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海砂糖・老仙女の贈り物

(年かなぁ~)

頭の中に通り過ぎていく。若いときから練習を欠かしたことはない。鍛錬というものではない、自然と体得するように修まってきている。ひできは練習の後、いつも充電するかのように小料理屋に寄り、杯を欠かさない。

いつものように飲み屋に。選択に迷っているうちに、足を踏み入れたことがない路地裏に灯りを見つけた。繁華街よりもかなりはずれにある飲み屋に行ってしまった。後悔はしていない。好みの味で、好みの器で、好みの盛り付け方、誘い込むようなまなざしに杯も進む。

ふと気が付くと、隣に老婆といってもよい女子が、作務衣を着て佇んでいる。目の前に小鉢と箸が置いてあるだけだ。不思議な雰囲気を持っている。老婆に見えたが、妖しげさに惑わされているのか、姿表情に若さが見え隠れする。店主達は老如のことには、気がついていないのか、反応を示してはいない。

老如/老媼(ろうおう)/仙女にも見える女子が、低いが涼やかともいえる響きの声で、ひできに話しかける。老如はひできの鍛錬の様子を知っているのか。眼差しで語っている。

「道を究めなさい。もうすぐだ。」

老如は語り終えたかの様子で、ガラス瓶を一枚板の上に滑らすように置いた。不透明だが、不思議と周辺に溶け込む色合いをなし、醸し出す雰囲気が馴染む。

中に何か入っているようだ。酒のあてにはできそうもない。家に持って帰った。しばらく、陳列していた。

きつい練習の後、ふと棚を見ると、乳白色の瓶が鈍く光りを放つかのように見えた。ひできは吸い寄せられるように、瓶の蓋を開けると、中に小さな白い「つぶ」が入っていた。ひできの手が伸び、指が伸びて、白いつぶを摘まんでいた。白いつぶが自ら動くかのように、ひできの口の中に納まり、喉を潜っていく。

喉元をあまじょっぱい香りが通っていく。20秒おいた頃から、血液の濃度を澄ませるように広がっていく。ひできは、身体が、疲労が融け始め、さわやかな感触に浸り始めていることに気が付く。思わず、ひできは身体がほーっと弛緩するのを覚えた。

ひできは思い出していた。老如が瓶を渡すとき、「これは海砂糖じゃ」

ひできの練習後のお伴になったことは間違いない。気のせいか、酒の量が少し少なくなったようだ。瓶の中の海砂糖は毎日1粒ずつしか食べない。少し減ってきては、いつの間にか元の量に戻っている。ひできは不思議に思うこともなく、老如のことは記憶がおぼろになっていった。

---終わり