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鉄砲同心のツツジ宴会で-航と路

昔のことでございます。キリシマツツジが大阪に薩摩より伝わった頃(17世紀中頃前)。キリシマツツジの1本から5本が取り木され、2本を京都御所に植え、残る3本が武江染井の伊藤伊兵衛に下賜されたそうにございます。

*取り木(とりき、英語: layering, marcotting)とは、植物の人工的繁殖方法の一種。立木の幼枝や若枝の一部から発根させ、または根から発芽させたものを切り取って新たな株を得る方法である。(wiki)

伊藤伊兵衛はキリシマツツジを挿し木し、増やしたそうにございます。伊藤伊兵衛は求めに応じ、全国からやってくる人々に応えたそうです。

染井でキリシマツツジは、あの有名になったソメイヨシノの桜のごとく、栽培され、やがて、今は新宿と言われる大久保で、鉄砲同心組により盛んに栽培されたそうでございます。

小島家の丈一郎は、なぜツツジに魅せられたのかは分からず、気がついたときには、飯島武右衛門に教えを請うていたそうです。飯島武右衛門はツツジ栽培にはことさら長けており、丈一郎は、湧き出でる水を乾いた土のごとく、飯島武右衛門の教えを吸い取っていったそうでございます。

隣の増沢家でも、ツツジを栽培しておりました。同心の増沢信介は、丈一郎が飯島武右衛門から教わったノウハウを時に吸収しておりました。

丈一郎は勝ち気な嫁を貰い、男の子と女の子をなしたそうでございます。信介は鷹揚な嫁を貰い、女の子と男の子をなしたそうでございます。それぞれの子は回りのツツジを見て育っていきました。中でも、丈一郎の男の子-航(わたる)-と、信介の女の子-路(みち)-は、細かにツツジの世話をしておりました。

丈一郎の男の子・航(わたる)と信介の女の子・路(みち)は、同じ年に生まれであったそうな。二人は物心ついた頃には、父親と入れ替わり立ち替わり、ツツジの世話をするようになったそうな。

航(わたる)と路(みち)は、同心組の境界地に設けられた寺小屋で学んでおりました。家に帰ると、互いにツツジの世話に余念がありません。時に親と一緒に世話をし、時に一人で世話をしておりました。二人は時に同じ時にツツジの世話をしたり、眺めたりを繰り返す毎日でございました。世話をするとき、時に二人はツツジについて互いに情報交換のように話しておりました。

しかし、思春期になった頃か、次第に二人は寺小屋に一緒に行くことがなくなり、席も隣同士から離れて座るようになったそうです。気がついた友が一緒に座るように促すのでございますが、二人は並ぶことはなく、寺小屋を卒業していったそうです。

(あの二人、互いに好きなんだ)

友達も容易に気がつくような素振りだったようです。

寺小屋を卒業しても、二人はツツジを父親と同時に、あるいは別々に世話をしております。ツツジの世話で互いに目が合ったときには、すぐ避けておりました。お互いに気に入っているようですが、おトンボのごとく、二人は黙して語ることはありませんでした。

二人が15才になった頃から、両家の父親はそれとなく気づいておりました。両家の母親が逸早く気がつき、それぞれの父親に伝えておりました。両親の見守る中、二人の内気さは段々壁を作ったようでございます。打ち明けられたらどうしよう、どうやって打ち明けよう。二人の苦悶は鬱積するばかりでした。その鬱積はツツジの世話で解放され、また鬱積していきます。

2度目の春が来て、ツツジの満開を前にして、鉄砲同心組で春の宴が催されます。ささやかな宴ですが、回りはツツジが咲き誇っております。におい立つ香りがささやかな宴を包みます。小さいながらも、多くの鉄砲同心とその家族が集います。

宴のたけなわも過ぎ、終わりに差し掛かった頃、一人の世話好き同心が立ち上がりました。

「根来組に友がいるんじゃ。その友が路(みち)を気に入ってしもうてな。息子の嫁に欲しいと言うとる。どうしたもんじゃろうか。」

謎かけのように話しまくります。皆は気がつき、静かになって見守ります。世話好き同心が促す。

「路(みち)よ。上がってくれんかの」

訳も分からないまま路(みち)は両親に急かされるように皆の前に出て行く。恥ずかしさに打ち負かされ、首を垂れ気味に立っております。表情は硬く融けそうもありません。

「路を根来組の嫁にやってもいいじゃろうか」

世話好き同心が、航の顔を見ながら、

「異議があるものはおらんじゃろうな」

航を促すように、ゆっくりと投げかける。最後の言葉を発するとき、世話好き同心は目で立ち上がるように促した。

思わず、航は立ち上がる。拍手が沸き起こる。拍手に促されて航は路の前に立つ。何が起こっているかは航にも分からない。本能的に路の前に立ち、右手を出し、

「結婚して・・」

語尾は拍手にかき消されている。路は航を見つめ、自然と右手を出していた。二人が手を握ると、万雷の拍手に包まれた。二人の両親もひときわ強く手を叩いている。

宴の場所にいる人々をツツジの香りが包み、皆の目がつつじ色に染まる。

--終わり

参考(設定の一部を借りました。)*梶よう子(2021年)『本日も晴天なり 鉄砲同心つつじ暦』(文芸単行本)集英社、Kindle版あり。

*kojuro「酔っぱらいタコ」のShort Shortから。「航と路のお話」を延用です。