基本的にASCII配列とする.
・ ControlキーはAの左に配置する.
・ ESCキーは1の左に配置する.
・Returnキーは一段分でよく,その上にDelキーを配置する.
・テンキー,ファンクションキーなどは必要ないので省く.

 ただし,ファンクションキーを使用するアプリケーションも存在するので, Fnキー を設置する.
 和田先生の案はシンプルで非常にきれいであるので, これをなるべく壊さずにより現実的な配列を見つけることにしました. 図2にこのときのキー配列を示します.

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図2 PFU配列案1

HHkeyboard前夜

当初,試作機はSun Type5キーボードを改造して作ろうと考えました.しか,Sun Type5は後で説明します,メンブレンスイッチを採用しているため,改造することができ ないことがわかりました.(最近,某PC雑誌にはメンブレン配線パターンを車の熱線補修剤で改造する 方法が掲載されていましたが.)
 そこで急きょ予定を変更してAlephキーボードに合うような配列のキーボードを探し始め ました.秋葉原のパソコンショップをまわってみましたが,なかなかあうものがありませ んでした.
 そうしているうち,fj.comp.sys.ibmpcだったと思いますが,UNIX配列のキーボードが話 題になっているのを見つけました.NCD社のX端末用のキーボードがそれです. NCD社のX端末用のキーボードはPC-AT 101型以外にSun Type4やType5など各種の配列を揃 えていて,しかもキーボード単品でも販売してくれます.
 また,インタフェースはPS/2と互換のもの採用していますので,PC(PC-AT互換機)でも使えます.(厳密には発生するコードが若干異なるためPCで使うにはソフト的にキーコードを変換する必要があります.)
 さっそくNCD社から資料を取り寄せて調べてみました.どうやら改造につかえそうでした ので試しに2台購入することにしました.
 とどいたキーボードを分解してみるとメカニカルスイッチを使っていて,基板も紙エポ キシの片面配線基板という改造にはうってつけの構造であることがわかりました.
追記:こちらの配列のキーボードです。
https://www.pfu.fujitsu.com/hhkeyboard/kb_collection/images/ncd97


 さて,次はSPARCstationにどうつなぐかを考えなければなりません.PC(PC-AT互換機)とSPARCstation とではキーボードインタフェースがまったく異なります.
 NCDキーボードをSPARCstation に接続するにはなんらかのインターフェース変換が必要です.当初,8bitマイコンでも使っ て変換機を作ろうかと考えていましたが,それも大変そうです.そこで,PCを変換機に使 おうと考えました.つまり,キーボードとのインタフェース部分はPCのキーボードBIOSに 任せてしまえば,シリアルポートを使ったSunとのインタフェース部分だけ作れば良いだろうと思ったからです.
 これについては和田先生から耳よりの情報を入手しました.KINESIS社の変換ボックスが使えそうだということがわかりました.

私 :
現在,以下の方法で実現できないか検討しております.
         信号レベル変換
         ↓
[PC-ATキーボード]~~[PC-AT互換機]~~□~~[SPARCstation]
         ↑                   ↑   ↑
         キーボードI/F  |   キーボードI/F
                 RS232Cポート
和田先生 :
キーボードフリークの学生にこういう場合どういう可能性があるか聞いてみ ました. するとアメリカの会社でKINESISというのがergonomic keyboardというのを作っている. それはAT互換機用の信号しかださないが, sun, HP, Macintoshなど著名な機械のそれぞれに対応するinterface boxを一緒に発売 している. (下図参照 もちろんinterface boxはかなりちいさい)
┌──────┐       ┌────────┐     ┌────┐
│keyboard├────┤interface box├───┤sun etc.│
└──────┘    └┬───────┘   └────┘
     ┌────┐│
     │mouse├┘
     └────┘
sunはキーボードがbellの音をだしているが, ergonomic keyboardは自分では音を出さないので, 音はinterface boxがだす. ただ, interface boxにはボ リュームがないため, 周囲で驚くほどの大きな音が出る.

 という返事でした. 音の大きさを我慢すれば, kinesisのinterface boxを購入すれば今回の実験はできるようです. 将来的にはinterface boxも作ること になるでしょうが, その際はボリュームもいるのではないでしょうか.
 これで材料はそろいました.では改造にうつりましょう.手順は以下のようになります.

1. 物理的にキーを入れ換えてAlephキーボードの配列にあわせる.ケースも加工して小型にする.
2. 回路的にはキースイッチのマトリクスを改造したキー配列に合うように配線しなおす.

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図3 NCD UINX97キーボード(一部)

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図4 原型試作キーボード

 NCD社のUNIX97キーボードは図3のような配列のキーボードです. これを和田先生案に近付けるように加工すると,図4のように0.25単位だけ右にはみ出し てしまうことがわかります.原型試作ということで,和田先生には御了承いただきました.
 ケースはプラスチックですのでアクリルカッターで切り離し,エポキシ接着剤で張り合 わせるという夏休みの工作のような方法で改造しました.
 このケースの加工については JAVAでも有名(?)な白神氏の貢献が大であったことを申し添えておきましょう.

 このキーボードは,キースイッチを2mm程度の鉄板をうち抜いて作った枠で支える構造に なっていました.これは素人工作には手にあまります.ということでこの部分は当社の 工場にある試作加工部門に加工を依頼しました.
 次は,キーマトリクスです.これもキースイッチのピンをテスターで当たりながら調べる という原始的な方法で回路図を起こしました. 回路基板もシュリンクしたケースに合わせて同じくアクリルカッターで切り刻みましたの で当然回路パターンは切れ切れになっています.そこで,書き起こした回路図を元に配線 しなおしました.
 そうして完成したのが図5の原型試作モデルです.1995年10月のことです. もし,将来HHkeyboard博物館ができたとしたら,これはその入口に展示させていただけれ ばと思います. :-)

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図5 原型試作キーボードの写真

私 :
 和田先生
 大変お待たせ致しましたが,小型キーボードが形になりました. つきましては,お渡しして評価をお願いしたいと思います.

和田先生 :
 和田です.
 おそれいります. 川崎の研究所にとどけていただければありがたく存じます. しかし, 私の方は11月の初めころ, 今度は国内の出張があったりで, 川崎研にいくのは, 11月9日, 10日あたりからですが, そのころに届けていただければ幸いです.

 先生は大変喜ばれて,それから常に携帯して行く先々で見せてまわられたようです. 先生からAlephキーボードのお話を聞いてから,ここまでですでに半年以上が過ぎていました.

HHkeyboardへの道

 和田先生から,原型試作機の評判が大変良い,製品はいつ出るのかという問い合わせがくるのにそう 時間はかかりませんでした. また,原型試作機を一時先生からご返却いただいて社内向けの展示会に出品したときも上々 の評判でしたので製品化は既定の事実となりました.とは言うもののこの時点では比較的小量 のテスト販売のかたちで行なおうと考えていたため, 予想を上回る反響にあとでしっぺがえし をくらうことになります.
 さて,製品として出すにはもうすこし一般受けするように形を整える必要があります. 原型試作機に対して様々な要望もいただきました.加えて,図6のような配列の提案がありした.

追記:配列については和田先生が決定されたもので、グループで検討されていたものではありません。和田先生と筆者とのメールでのやりとりの際に周囲の方にもヒヤリングされているようでしたので、便宜的に和田グループと記述しました。PFUサイドも大勢で議論するようなプロジェクトではありませんでしたので、同様に筆者が和田先生とやりとりをする際に社内ヒアリングしながら進めていたものです。

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図6 和田グループ配列案

 当初,SPARCstation向けのキーボードということで製品化を考えていましたが,それ以外にも接続できるようにしたほうがマシンを選ばないマイキーボードのコンセプトには合っていると思いました. 
 ではどの機種に対応させるか.SPARCstationは当然としてPS/2インタフェースもPC(PC-AT互換機)以外にHP,DEC,SGIなど各社のワークステーションやX端末で採用されていますのでこれも外すわけにはいきません.

追記:
 PS/2対応のもう一つの目的は、当時386BSDに始まるPC向けUNIX互換OSが出始めており、PCでUNIX 環境を使う人たちのための布石でした。

  次に候補にあがったのはApple Macintoshです.Macユーザもキーボードにこだわりを持つ 人たちであるという認識はありました. 以上の観点から,Sun, PC(PC-AT互換機),Macの3機種に対応したものを考えることになりました.
 Sun, PC(PC-AT互換機), Macの3機種で使えるようなキー配列にする必要に迫られることになりました. Alephキーボードはスペースバーの左右にキーは置かないことになっていました. しかし,PCで使う場合にはAltキーが必要です.そのためにスペースバーの左右にAltキーを 追加し, 右Shiftの隣のキーをFnキーとしました.
 この配列を持って,社内のMacユーザに意見を聞きに行きました.すると,Macはマウス ボタンが1つなので,キーボードのOption, Commandキーと同時に操作するのだ,と言われ てました. この意見に従って左Altキーの左にOptionキーを付けました. これが図7の配列です.

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図7 PFU配列案2

Mac対応のためにキーを追加したいというメールを和田先生に出したときの答えです.

和田先生 :
 うーん. ほんとうに駄目なのでしょうか. 私にとってはaltをspace barの両側に置くのも 譲歩だったのですが. (実は置きたくない) それに左右非対称なのも気に入らない. もし, meta, altなしのキーボードをわれわれが作るとしたら, Mac使いとは何の工夫努力もせず, 見向きもしない人種なのでしょうか. どうしても使えないなら, Macは対象機種からはず しても仕方がないかと思います.

 結果的にはMacにはどうしてもこの配列が必要であると説明して納得していただきました.そして,次のような提案をいただきました.

和田先生 :
 どうせならスペースの両側は2個ずつと対称的にしませんか.

こうして出来上がったのがHHkeyboardのキーボード配列(図8)です.シンメトリックな美 しい配列にできあがったと思います.

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図8 HHkeyboard配列

追記:
 なぜBackspaceキーではなくDELキーなのか。
 和田先生の考え方のベースにあるのは、キーボードはASCIIコードをそのまま送出するものという考え方です。
 制御コードは基本的にはControlとの同時押しで入力することができます。ASCIIコード表を見ると分かるように、Backspaceコードは0x08で、Control-Hで入力できます。
 ところが、DELコードは0x7fとなっているため、Controlとの同時押しでは入力できません。そのため、HHKeyboardではDELキーを独立させています。

 しかし,これだけではまだ実用的とは言えません.標準的なキーボードに存在するキーの コードはなんらかの方法で入力できなければいけないと考えました.
 それはFnキーとの同 時打鍵で実現することにしました.Fnキー併用時のキー配列は,以下の方針に沿って図9のようなも のになりました.
1. カーソルキーは,操作性を考えて左に持っていった. (WordStarのダイヤモンドカーソルです.)
2. PS/2のキーボード規約によると,Ins, (Del, ), Home, End, PgUp, PgDnキーは,たとえば,Alt+Ins,Ctrl+Ins, Alt+Ctrl+Ins, Alt+Shift+Insというコンビネーションでコードを出す必要があり,ctrlキーが 左にしかないことを考えると右手でFn+Insと打てるようにする必要がある.
3. Sunで必要なStopキーは,Fn+Alt+の組合せで実現する.
Ex) Stop+A → Fn+Alt+A
4. 操作性を考えるとFnは左側にも欲しいかもしれない.

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図9 Fnキー併用キー配列案

 その後,カーソルキーは右手だけで操作できるように右側に寄せるべきではないかという意見と,Fnキー押下時にInsキーとDelキーは並んでいる方が良いという和田先生のご意見から 最終的に図10の配列を製品として採用することになりました.
 Fnを左にも置くという案は, もともとFn併用キーは緊急避難的に用いるものと考えており,これ以上キーを増やしたくないという 判断から見送ることにしました. また,SPARCstation用のStopキーはFn+◇に変更しました.

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図10 HHkeyboard Fnキー併用キー配列

追記:
 Fnキーをつけた理由
 SPARCstationではSTOPキーという割り込み用のキーがあり、それを実装する目的が第一でした。
 また、当時のPCはユーザがBIOSの設定する事があり、PCベースのUNIX系OSのためにBIOS操作ができるようにその他のキーも追加しました。BIOSではカーソルキー,PageUp/PageDown/Home/Endが必要でした。
蛇足:現行モデルのHHKeyboardにもStopキーが残っていますが、これは盲腸のようなものですね。

HHkeyboard誕生

 配列の検討と並行してキーボードメーカーとキースイッチのタイプ,ケーブルの引出し方や ケースの構造など具体的な設計の検討を行なっていました.
 現在製品に使われているキーボードのスイッチは大きく分けてふたつのものがありあます.ひとつは,金属接点の押しボタンスイッチをキーの数だけ並べたような形のメカニカルタイプと呼ばれているものです.
 かつてはほとんどのキーボードがこのような構造を取っていました.部品点数が多いため部品コストや組み立てコストが高く,次に述べるメンブレンタイプに主役の座をゆずっています.
 もうひとつは,シート(メンブレン)に印刷された接点を使用するメンブレンタイプという ものです.
 メンブレンスイッチの構造の一例を図11に示します.キートップの下におかれ たゴムのドームがキーの押下特性を左右します.
 メカタイプではスイッチの構造でキータッチが 決まってしまうのに対して,メンブレンではこのゴムドームの形状や材質を調整することでキータッチを変えることができます.
 メンブレンタイプはすべてプラスチック成形でできるので大量生産に向いているため,現 在もっとも多く生産されているものです.しかし,すべてをプラスチック成形でつくるので 金型の開発のために初期投資が多く必要です.
 初期のメンブレンタイプはキータッチがあまり良くなかったためか,またはメンブレンタ イプには安物が多いせいか,キーボード通の間では根強いメカニカルタイプ信奉があるよ うです.
 今回,HHkeyboardは生産台数からしてメカタイプでつくりたかったのですが,メカタイプの開発を委託できるメーカーが見つからなかったのでメンブレンタイプになっています. HHkeyboard程度の生産台数では量産効果がでないので割高になってしまった点は反省しています.
 ですが, もしメカタイプで作っていたらあの大きさにまとめるのは難しかったかもしれません.

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図11 メンブレンスイッチ構造図

追記:

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 この写真はHHkeyboardの内部構造です。メンブレンを湾曲した鉄板で支えてキートップをカーブさせる構造は、普通の平板なメンブレンキーボードと違って打ちやすいものです。この構造はSun Type5キーボードでも採用されていました。
 開発を依頼したキーボードメーカはキーボードの打鍵シミュレータを持っていました。ひとつひとつのキーにソレノイドがついている大掛かりな装置でした。HHkeyboardはそれを使って打鍵特性を調整しています。
 A4半裁でしかも高さを抑えるためにネジは使わず、爪だけでキーボード本体と裏カバーを固定する凝った構造になっています。

 Sun, PC(PC-AT互換機),Macではコネクタのピン数もインタフェースも異なります.3機種を真面目 にサポートしようとると,Sun用に2個,PC用に1個,Mac用に2個と計5このコネクタをつけ なければなりません. 図12がその一案です.

追記:
 今では(有線)キーボードといえばUSBインタフェースしかありませんが、当時は複数のインタフェースがありました。

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図12 構造案1

追記:
 背面の丸はSun,Mac用のパワースイッチです。

しかし,絵で書くことはできても実際に作ろうとするとコネクタを収めるためには ケースがその分だけ大きくなることになります.それではA4半裁サイズという当初の目標から 大きくはなれてしまいます.そこで図13のようにコネクタはひとつにして,機種別にケーブルを 用意するという構造を考えました. 機種の識別はケーブルコネクタにIDピンを設けて行ないます.
追記:
 SunとMacはマウス用の分岐コネクタがあります。

画像13

図13 構造案2

 キーボードメーカーに構造案2を提示して設計検討を行なってもらいました. 
 やはりこれでもコネクタを収納すると奥行き方向に2cm以上大きくなってしまうということで製品ではコネクタではなく短いケーブルを引出し,その先に機種別の延長ケーブルを接続するという形になりました.

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図14 HHkeyboardケーブル接続図

 ここまではMacintoshも対応機種になっていました. 
 しかし, キーボードメーカーにも当社にもMac用キーボードを作った経験がなかったため発売期限に間に合わせることができるか,またADBのライセンスを取得するための時間もかかりそうであったので, 今回は見送ることにしました.
 MacユーザがApple以外のブランド品を受け入れてくれるのか判断がつきかねたところもあります.ただ,将来に備えてキー配列はMacにも対応できるように変更せずにおきました.

 いよいよ発売に向けて準備が始まります. そろそろ名前も決めなければなりません.
  当初, 社内では和田キーボードとかMinkeyという名前を考えていました.
 しかし, やはり和田先生が以前から呼んでいたHHkeyboardと言う名前の方が良いのではないかと思い, HHkeyboardの由来を聞くことにしました.
 曰く, Happy Hacking Keyboard だとのこと.
 Hackingという言葉に対して抵抗する向きもありましたが, 新海専務のゴーサインでHappy Hacking Keyboardで発売することが決まりました.

追記:
和田先生はキー坊という名前も用意されていたようです。
Happy Hacking は、商標登録されています。
申請の際に、特許庁から公序良俗に反するという指摘で拒絶通知がありましましたが、スティーブン・レビー (著),「
ハッカーズ」を引用して、本来Hackingという言葉には悪い意味は無いという反論書を出し無事に受理されました。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-1996-122651/104DEC6748EA183DFEF9262DD35184E504AB7C4EAD517009AF8A55D0BACEB664/40/ja

おわりに

 1996年12月20日HHkeyboardの販売を開始しました.
 HHkeyboardの発売は, Internetを通じてのみ行ないました. それまで支援していただいた方々へはE-mailをつかって, Webページの公開は各サーチエンジンへの登録を行ないました. 宣伝はほとんどしなかったと言えます. ちなみにHHkeyboardのWebページは以下のURLです.
http://www.pfu.co.jp/hhkeyboard/
 しかし, 後日ログを調べてみますと, なんとWebページは公開の日から1週間たたずに2000件を越えるアクセスがあったことがわかりました.

追記:
PFUのキーボードコレクションは、ページビューを稼ぐためにHHKeyboardの検討をする際に描きためたキーボードのレイアウト図をもとにして筆者が作成したものです。
https://www.pfu.fujitsu.com/hhkeyboard/kb_collection/

 受注も当初見込みを大幅に上回る数をいただき, 販売担当者はうれしい悲鳴どころか,その受注をさばくために本当に悲鳴を上げたような状態になっていました. そのため, その後しばらくは発注頂いた方には多大なご迷惑をおかけしてしまいました. ここをお借りしてお詫び申し上げます.
 今,私はHHkeyboardを使ってこの文章を書いています.もうすでに手放せない状態です. 私はもともとミニコン,サーバ,ワークステーションを手掛けてきた論理設計屋ですので,キーボードの専門家ではありません.キーボードを手掛けたのも今回始めてです.
 HHkeyboardを手掛けてキーボードの奥の深さを感じました.コンピュータの中でもっとも人に近いのがキーボードです.キーボードはコンピュータの周辺装置の中では"機械"ではない "道具"としての特質も持った唯一のものではないでしょうか.
 しかし,今のキーボードはどうやらひたすらコストダウンの対象となっているようで,値段は安いが使い勝手はそれなりというものが多いと思っています.  あらゆる道具が一般用と区別してプロ仕様という分野が確立されているのにキーボード,特に国内で売られているものは,もちろん例外もありますがアマチュア用ばかりのように見えます.
 HHkeyboardでわかったことはキーボードに関してもプロ仕様を欲している人たちがいるのだということでした.
 和田先生からいただいたメールにこのような一文がありました.

和田先生 :
電総研にいったとき, 値段についてはこういう話をしました.
「パソコンが10万円に近付いている時に, キーボードが5万円というと驚くかもしれないが, パソコンは消耗品になりつつあり, 一方キーボードは手になれたインターフェースで, 生涯使っていけるものである.
アメリカ西部のカウボーイは, 馬より鞍を大切にしたそうだ. 馬は消耗品であり, 鞍は自分の体に馴染んだインターフェースである. キーボードもこれとおなじで長い間使えれば 5万円もリーズナブルである. 」

 まさに名言です.これは,その後カタログやWebページでも使わせていただきました.
 手に馴染むキーボードを実現するということで 輪島塗のキーボードも2台作ってみました. そのうち一台は和田先生に使って頂いております. もう一台はどこかの展示会でお目にかけることがあるかもしれません. もし, 興味のある方はご連絡ください.
 発売後,多くの反響が寄せられています. なんと一度は見送ったMac対応ですが、製品を出した後でMac対応への強い要望をいただいております.中には会社で購入された方々が組織ぐるみで要望を送ってこられることもありました.そのため,現在Mac対応版の検討を行なっています.ひょっとしたらこれを読まれている時にはMacユーザに朗報がとどいているかもしれません.
 最後に,和田先生はじめHHkeyboardのために検討に参加していただき意見を出していただいた方々にお礼申し上げます. また,開発製造を担当していただいた富士通高見澤コンポーネント(株)に感謝いたします.

Happy Hacking!

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補足

 どのようにキーボードインタフェースを切り分けていたのか。

その後にサポートしたMacを含めて説明します。
Sunはキーボード・マウスとも非同期シリアル通信を使っていて、miniDIN 8ピンのコネクタを以下のように接続しています。

・キーボード送信
・キーボード受信
・マウス送信
・マウス受信
・+5V
・GND
・POWER ON
空きピン1本

PS/2(PC/AT)はminiDIN 6ピンコネクタでI2C相当のI/Fです。

・キーボードデータ
・キーボードクロック
・+5V
・GND
空きピン2本(ノートPCではマウス用のマウス信号を接続)

ADB(Apple Desktop Bus)はminDIN 4ピンコネクタを使ったた独自の単線式双方向I/Fです。

・DATA
・POWER ON
・+5V
・GND

キーボードから出るケーブルはminDIN6ピンコネクタを採用して端子は次のように割り振りました。6pinコネクタにしたのは、PS/2 モードで使用する場合に市販のキーボード延長ケーブルが使えるようにしたためです。

端子   PS/2  	  Sun	  ADB        備考
1      DATA	KBD   RD	  Data	
2      -          PW SW	  PW SW	
3      GND        GND     GND	
4      +5V        +5V     +5V	
5      CLK        KBD TD  -ADB       識別端子2
6      +PS2       +PS2    +PS2       識別端子1

キーボード起動時に識別信号で動作モードを判別しています。識別信号は延長ケーブルに細工が施されています。
1. PS/2キーボードモード:識別信号1がHigh
2. Sun キーボードモード:識別信号1がLow
3. ADBキーボードモード:識別信号1がHigh,識別信号2がLow

こちらの特許に詳しい説明があります。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-H10-177445/400FE20516BAF8B67B20FD1D4732B4BC44C8CE2571FB9A9007069C8F6CCD8870/11/ja


最後に

HHkeyboardは当時研究所長であった専務の「このキーボードは社会貢献だ」という一言があったから製品化できたものと考えます。このようなニッチな製品はビジネスとして成立はしないだろうとだれもが思っていたでしょう。
当初、高級キーボードと謳ったのは少ない生産台数で開発費を回収するためにどうしても高価にならざるをえなかったためもあるというのはここだけの話です。(当時のPC用キーボードとくらべるととても精度の高い金型で丁寧に作られていたことは確かですが)
在庫を捌くためにWIDEの広島での合宿で販売させていただいたりもしました。

画像16


初期モデルはPFU社内でも研究所という組織のごく限られたメンバーで対応していたので比較的自由に楽しんでいたと思います。
ユーザーからの要望で無刻印のキーキャップセットを販売したりもしました。
社内の賞で頂いた賞金で和田先生へのお礼として輪島塗版を作りました。
初期ユーザーの中にはアルミを削り出して裏カバーを自作された方や、無線化された方などもおられたように思います。

追記:無刻印キーキャップは、和田先生からのリクエストで、無刻印のキーキャップを何セットか取り寄せたのがきっかけだったようです。このキーキャップは、レーザー刻印と言ってキーボードを組み立てた後でレーザーで刻印をするものであったので、無刻印のキーキャップは容易に入手できました。
 アルミキーボードについては、作られた方はキーキャップまでアパートの部屋で削り出していたようにお聞きしたと思い出しましたので追記しておきます。


以上はHappyHacking Keyboard 2までの説明になります。
その後のモデルについてはまたの機会に。



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