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大切な人へのスクリプト

くじらが潮を吹きながら、海をゆったりと泳いでいるのが見えます。

波のザザーンという音は今日はとても穏やかで、ゆっくりと身を任せるような心地良さがあります。

くじらは濡れた皮膚に夏の太陽のギラギラした熱い日差しを受け、皮膚がカラッと乾いていく感触を感じています。

波はゆっくりと幾重にも重なって、くじらの正面からくじらに向かって押し寄せるけれど、くじらはその波に抵抗することなく、ゆらゆらと上に下に体を揺らすのが見えます。

頭上でカモメが鳴くのが聞こえると「ああ、もう昼だな」ということを思い出し、少しだけお腹が減ったことに気づきます。

くじらのお腹に当たる波はくすぐったくて、何もおかしいことはないけれど、くじらはクスクスと笑顔になって幸せになる感覚を感じます。

見上げると太陽が空いっぱいに光を放っていて、直視できない眩しい光を何とか眺めていたいと、目を細めて太陽の方向を向きます。

規則正しく聞こえる波の音と、遠くからこちらへ近づいてはまた遠くへと飛んでいくカモメの鳴き声は、自分を中心に世界が回っているような、自分だけがゆったりとした時の中にいて、まわりがものすごいスピードで動いているような錯覚を起こします。

くじらは熱くなった自分の皮膚の感触を感じたので、少し水をかぶって涼みたいと思うけれど、もう少しこの太陽の痛いほどギラギラした熱を感じていたい自分がいることにも気づきます。

いつか行った春の花畑には、タンポポの綿毛がたくさん咲いていて、そのひとつにふっと息を吹きかけると、綿毛の一部がふわっと風に乗って飛んでいきます。

春の花畑のまわりには木が花畑を丸く囲うようにそびえたっていて森が続いているのですが、その中から甲高い鳥の声が控えめにいくつも重なって美しいハーモニーが聞こえてきます。

花畑に腰をおろして座ると、ザワっと一層強い風が吹いてきて、私の肌や髪を撫でていきます。

だけど、強い風に吹かれても、タンポポの綿毛は散ることなく、ただ左右に体を揺らして元の位置に戻り、またそよそよと穏やかな風に身を任せて揺れるのです。

風が吹いて草花や木々が音を立てるたび、風以外の鳥の声や虫の声がピタッと止まって、ただ風がゴーゴーと吹き止むのを待っているかのようです。

風は、何もみんなにイタズラしようとしているのではなく、そこに新しい風を吹かせることで、花から花へ花粉を渡し、新しい生命を咲かせようと、そんな意図をそこに感じるのです。

風がおだやかになると、綿毛はゆっくりと左右に揺れて、まるで私に語りかけるように首を揺らします。

だけど、強い風が吹くと途端に片方に大きく傾いて、風がそこを通り過ぎるのを待つかのように、身を低くして風が鳴き止むのを待ちます。

私はそれを、ただ眺めて、綿毛が右に左に、大きく揺れるようすをただぼーっと眺めて、心地よい少し冷たい風に自分も身を任せて、何も考えずに座っているのです。


この花畑の向こうの森に入ると、ずっと奥の方に魔女の家があると聞いたことがあります。

魔女の家は小さいロッジのようで、魔女は庭に杖を持って立って、庭の草花に水やりをしています。

サーッと水をかける音が心地よく響いて、水を与えてもらった草花は透明な丸い水滴を葉や花びらに残します。

その丸い水滴を指先でスッと掬うと、ひんやり冷たくて「生きている」という実感が胸の中に広がります。

魔女は杖を持っているけれど、それを使って魔法を使ったりはせず、ただ毎朝早く起きて庭の草花に水をやり、卵とウィンナーと野菜の朝食を作り、ゆっくり読書をしながら1日を木のテーブルとともに過ごします。

魔女の家の外は、たくさんの森の木が葉を揺らしている音が聞こえ、魔女はその音を聞きながら、テーブルに座って読書をしているのです。

魔女の座る木の椅子にはクッションがないから、固い木の感触があって、長い時間座っていられないんだけど、この固さが「自分が自然の中で生きている」という実感に繋がるような気がしているのです。

魔女が細く長い節が目立つ指で、本のページを一枚…一枚とめくるたびに、古い紙の香りが鼻腔をくすぐります。

古い紙をめくる時の乾いた音が、静かな魔女の部屋の中に響いて、そんなに大きな音ではないのだけれど、他に何も音がしないから、一際大きく聞こえるのです。

乾いた紙の感触はどこか懐かしく、魔女が子供だった頃のことを無意識に思い出させるようです。

それは、カラフルなゴムのボールを投げたり蹴ったりして遊んでいた元気な子供の頃であり、1人でも近所のいろんなところに散歩して走り回っては、泥だらけになって家に帰ってきた。

「ただいまー!」と玄関から家の奥まで聞こえる声で元気よく声をかけて、靴を脱いで家の中に入ると、夏なのにひんやりと涼しい空気が流れていることに気づきます。

蝉の声と、自分の床を踏む足の裏の感触と、家の中のひんやり涼しい空気を肌で感じたときに、魔女はハッと目が覚めて、目の前の本の文字に目を戻します。

そうして、また一枚…一枚…と古い紙のページをめくり、魔女は静かに1人で、自分だけの時間を過ごすのです。

ひとーつ、爽やかな空気が流れてきます!

ふたーつ、身体がだんだん軽~くなってきます!

みっつで、大きく深呼吸をして~、頭がすっきりと目覚めます!

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