悪女は言った

「あなたはたまたま網にかかった海月のようなもの」
「ビニールともさほど区別がつかないような、私にとってはどうでも良い人だったの」
「そんな人に私がくびったけになったのは、きっと儚く散った前の恋のせいね」
「慰めだったのよ。人は凹んだら空気をいれてもらうべきだって、それが人間だって、踏切の近くの看板に自殺相談ダイヤルの番号と一緒に書いてあったもの。」
「空気は充分入っていたのにね、何の質量もない空気が。」
「あなたはなんの手応えがないひとだったのよ。そう、空気みたい、海月みたい。でも目だけは信じていたのね。何も見ようとしていない目だけを。」
「目は何かを見ようとしなければ何も見せてくれないものよ、望むものにしか与えられないものを手の内に隠し持っているの。」
「あなたの目は自分の意思も私の気持ちも映してなかった。一体どこを見つめていたの。」
「私はあなたの実験道具じゃないのよ、あなたの目の前で勝手に笑ったり泣いたりするバカな人形じゃないの。そんなことも分からないのね。」
「でも分かってる。私がこどもだったの。あなたに何かを期待していた。私が期待する温かさを持っている人だと錯覚したんだわ。」
「あなたは欲しがっていたの、私の愛を。その証拠にあなたが私に惚れた瞬間を当ててあげる。あの、あなたが風邪になった日でしょう。私が看病したあの日。」
「あんなこと、誰にでもできるのよ、私。」
「だから言ったの。あなたは網にかかった海月だって。」

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