ごくうが行く:長生き柴犬に

ごくうの散歩コースは坂を下がるコースと坂を上がるコースがある。どちらを選ぶかはごくう次第。坂を上がるコースを選んだ。坂の上には中学校がある。中学校のグラウンドの角を回るとき、対角上にある家の前に救急車が止まっている。

この家には柴犬がいる。ごくうがコースを外れて数度家の前を通って行ったことがある。柴犬はごくうが通るとき、威嚇するように吠えるでもなく、親しげな泣き声を発する。あるときからごくうが側を通っても起き上がってこない。

この柴犬には覚えがある。通勤時にこの家の付近を通過するとき、飼い主に連れられて歩く柴犬を何度か見たことがある。まだ子供だったのだろう。快活に歩き、はしゃぐように歩く。飼い主も定年を向かえたばかりのようで、足取りも軽く歩いていた。

それから20数年が経っていた。先代犬のさくらは坂を上がって散歩することはなかったが、ごくうが坂を上がって散歩するときに、高齢女性が高齢犬を連れて話しかけてきた。

「この犬、27年以上生きちょるんよ。」
「この飼い主は今にも死にそうなんじゃけ。」

家の横に救急車が駐まっていたことを思い出した。高齢女性は、足も覚束ない様子で用を足す犬を待っているようだ。

二言、三言、慰めの言葉などを交わす。ごくうは散歩を急いでいる。挨拶して別れた。

それからしばらくして、ごくうが坂を登るコースを選んで、中学校のグラウンドの側を通るとき、民間の空き地のような駐車場から骨壺を持った3人に出会った。1人は高齢女性であり、2人は若い男だった。年齢から見れば、息子のようだ。

翌日の夜、買い物に出かけた。角地の家の窓は「煌々と輝く」といってもよい位明るかった。部屋の明るさとは裏腹に心が曇った。

「あの犬はどうしているだろう・・・」

そんなことを思うが、ごくうの散歩中でも覗く気持ちも湧かない。そんな気持ちを抱えたままごくうに吊られて遠ざかっていく。