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ごくうが行く:高齢シルバーと仲良しに
キングとさくらは自分の散歩コースを選択できなかった。飼い主はお定まりのコースをいつも選ぶ。ごくうが来て1年目は、団地を出て坂を下る「キングとさくらの散歩コース」をなぞっていた。
ごくうはわがまま。団地を出て坂を上がるのをいつも試みる。その都度、飼い主に咎められ、坂の下のコースを選択させられる。まだ坂下コースを全部を知らないから「いいや」くらいの気持ちで散歩している。
「こんな散歩コースばかりじゃ嫌じゃ。」
と思ったかどうかは分からないが、何度も坂を上がるコースを選択しようとし始めた。とうとう根負けした飼い主はごくうに引っ張られながら、坂を上がっていく。
この坂を上がるのを避けている理由は、歩道が狭く、坂を下る車が側を勢いよく走って行く。加えて、近くの中学生の下校時間に重なることが多い。
「そんなこと、知ったこっちゃない!」
ごくうは自分の思い通りのコースを選び出した。次第に坂を上がる散歩コースに馴染め始めた。季節により散歩時間は変わってゆくが、坂上の散歩コースで、時折高齢のシルバーに出会うようになった。しかし、近くで出会うようなことはなかった。いつもごくうの散歩に気がつくと、しばらく見ているが、近づく前に歩き去って行く。
どうも高齢のシルバーは自分の家を中心にして左右に散歩道を分けているようだ。ある日、とうとうごくうと接近した。ごくうは高齢のシルバーを横目に見ながら、通りの反対側の歩道もないところを渡っていく。いつもごくうが立ち寄る所がある。高齢のシルバーはごくうを横目に見ながらゆっくりと散歩に出かけていった。
「ごくうに関心があるみたいね。」
妻がぼそっと囁く。
とうとうごくうは高齢のシルバーと鉢合わせのように出会った。例によって、ごくうはキュンキュンと鼻泣きしながら、寄っていく。高齢のシルバーは、ぎこちなく、ごくうに愛想する。
ごくうは人に会ったときのメニューを持っているかのように、一通りのことが終わると、散歩に戻る。高齢のシルバーは半分満足し、半分物足りなさそうにごくうの散歩を見守っている。
3度、4度、5度と、会うたびごとに、遠慮がちながらもごくうを撫でる。ごくうが完全に覚えたなと思う頃、高齢のシルバーの姿を見なくなった。
「散歩時間が変わっちゃったじゃろうか。」
「こっちも少し時間がずれてきているじゃ。」
夏になっていた。春先よりもかなり時間がズレている。再び、秋になった頃、散歩時間が同期したのか、高齢のシルバーと出会った。ごくうと出会うと、
「覚えてくれっちょったか。」
ごくうは半立ち上がり、高齢のシルバーはしっかりと撫でる。
秋が過ぎ、冬になり、高齢のシルバーと出会わなくなった。そんなことを露とも感じないようにごくうは散歩する。
春過ぎに散歩時間が同期する頃、ごくうは歩道から反対側のいつもの立ち寄り場所に向かっていた。高齢のシルバーが家から出てきたばかりのようだ。ごくうは気がつかないかのように、自分のいつもの場所に向かって歩く。高齢のシルバーはごくうを横目で見ながら歩いて遠ざかる。
ごくうが歩道に戻るのを、高齢のシルバーは見ているようだった。ごくうと一緒に歩いて行く。背後に高齢のシルバーの気配が霞むように消えた。振り返ると、高齢のシルバーの姿は見えなかった。
「下に降りちゃったのかねー。」
小川に向かう下り坂がある。
その日以来、高齢のシルバーに出会うことはなくなり、2年以上の月日が流れている。