推しが両国国技館に立った日
ジョー・力一(りきいち)というVTuberがいる。
にじさんじのピエロ、ジョー・力一(りきいち)のチャンネルだよ~~~!!!!!
たのしい配信とたのしい暮らしの両立をめざして…
(チャンネル概要欄より)
いちから株式会社が運営するバーチャルライバー(VTuber)グループであるところの『にじさんじ』が、拠点であるYouTubeのみならず、インターネット全体に名を馳せるようになってから、既に久しい。
にじさんじという「箱」の特色として挙げておかねばならないのは、なんと言っても競合他社とは比べ物にならないほどの所属ライバーの多さ。そして、それに付随する多種多様なライバーの個性であろう。
そして、その「個性」の象徴と比喩しても過言ではない男性ライバー、それがジョー・力一である。
掲げる名前からして、常人凡人の考え得るそれとは比較にならないものだ。ジョー・力一て。彼はかつて、この名について「携帯ショップで充電しながら考えた」と述べていたが、携帯ショップで電気借りてる人間に降ってきて然るべき発想ではない。
ジョー・力一は天才である。
むろん、「天才」という一言で表現できるほど、彼の個性は浅く単純なものではない。彼は非常に賢く聡明で、かつ馬鹿でもある。生半可なことではない。彼は、「自分でも謎」と謳う発想にもとづくくだらない話やネタを配信に乗せながら、同時に己が成すべき立ち居振る舞いや、求められているモノについて深く考察し、それを表す。
彼は、「努力する天才」だ。
恵まれた家庭環境で、その明晰な頭脳から将来を期待されていたものの、大学受験に失敗。そのとき「天啓」をうけピエロを志す、というのが彼の経歴である。挫折のうえに今の彼がある。彼が今までの配信のなかでのぞかせてきた過去の話には、聞いているこちらの肩まで重くなるような、辛いものが少なくない。
他ライバーやVTuberとの酒の席で語った、気乗りしないバイトを、懐に入れた酒の小瓶と、不安感を肴に飲むそれで耐えていた、というエピソードが象徴的であろう。
『2D☆STAR Virtual』といった雑誌のQ&Aなどからも、彼の人生が決して平坦なものではなかったことをうかがい知ることができた。
とっくのとうに萌芽している才を陽の下に晒すことなく、耐え忍ぶことの辛さがいかほどか、リスナーである我々には知る由もない。
それでも、彼はVTuberとして我々のもとに表れた。彗星のごとく。
彼の毎週の定期配信として、『りきいちファーム』がある。
日々のメモから1軍行きできそうな話題・ネタを探すりきいちファーム
(『りきいちファーム2』動画説明文より)
この説明の通り、彼が毎週用意するメモに沿って雑談をし、その中から「1軍行き」として動画の形に昇華できるものを探す、というのが毎週の『ファーム』の大まかな筋書きだ。
自分が「これは面白いか」と思ったものをリスナーのまえに複数提示し、どうすれば面白いモノとして落とし込むことができるかを考察し、紐解き、組み立て、そして素体として形を成したそれを配信中に披露する。彼は、これをほぼ毎週やっている。
「努力」以外のなにものでもないだろう。彼は自分のことを「ものぐさ」と評し、「真面目と言われたくない」とまで言うが、彼が積み重ねる発想と研鑽を目の当たりにしているリスナーとしては、やはり彼は、真摯に、真面目に、「努力している」ようにしか見えないのだ。
そして、彼の主観と、客観的視点からみる彼のありかたの矛盾こそ、彼をバーチャル空間においてジョー・力一という「生命」たらしめている。
彼は、「VTuberとは何か」という問いに、「人間を見せている」という。
0と1で表現される世界に肉体を得るVTuberが、0と1では表現しきれぬ生命をその息づかいからあらわすとき、わたしたちリスナーは感情を揺さぶられ、彼らを「推す」のだ。
そんな「推し」が、先日、国技館に立った。
Virtual to LIVE in 両国国技館 2019 - にじさんじ
https://event.nijisanji.app/vtlryougoku2019/
『にじさんじ冬の陣2019-2020』と題する大型エンタメプロジェクトの一環として開催されたこのライブには、初のライブ出演者を含める15名ものライバーが参加した。
当然、倍率はとても高かった。プレオーダー、先行抽選を経て開始した一般販売は、わたしの記憶が確かであれば、混雑で繋がらない回線の中、S席は1分足らず、A席は4分ほどで予定枚数が終了した。その後解放された機材席(ステージサイド席)もものの数分足らずでソールドアウトした。
使える人脈を駆使してなんとかもぎ取ったチケットを片手に、わたしは推しが、3Dの肉体を得てはじめて立つステージを、現地まで見に行った。
生きていて良かった、と思った。
開演を目前にし、「どうしよう」と隣に座る友人に半泣きで詰めよるわたしの耳に届いたのは、他ならぬ推しの、ジョー・力一の影ナレであった。
耳馴染みの良い落ち着いた声で諸注意を述べた後、彼はこういった。
「最後になりましたが、私の方から個人的に、皆様に確認しておきたいことがございます。心当たりのある方は、大きな声で返事をお願い致します。」
「……銘柄は?」
メビウス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
……『OTN組』と呼ばれるユニットが、にじさんじ内には存在している。
『にじさんじSeeds』出身ライバーである、社築(やしろ きずく)、名伽尾アズマ(なかお あずま)、花畑チャイカ(はなばたけ ちゃいか)の3名からなるそのユニットは、いわば「飲み友」。
酒を酌み交わしながらくだらない話に花を咲かせ、ゲストを呼んで駄弁る。ひたすらに駄弁る。OBS(配信ソフト)を動かしている社が寝落ちて配信を切るに切れなくなっても、配信環境がおかしくなってもひたすらに駄弁り、わたしたちにそれを見せてくれる。そんな配信をしていた3名だ。
今年の5月末、名伽尾アズマが外国への移住のために惜しまれつつも引退してなお、OTN組コラボがライバーたちに残したものは大きい。
そのOTN組コラボに、ジョー・力一がゲストとして招かれた回(『OTNP組コラボ!PはピエロのP ジョー・力一のことカーって言っちゃう』)において、彼らはこう話した。
アズマ「なんかさぁ、コールアンドレスポンスみたいなのあるよね、アイドルって」
力一「『なんとかは〜?』みたいなやつだよね」
アズマ「そうそう、『なんとか〜!』って返ってくるやつ。そういうの欲しいね、考えようよ」
力一「『銘柄は〜?』『メビウース!』で……」
そして、名伽尾アズマの引退からおよそ4ヶ月後の今年10月2日、幕張メッセにて開催された『にじさんじMusic Festival』に、OTN組のひとりである花畑チャイカが出演したとき、彼はステージに立ちながら、このコールアンドレスポンスを観客たちに実際に投げかけた。
そのとき、チャイカのその声に咄嗟に応えることができなかったことを悔やむ声が、Music Festival終了後、Twitterなどで多くあがった。
皆がそれを悔やんだわけは、チャイカの声に応えられなかったことだけではない。アズマを幕張の晴れ舞台に立たせたチャイカの声と想いを汲み取ることができなかったこと、チャイカに手を引かれ確かにあのステージに立つアズマの姿を、見とめることができなかったこと。それらをすべて包含した悔悟を、皆が口にした。
そして、他ならぬ発案者であるところの力一も、VtL両国への参加が決まったのち、たびたびそのコールアンドレスポンスについて、配信の中で触れることがあった。
やれるかどうかはわからない、とまでいった。
それでも、彼は両国国技館に、確かにアズマを連れていった。
抜かれた心の棘の痕を吹き抜ける一迅の風の轟音のように、あらん限りの声で「メビウス」と叫ぶ観客たちに、彼は「なお、館内は禁煙となっております」と笑った。
この時点で、オタクは死んだ。
安っぽい形容になるが、本当に心臓が止まったと思った。影ナレを推しが担当してくれた時点であまりにも嬉しいサプライズであるというのに、これである。既に満身創痍のところ、このあと力ちゃんが舞台に立って、動いて、歌うのだ。3Dの肉体を得て。
心臓が口から飛び出るほどに期待しつつ、どうじに、嫌な汗がにじむほど不安でもあった。
厄介なことに、何かを盲目的に追っている人間は「盲目的」なのである。
みずからが思い描く理想像と乖離したものを、ここにきて目にしてしまったらどうしよう。もし後ろの席の人が、前の席の人が、隣の席の人が、わたしの推しを見くびるようなことを言ったらどうしよう。そんなくだらない不安に足元をすくわれそうになりつつも、大歓声のなか幕を開けた舞台に向かってペンライトを振りながら、わたしは推しを待った。
結論から述べれば、それらは全くの、全くの杞憂であった。
3Dの体でしか見ることができない背中を観客たちに向けながら、彼はステージに姿を浮かび上がらせた。
彼がデビューして間もない頃Twitterに投稿し、爆発的に"バズった"動画がある。
布施明の『君は薔薇より美しい』を歌いながら、「変わった〜♪」という伸びやかな歌声に合わせて股間を極限までズームするという最高にくだらないその動画は、先輩ライバーであるところの叶(かなえ)の大のお気に入りとして語られるなど大きな反響を呼んだ。
力一はそれを、『君は薔薇より美しい』を歌った。両国国技館で。
イントロが聴こえて、わたしは正直なところ、爆笑した。あまりにも、あまりにも彼の晴れ舞台を飾るにふさわしい歌であったからだ。この歌は彼にとってのいわば「持ちネタ」であり、「持ち歌」なのだ。
それを天下の国技館で歌う彼の姿が、あまりにも、カッコよすぎた。
彼がこの舞台にこの曲を持ってきたことを、「クソ根性」と評している人を見た。全くもってその通りである。だって、本当にカッコいいのだ。紫の引割幕にピンスポットの光と影を落としながら、持て余すくらいに長く流麗に伸びた手足をひらめかせて、華麗に、色っぽく、カッコつけて、ホアキン・フェニックスのジョーカーの真似なんかして、歌って踊るその姿が。
会場が、ニコニコ動画が、Twitterが湧きに湧いた。怒涛のような「変わったあああああ!!!」が響いた。他のライバーが、みんな一斉に「かわったあああああ!!!」とつぶやいた。観客全員が叫んだその声を置き去りに、ステージの上でただひとり、力一が、力一だけが、化け物じみたロングトーンを披露した。会場がどよめき、歓声と悲鳴があがった。
彼はライブのふりかえり配信で、「練習中は(ロングトーンが出るか)五分五分で、覚悟を決めていた」と述べたが、それならば、やはりあなたは天才だと思った。
天啓でピエロとなり、天に愛されてあの歌声を響かせた。
歩くほどに 踊るほどに
ふざけながら 焦らしながら
薔薇より美しい
ああ 君は変わった
(『君は薔薇より美しい』/布施明[1979])
あの時、わたしの推しは確かに、薔薇より美しかったのだ。
滲んだ涙も乾かぬうちに、第二波は来た。
VtL両国のライブは途中まで、ライバーを4名ごとに区切り、ソロ曲とユニット曲をそれぞれが歌う、という形式であった。
そうなると、参加ライバーが15名である以上、3名に区切られる箇所が当然ながら出てくる。そして、わたしは途中まで、月ノ美兎(つきの みと)、樋口楓(ひぐち かえで)、静凛(しずか りん)からなる『JK組』が、それに相当するよう進行するものだとばかり思い込んでいた。
ところが、しずりん(静凛)は他のライバーと一緒に、4人区切りのパートで登場した。
残るは、力一、委員長(月ノ美兎)、でろーん(樋口楓)の3名。一体これはどういうことだと、脳裏に疑問の二文字がよぎる。
力一のソロ、委員長のソロがそれぞれ終わり、残すはでろーんのソロとユニット曲……
とは、行かなかったのである。
五つのピンスポットが舞台を照らし出し、でろーん、委員長、(鈴原)るるちゃん、えるえる(エルフのえる)たちライバーが並び立つ中、センターを飾っていたのは、ジョー・力一だった。
会場が湧いた。疑問符の入り混じった歓声であった。なんだこの面子、という疑問であろう。わたしも全く同様であった。なぜ推しが、なぜこの面子でセンターに?
その疑問は、会場を劈くように鳴り響いたギターの音と、ステージから響く叫びによって氷解する。
「林檎!もぎれ!ビーム!!!」
ここで!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
確かに、確かに以前、彼は配信の中で、「ジョー・力一と絶望少女達がやりたい」と口にしていた。しかし、まさか本当に、両国国技館の、VTuberとしての晴れの舞台でそれを実現させるとは思わないだろう。
語るまでもないことだが、『林檎もぎれビーム!』は『さよなら絶望先生』TVシリーズにむけて、大槻ケンヂが書き下ろした3曲目の主題歌である。そして大槻ケンヂはこの曲について、インタビューにおいてこう語っている。
(前略)今回は、今までの2曲よりもより深くアニメ業界やオーディエンスとの関係を知ったからこそ書けた歌詞だと思うんです。(中略)決してアニメや声優ファンを茶化しているわけではないんですよ。その後で歌われているのは、そうと分かっていても突き進むことで、みんなで生み出す幻想のシャングリラが待っているということで。(後略)
(アニメイトタイムズより)
で、歌詞がこう。
君が 想う
そのままのこと
歌う 誰か
見つけても
すぐに恋に落ちてはダメさ
「お仕事でやってるだけかもよ」
(『林檎もぎれビーム!』/大槻ケンヂと絶望少女達[2009])
VTuberがライブでこれ歌うか!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
度胸がありすぎる。センスがありすぎる。エモを理解しすぎている。天才すぎる。
端的かつ大雑把な表現をすれば、VTuberのライブ自体、大槻ケンヂがインタビューで語ったことの答え合わせなのだ。にじさんじという、もとはiOS向けアプリのプロモーション用の存在にすぎなかった箱を、ファンたちが応援しつづけ、ライバーたちがファンのために努力しつづけてきた結果として、彼らは国技館で歌を響かせることができた。「みんなで生み出す幻想のシャングリラ」こそが、この『Virtual to LIVE in 両国国技館 2019』なのである。
この曲を歌いたいと発案したのは、他ならぬ力一であったという。そこに以前から絶望先生フォロワーであることを公言していた委員長とでろーんを組み込み、他参加者を募ったところ、1分足らずでるるちゃんとえるえるが名乗り出た。その結果として、この最高のステージが出来上がったのだ。思い出しても喉がひりつくほどに興奮する。あの瞬間、両国国技館は間違いなく「シャングリラ」であった。
そして、力一のいちファンとして、力一が晴れ舞台で歌い上げたこの曲を、どうしても忘れられないわけは他にもある。
前述した通り、力一の人生は決して平坦なものではなかった。挫折と貧しさが礎となっている彼の暮らしが、到底楽しいばかりのものではなかったことも察して余りある。
そんな彼が、オーディションに受かるか、落ちて「森で暮らす」か、とまで考え、そして勝ち取ったにじさんじライバーの座。ほぼトークと歌だけで登り詰めた銀盾(登録者数10万人)。その発露としてのこのライブで、彼にとっての初めてのステージで、彼がこの曲を歌ったことは、本当に、涙が出るほど嬉しく、眩しく、ぎらぎらと輝いて見えたのだ。
「変わったアナタを誰にみせたい?」
あからさまに見くびったやつ
あいつらにだ!
(『林檎もぎれビーム!』/大槻ケンヂと絶望少女達[2009])
力一、力ちゃん、ライブ本当に、本当にお疲れ様でした。
ステージの上で世界に牙を剥いたわたしの推しは、世界の誰よりカッコよかった。
※12月12日 追記
VtL両国でのジョー・力一のパフォーマンスについて、大槻ケンヂが自らのブログの中で触れたため、引用させていただきたい。
バーチャルライバーの方々が「林檎もぎれビーム!」を歌ってくれて、とっても盛り上がってるとの話が伝わってきました。
うれしい。ありがとう。
ジャンルの垣根を超えて曲が広がっていくのはいいですよね。
ちなみにジョー・力一さんが熱唱したという「君は薔薇より美しい」は僕もイベントなどでよく歌います。
(『「林檎もぎれビーム ゾンビ研究 ファイティング・ファミリー 初恋 オケミスのプリプロ」 | オーケン企画』より)
推しが、人生を変えられたと語るシンガーに知られ、「うれしい。ありがとう。」と述べられるさまを、推しの歩んできた軌跡がまたひとつ結実するさまを、リアルタイムで見ることができた。
きっと推しが、ジョー・力一が、今日という日のことを忘れられないのと同じように、わたしも今日という日のことを一生忘れないであろう。そう思う。
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