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紅葉と百合と彼女

いつもだった。

僕があの木陰の彼の寝床に「来てくれない?」と誘われるのを断るのは。

二か月前になるか。ある朝のちょうど明けきった後の頃、左のゴミ置き場を折れると、烏(からす)が二人背中を向けている。
車のとおりもこの時間だからか、すぐ車道の向かえの歩道に渡ることができた僕はふと、ゴミ袋をあさっているのか、と、だが、気には留めない横顔で正面の横断歩道の赤を見た。

「ア”ー」
「ア”ー!」

往く手の電線で、僕をチラチラしている気配をみせる。彼ら…。
「?」

振り返ると、車が向かってきていた。
さっきのゴミ袋?は、あれは…、猫だ…。

「ダダン」

タイヤは容赦などしてはいなかった。

後続車だ。

…スピードを緩め、車体の間で、猫を通り過ぎていく…。

僕は、車道に引き返し、彼を見つめながら近づいていく…。、…そして口から少し出した舌もそのままに、温かい身体を両手で抱え、すぐ近くにある公園に連れて行った。

左奥隅…。

叢(くさむら)のシーツ。休ませた僕は、まとめた落ち葉を掛けた。

それからである。

島忠(三和)に、おかずを買いに行く……。
ファミマに、煙草とガリガリ君を買いに行く……。

昼夜問わずだった……。

今日は行こう、そう決めた日、幼子を連れた親子がいたり、自転車が二台停まっていたりして、僕は素知らぬふりをして通りすぎることに、約束を決めたのにと、申し訳ない気持ちにかられたりしていた。


何日が過ぎたろう…。

夏…。暑い日…。僕は「ん」と、誰かが彼が寝苦しくなっているのを察したかもしれない…、と思い、うちの五女の林檎ちゃんの敷布団を抱えて彼の寝床に行ってみた。

はえさん…(ドローンフライ?)

監視の目はあったか。僕は掛布団の上からひんやり感のある敷布団をかけて、かるくあいさつをして後ろ手を振った。

ある日、駅前のマルエツで、びわが6個で¥780で売っていて買った。
ヨメは「生のびわなんて食べたことな~い。どうやって食べるの?皮むくの?」と、嬉しそうにしていた。
ティッシュに出したびわの種。

…「とっておこう」
「そういえば、びわ茶昔飲んでたよね。花粉アレルギーに効くから」
と、ヨメは、ネットで検索して、色々調べだしていた。

…乾いた種に、剥がしきれないティッシュがついたまま、僕はいつも煙草に使うマッチ箱に入れて、いつか誰かにやったりしよう、と目論んだまま、ある小雨の日だったか、彼の寝床にふたつ差し入れをした。


……

…季節は秋口の装いだ。

早朝、いつものようにファミマで煙草を買った帰り、「窯出しプリンのパフェ」をトイレにウンコをしに入った時に手元の棚に忘れて取りに戻り、店を出た時、公園で一服していこう……、と、そんな気になった。

……

そこには「百合」が一輪いた。

そして、ベンチで煙を燻らす僕に、にわかに「み~んみーん、みんみーん」と……。僕はスマートフォンを近づけにいった。
逃げない…。鳴いてる…「セミモデル…」「セミプロの…か…」

…「百合のゆりかごに揺られてセミか……」

そんなことを思う家路、ツイッターに「おはみんみんぜみ」の投稿をして、早くそのことを話したくてうずうずしながらヨメが起きるのを待った。

……

「夢十夜」

ヨメは、夏目漱石のその作品を思い出して、語った。

「ある女が死んで埋めたら、そこに100年後、白い百合が咲いたんだよ」と……。

「そういえば、あの猫、「金玉」わからなかったな」
「去勢したんじゃない?」
「竿もなかったぞ」
「竿は隠れるでしょ」
「いなりもなくなるのか?」
「らもはどうだっけ?」
「さあ…」

…僕は「彼」は、女の子、女性だと思った。

沖縄の「ひめゆりの塔」…。百合は、女のイメージだ…。

そして、ヨメが彼女につけた「紅葉(もみじ)」という名、流れうつり変わる色合い、の様……。

彼女が「猫塚になりたい」と、あれほど言い寄ってきた頃の心も、きっともう、うつり変わっていったのだろう。

…彼女に会いにいくのが、これから楽しみになってしまった、自分がいる…。

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