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ごくうが行く:ホタル少女はやがて

ゴン君が亡くなった。それから、ゴン君のお父さんは一人で散歩に出かける。ゴン君のお母さんは孫の世話に忙しい。今夕、ごくうの散歩の帰り道、ゴン君のお父さんと擦れ違った。ゴン君のおかあさんが話したことを思い出していた。

まだごくうが来る前、散歩のお供はさくらだった。ゴン君は他の犬には興味がない。散歩で出会うと、お母さんは片時のおしゃべりを楽しむ。

「米川というところ、知っているでしょう」
「あそこは今公園になっているけど」
「前(子供時代)は、ホタルの名所だったの。今もだけどね」
ホタル少女がいた。
「岩がゴロゴロしているけど、その岩に腰掛けてホタルを見るの」
「当時は薄明かりもなかったわ」
「ホタルがキレイに優雅に飛ぶの」
「それが楽しみで、毎晩ね、岩に座ったわ」
懐かしさに浸りながら話す。

ごくうが来た。
「あら、ごくう?変わった名前ね。さくらちゃんと同じく、よろしくね」
ゴン君は乳母車のような台車に乗せられて散歩していた。もうよろよろにしか歩けないという。

しばらくして、ゴン君の乳母車にも出会わなくなった。家の周りでは、里帰りした孫が水風船遊びをしていた。お父さんも、お母さんも、孫達と遊んでいる。ごくうは横目に散歩していく。

思い出した。ゴン君のお父さんはごくうを初めて見たとき、目を瞠り、ごくうの散歩をトレースしていた。しばらく時を置いたとき、ゴン君のお母さんが出会ったときに話しかけてきた。

「うちのが、ごくうを抱きたい」って。

それを聞いては、放っておけない。すぐ出会うチャンスは訪れた。
「ごくう、ご挨拶よ」
その言葉を聞くと、ごくうは挨拶に回る。
ゴン君のお父さんは、あまりの小ささに(ゴン君は柴犬くらい大きい)、ぎこちなくごくうを抱き上げる。ごくうはグツが悪そうだが、あがいたりはしない。

側で見ていたゴン君のお母さんは懐かしがっている。
「ありがとう、ごくう」
ゴン君のおとうさんもホッとした方が勝ったのか、無事にごくうを下ろせて安堵している。

役目を果たしたかのように、ごくうは散歩を続ける。

それからあまりで会えなくなったが、時に散歩に出かけるゴン君のお父さんは、出会うと通りすがりにごくうの様子を窺っている。ゴン君のおかあさんは、家の駐車場で出会うと、微笑み、ごくうの散歩を目で追っている。