泉幸吉と菓子
泉幸吉の歌に菓子を詠んだものはあるか。探していたところ、歌集『途上』に一首見つかった。
食べたしと母が欲りする菓子のたぐひ衢(ちまた)にいまは賣らずなりたり
昭和15年。父の春翠はすでに亡く、母の満寿は病の床にあった。彼女のことを伝える資料で私が目にできるものは春翠の伝記、住友寛一(春翠と満寿の長男)の文章、そして泉幸吉の短歌だが、とにかく物静かで自己主張をしない、おとなしい人だったようだ。春翠の伝記は733ページあるが、満寿はほとんど主体的な動きをしていない。春翠に連れられて心斎橋に行っても、彼女はほとんど買い物しなかったようだ(p.360)。また、泉幸吉の歌には「常日ごろ心抑えて來し母」「感情を面に表はす無かりし母」と詠まれている。
その母が、菓子の類を食べたいと言っているのである。息子としてはぜひ応えたいところであるが、応えることができない。泉幸吉は住友の家長だから、お金で買えるものなら何とかしただろう。しかし、お金があっても、ないものは買うことができないのだ。
しばらくして、満寿は息を引き取った。泉幸吉は何首か挽歌を詠んでいる。その中の一首。
甲山(かぶとやま)麓の空のゆふ茜(あかね)煙はのぼる母のみけむり
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