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故事に倣って-金の草鞋で尋ねる

*あくまでもフィクションです。
・草鞋(わらじ)=稲の藁で作る履物、金(カネ)の素材は丈夫さを表す。

男性二人が絵画展に行った。二人で1枚の水彩画の前で眺め入っている。

初瑠作「ミーアと妖精」

川端は小声でささやきかける。
「小十朗、妖精だな」
「温かく、優しげで、微笑ましいね」
小十朗は思い出していた。川端が足フェチだということを。川端があからさまに小十朗に吹聴するので、いつの間にか、脳裏に住み着いてしまった。

川端と小十朗はいつものように十三駅に向かっていた。擦れ違うように、反対側から、川端のクラブの女性後輩が女性と一緒に歩いてきている。川端はてらいもなく、後輩に挨拶する。

川端は後輩が連れて来た女性に目を向けながら尋ねる。
「あれっ、彼女は?」
「先輩には紹介できないっ」
あからさまだ。
「小十朗さんには紹介できるわ」
後輩は川端と小十朗がよく連んでいることは知っていた。話したこともある。

後輩は川端を無視するように紹介する。
「幸恵さんよ」
小十郎は軽く会釈する。幸恵も会釈で応じる。
川端は面白くない。
「用心しろよ。こいつは悪ガキだからな。時に豹変するぞ」
女性二人は目を丸くして驚くが、笑うのを堪えている。

それ以来、4人はキャンパスに出会えば、立ち話をし、時にカフェに行った。偶然にも、講義時間に違いがあり、小十郎と幸恵だけが出会う日があった。小十郎は幸恵を誘いたがったが、何度も言い出せず、過ぎていた。

業を煮やした幸恵は、小十郎の卒業前、夕食に誘った。ちょうどゼミの「卒コン」(卒業コンパ)と重なっていた。

(やっとその気になったのに)

幸恵は言葉を飲み込んだ。

卒業以来、小十郎は会社の勤めでフルに働いていた。幸恵も卒業研究で忙しい毎日を送っていた。

川端と小十朗は大学を卒業しても、連んで遊んでいた。時に、二人は後輩と幸恵の話が出る。

「後輩の友達、幸恵さんか、足がキレイだったな」
小十郎も同意できるが、口にまでは出さない。それよりも、小十郎には幸恵の気の強さに驚いたことを思い出していた。

「彼女、気が強かったんだ」
「お前、よく知っているなぁ~」「付き合ってたのか」
川端は伺うような目で見る。
「ちょっと話せば、すぐ分かるよ」
川端は含み笑いで小十郎を見ている。

長女が思春期になった頃、母親に尋ねた。
「おかあさん、どうしてお父さんと結婚したの」
よく聞いてくれたと言わんばかりに幸恵は応えた。

「お父さん、悪ガキのくせに、女の子に声を掛けるには勇気がないらしいの」
「大学のキャンパスで出会っても、私には言葉少なかったわ」
「とうとう「付き合って」と言えないまま卒業していったわ」
「私のことが好きなはずなのにね」

「えーっ、おかあさん、分かってたの」

「そうね、いいだそうか、どうしょうか、表情に表れていたわ」
「とうとう大学を卒業して、行方が分からなくなったわ」
「私も勉強に忙しくてね」
「大学を卒業して就職してしばらくすると、周りが騒がしくなり始めたの、結婚が話題になったわ」
「思い出したの、小十郎はどうしてるの、もう結婚しているかも、いやいやあんな人、女性を口説くなんてできるはずない」

(幸恵は小十郎の学生時代を思い出していた)
(小十郎には人を思いやる心があることを見抜いていた)

「学友や先輩に小十郎の消息を聞いて回ったわ」
「それこそ、金の草鞋を履いて尋ねる気持ちだったわ」
「とうとう分かったわ。意外と会社が近かったの」
「会社が終わると、小十郎の会社の前によく出向いたの」
「中々会えないわ、やはり」
「そのうち、同級生のクラブの先輩も近くに就職していたことが分かったの」
「同級生に連絡して貰ったわ」
「同級生はやはり感づいていて、2つ返事で小十郎を呼び出してくれたわ」
「4人であったとき、川端先輩は言ってくれたわ」
「お前ら、付き合え、焦れったいんだから」

「1ヶ月位、経った頃かしら、小十郎から電話が掛かったわ」
「もうその時には小十郎も決心していたのね」
「二人でTiffanyに行ったわ」

「ねぇ、なぜコジって言わないの、いつもはコジなのに」
「コジって言ってたのは川端さんね。彼のニックネームだったの」
「それがうつっちゃったの」

「結婚するまでも、コジさんって言ったり、小十郎さんと言ってたりしたわ」「結婚してからは、コジって言ったり、コジさんって言ったりしてるわ、だって頼み事があるでしょ」

長女は微笑みながら頷いている。

「私は、金の草鞋を履いてでも見つけてくれる人がいいなぁ」

---終わり