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母はどらやきが好きだった。

画像:ウィキペディア(Wikipedia)からhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A9%E3%82%89%E7%84%BC%E3%81%8D#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Dorayaki_002.jpg

母は高齢になり、股関節を骨折した。かなり高齢だったが、手術をした。母は立てるが、食事するときには、車椅子で移動していた。

ある日、いつものように母を車椅子で食事のために移動する。仏壇にお供えされているどら焼きを見つけたらしい。車椅子に座ったまま、どら焼きに手を伸ばした。しかし、部屋の中とはいえ、車椅子は勢いが付いていた。母の手はどら焼きの手前で空を切った。

欲しそうな、惜しそうな表情で、どら焼きを見送る。どら焼きを手に取らせれば良かったと思ったが、そのときには、テーブルに着いていた。妻が準備していた料理の前に母の車椅子を止めた。

踵を返して、どら焼きを取りに仏前に行った。仏前で礼をして、どら焼きを持って皿に載せ、母のところに置いた。何が置かれたのかが分かったとき、母の顔がほころんだ。食事よりも先にどら焼きを食べ出した。妻と顔を見合わせた。

どら焼きをよく仏前に供えたが、母の胃の中に消えていた。母が亡くなってからも、どら焼きは仏前に常駐することが多かった。父は「新平家物語」が好きだったので、時に「新平家物語」を仏前に供えていた。生前は母も「新平家物語」のお下がりもたしなんでいた。