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妻の語り草:「山のあなたの空遠く」の向こうは

妻は野山出身である。妻が母親と一緒に茶摘みするとき、妻が「山のあなたの空遠く」「幸い住むと人の言う」と口ずさんだ。

それを聞いていた母親は、「その詩の向こうには、さらにあるんよ。」と話し始めたということだった。

「山のあなたの空遠く」は上田敏訳がよく知られている。原詩はカール・ブッセ(独:Karl Hermann Busse, 1872年-1918年)の「Über den Bergen, weit zu wandern」である。

上田敏訳『海潮音』は国会図書館デジタルコレクションにある。

この本は「はるか満州にいる森鴎外」に献じられている。

以下、上田敏訳「山のあなた」『海潮音』本郷書院、109-110頁から。

上田敏・訳題:山のあなた(原文にできるだけ忠実に再現)
山のあなたの空遠く(ルビあり)
「幸い」住むと人のいう。
ああ、われひとと尋めゆきて(とめゆきて)
涙さしぐみ、かえりきぬ(帰りきぬ)
山のあなたになお遠く
「幸い」住むと人のいう

Karl Hermann Busse原文題:Über den Bergen, weit zu wandern

Über den Bergen, weit zu wandern,
Sagen die Leute, wohnt das Glück.
Ach, und ich ging im Schwarme der andern,
kam mit verweinten Augen zurück.
Über den Bergen, weit, weit drüben,
Sagen die Leute, wohnt das Glück.

Google翻訳では。

山を越え、歩き回るには遠く、
人々は幸運が宿ると言います。
ああ、そして私は他の群れの中を歩きました。
彼女の目に涙を浮かべて戻ってきました。
山を越えて 遥か彼方へ
人々は幸運が宿ると言います。

Google翻訳では、下から2行目「weit」(遠い)一カ所を抜かして、あるいは統合して「遙か」としている。上田敏訳では、「なお遠く」としており、原文に、ある意味、忠実であり、あるいは意を汲み取ってそのまま繰り返さず、洗練されている。

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極論すれば、地球には、山あり、谷あり、平野があり、原野があり、砂漠がある。山の向こうに幸せを求めていっても、地球を一周し、元に戻ってしまう。幸せを山の向こうに求めても、結局は、「ここも」山の向こうと同じく、人が「「幸い」住む」と言うところになる。

---終わり