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日本では皆一体何にそんなにビクビクしているのか

まだイスラエルに住んでいて、講演を名目に日本に大体毎年1回来ていた頃も、去年の10月始めから日本に移り住むようになってからも、とても心配になる社会的な現象があります。それは多くの人が何かにビクビクしているようにしか見えない、感じられないことです。

これが個人レベルに留まらず、集団レベル、そこには否定的なエネルギーが充満してしまい、昔は自分までこの否定的なエネルギーに感染してしまうのを感じたものでした。それが自分でも驚くことに、エルサレムでハシディズムを体系的に学んだ後はこの感染がなくなったのです。

ハシディズムは喜びの教えとも言うことができます。喜びとは特別な状態ではなく、私たちの本質である魂の自然な状態なのです。生まれたばかりの赤ちゃんを見てみてください、あるいは思い出してみてください。皆喜びに溢れていますよね。これが本来の状態なのです。

それが、社会化が進むにつれて、世間の常識の名のもとに一種の集団洗脳を無意識に受け、少しずつこの喜びの光が覆い隠されていくようになります。自然な笑いの表情が消えていき、しまいには無表情になってしまいます。

恐れには、例えば肉体の生存を脅かされた時に感じる正当な恐れと、自分の思考が生み出す空想上の恐れとがあります。多くの人が何かにビクビクしているは後者になります。

それでは一体何にビクビクしているのかをずっと考えてきました。これまでのところたどり着いた暫定的な結論は、同調圧力のせいもあって、どうしても周りの目が気になってしまうからではないかということです。さらにそれではなぜ周りの目が気になってしまうのでしょうか。これについては、周りから嫌われるのが怖いからではないかと想像しています。

周りから嫌われないようにと考え続けていると、結局、自分の発言や行動だけでなく表情までをも自己検閲してしまうことになります。こうした自己検閲の最大の犠牲になるのが喜びの光です。ハシディズムの教えという一種の防御壁のおかげで感染はしなくなったものの、ビクビクしているような人たちに会う度に、その闇を光に変えてあげたいという思いが今でも高まります。

ビクビクしながら生きるのとはまったく異なる生き方があるということを言葉だけで伝えようとしても、残念ながら、どれだけ伝わっているのかは自信がありません。プラトンの有名な「洞窟の寓話」にあるように、生まれてからずっと洞窟でしか暮らしたことがない人たちに、洞窟に外には広大な明るい世界があることを言葉で説明しても、なかなか信じてもらえないようなものでしょうか。もどかしいです。

こうした洞窟の外の世界に触れることで、本来の喜びを取り戻すための講座とコーチングを日本での一種の使命として提供しています。変化に必要な第1歩は行動に出ることです。

PS: つながる

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