上へ (4) - 順子 -
最後の、内定者連絡会。翌日の高校の卒業式予行を外欠して出席する。僕はまだ、スーツを買っていない。その日は独身寮の鍵を渡してくれる日だった。
よみうりランド、若葉台、永山にある独身寮。一人ずつ名前が呼ばれて行く。
……。
最後の最後まで、僕の名前は呼ばれなかった。
担当に聞きにいくと、「あー、若葉台寮の200号室ね」と。
「ここは、特殊なつくりで中で部屋がつながっているんだよ」と。
隣りの201号の鍵をもらっていたのは、岩手の「のりぴー」だった。
二人でしばらく顔をあわせていた…。
「はい、200号室の鍵」
……求人票に、1人1部屋とあって、ギターを弾いても迷惑がかかりにくいだろうと思っていた…。でも、もう今更のこと…。ギターを低く弾いて様子をみていこう。と、のりぴーには、その場では「おれのギターでうるさいよ」とは言わないでおいた。
卒業式前日。予行。誰も言わなかったが、昨日の僕の外欠で、クラスの僕より後の席が一席ずつずれていたらしかった。
何となく、皆の会話を聞いていればわかる。
「昨日、機械科のヤヅ長渕の祈り弾ぎ語りしてな。いがったや(良かったよ)」
「アンコールとまねんで順子やってらね。石澤いればいがったのにな」
と、文化祭ブルーハーツギタリストのまっちゃ。
そして市内のホテルに移動し「テーブルマナー」の実習。
ナイフ、フォークは外から使う。
食事中は「ハの字」に皿に置く。
食べ終えたら、右側に斜めにナイフ、フォークを揃えて置く。
僕はその通りにしていたのだが、食べかけの肉の形をナイフで綺麗に見えるように整えているところを見つかってしまい、注意された。
春幸が「教えてもらわなかったら、ボウルに入ってる水、飲むところだった」と言って、笑いをとっていた。
実習が済むと、桜庭がクラスの皆を別の部屋にあった、いくつかの円いテーブルに案内して「好ぎなどこさ座れー」と言った。
軽く、お菓子と、オレンジジュースなんかが用意されている。
正面に、カラオケの機械……。
桜庭が「カラオケやるか?」と、春幸に聞いた。
「石澤の歌を聞いたことがない。石澤歌えー!」春幸がコールする。
確かに、僕はバスの中でも歌ったことが一度もなかった……。
「あ、いいよ」
カラオケのカセットテープでいっぱいの棚だったが、僕は迷わず長渕剛にした。乾杯、夏の恋人もあったか、まっちゃの昨日の順子がかすめたが、やはり僕も、歌いなれてる「順子」にした。
「はなれなーい、はなさなーい、はなしたーくないきみー」
「88888888」
歌いきった後の拍手と皆の表情は、まあまあ?な感じだったろうか。
「次、誰にする、石澤、誰いい?」と、桜庭。
「どでー!」僕は、文化祭でブルーハーツのドラマーで、僕の家にきて麻雀もしたことがある彼をコールした。
「88888888888」
「次~!」
思い込みだが、後で「桜庭先生の配慮」で、僕は皆の前で歌うことになったのではないか、と思った。
僕の、やたらめったらな学校の欠席や掃除のサボリは、絶対に皆にもよく思われてなかっただろうからだ。
…そして、明日は、卒業式本番なのであった……
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