見出し画像

夏の空に溶け込む、あの碧い香り、

大学1年の夏休暇が始まった。友が「海に行こう」と誘ってきた。

高校に入学してしばらくして、「お前の家に行くぞ」、一方的に伝えてきた。真空管式のプリアンプとメイアンプを作り、ラディオを聞いていた。無線もやりたい、悩んでいた。通信学科を受験すべく勉学に専念しょうと心に決めてはいたが。「通信学科」を希望していると知った友が「見てみたい」という。

友は学校帰り(列車通学生)に下宿(家が狭く別に間借りしていた)に尋ねてきた。シンプルなシステムを見て、「プレイヤーがあればレコードも聞けるぞ」。「カラヤンの新世界交響曲はいいぞ」

薦めに従って、小遣いを何とか工面して中古のプレイヤーとレコードを手に入れた。「針圧を軽くすれば、レコードが傷つかないぞ」
針圧を調整しては聞いてみた。友が来た時には「まぁ、こんなものだな」
互いの進学希望や音楽再生の方法などを語り合った。

が、彼の住む地域に繊維会社(当時は隆盛期を終わりつつあった)があった。彼は親の勧めもあり、繊維学科を選んだ。「お前は通信学科かぁ」嘆息する。国立大学と私立大学の新興学科にしかない。友は遠くを見ながら話す。「互いに頑張ろうな」声の響きに悩みがにじむ。

彼は大学に進学し、故郷を後にした。受験の失敗に、地元で勉学に励んでいた。親の経済状況は新規事業で苦しかった。親の仕事の手伝いをしながら受験勉強をしていた。

夏休みがきて、友の誘いに海に出かけることにした。駅から250メートルも行けば、海の松林を抜けられる。松林を抜けると、白い砂浜が広がっている。地元では、「虹」が広がっているようだと形容される。

「俺はさぁ、学科をかえるぞ」

駅前で買ったラムネを渡してくれながら決意を口にする。(頑張ろうぜ)どこからか聞こえてきた気がする。

彼は立ち上がり、ラムネの瓶をかかげ、青い空にむけて突き上げた。一緒にラムネの瓶を突き上げる。ラムネの碧い液体が揺らぐ。彼はラムネを飲み干しにかかった。次いで、ラムネを飲み干していく。喉がラムネの空気球で広がる。ラムネの味が鼻腔をかすめていく。

空になったラムネ瓶がかかげられたまま碧い空に溶け込んでいく。

---その後。

彼は目的の学科に進み、国営の通信会社に就職した。途中で、民営会社となり、定年前に設立された会社に配属された。「経営陣は大本営発表のように仕事を受注したと報告するだけで実質が伴ってないんだよなぁ~」電話口で不満そうに告げてきた。

退職後の電話はアルコールがいつも漂っているようだ。青春時代が懐かしいのか、同窓会活動に熱心だ。