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上へ (1) - 顰蹙の外欠(公欠)-

長渕剛の「決心」をくどたかからもらったウォークマンからイヤフォンで聴いていた。

弘前駅から「いまがらいぐんずな(今からいくのか?)」と閉じたデッキの車内に手を挙げて応えたよしたかのスカイブルーの学章を浮かべる。
寝台上段、仰向けで横になりながら着替えなかった浴衣を足で奥の車窓側に踏みやってから、膝を立ててカセットケースに次のタイトルを見返す。

何度目になるか。こうして「あけぼの」に乗り、内定者連絡会とやらで上(かみ)に出向くのは。

1987年9月、新宿に本社があるソフトウェア会社に就職が決まり、それからは学校を休みがちにして中間、期末、休み明けテストなど一夜漬けでごまかすことさえしないようになっていた。

担任の桜庭「最近、石澤。学年で一番に決めてきた時は、石澤がとても輝いて見えたわけですよ。それが、学校をよく休むようになり、…面白くないな、と思ってしまうわけですね」

僕は目を細く、消灯のランプを眺め続けている。

「できることならーこの太陽いっぱい、からだに、浴びて。おまーえをー連れーてー別天地でも、行きたいと、おーもーうのだが…」

僕が、結婚をする…。
あてもなにもない、ただ…そう…。

…列車の音を拾っていた。

「県内就職の求人は遅いから、待っていたら、県外就職にいい会社がなくなってしまう」
…言い訳だ。

心底では、毎晩のように聞こえてくる声に歯向かい叫び散らし、壁に穴を開け、電話線をちょん切り、ベランダへのサッシの窓ガラスを蹴り割る。
そんな母親から逃れたいのだ。

「一晩中、会ーってくれ。全てはいと、応えてくれ。今日も君のー部屋ーからーあーあ…、やさしいーくちーづけ、もーっといでー、んー、もーっといで」

覚えたてのギター。…信じてはいない。とも、思わない。

…僕は、家を出る…。

もう決めた…。決めたのだ。

6時には上野に着く。あの、古びた焼きそば屋で、焼きそばを食おう。あそこは安い。

そう、思っていた。

新たに目醒めた安寧への長い旅の始まりであった。

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