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ごくうと行けば:中学校用務員とイヌフグリ

※多くはフィクションです。

ごくうの散歩道は坂を上がり中学校を回るコースと、坂を下りるコースがある。今日は坂を下がるコースを選びそうだ。ごくうは団地の出口でこれでもかと言わんばかりにマーキングする。

ごくうのマーキングを呆れるように見ていると、もうおじいちゃんと呼んで良い男性が、反対側の歩道を、自転車を押して坂を上がってくる。がたいはしっかりしているが、かなりの小柄だ。しんどそうに、自転車を押している。

その男性は定期的に中学校の周りの土手や露出して未舗装の用地を整備している。ここに引っ越してきたときから、毎年キレイにされている様子を目にしてきた。

キングやさくらの散歩時には目にしたことはなかった。通勤時に時に目にしていた。ごくうの散歩コースに中学校に上がるコースが加わってからは、季節ごとに、整備している様子を目にしてきた。

「本当にキレイよね」

妻が喉を掘ったように話し、感激している。正に木1本、草1本がないほど土を僅かに削るのか、草木1本ない。それほど広いわけではない。工事もせずに、そのまま露出させているので、定期的に整備している様子だ。

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翁は中学校で学んだ。成績は芳しくなく、地を這うような成績だった。背も中学校で一番低かった。校長がこの中学校に赴任してすぐに入学してきていた。校長には翁が気になりだした。

翁の家は貧乏で、成績も高校に進学するだけのものではなかった。その中学校に限らず学校では用務員を置いていた。(昔の制度)ちょうど前任の用務員が止める時期が来ていた。校長は制度も利用して、翁を用務員に採用した。

予想したように、翁は忠実に自分の仕事をこなしていった。中学校の校地の管理も仕事の内だった。時季が来れば、グラウンド周りの敷地から雑草を取り除き、整備していた。

時が過ぎ、用務員制度も縮小し、翁も年を取り、用務員を止める時期になった。校長はすでに退職していたが、申し送りをしていたのか、中学校の管理者は翁に引き続き、校庭周りの管理を托していた。

相変わらず草木1本もない整備に学校の関係者でなくても感心していた。ごくうの散歩でも、不思議な思いで校庭周りの整備を見ていた。ある日、ごくうの散歩と翁の仕事中に遭遇した。翁の丁寧な仕事ぶりを目にした。特別な道具ではない。手持ちの道具で、ただひたすら土を削るように整備していた。

「納得ね」

妻が振り返りながら呟く。ごくうはいつものようにいつものマーキングに余念がない。

春になり、草木が芽吹きだした。催促雨が促しても、翁が整備した箇所は草が生えない。キレイが続いている。

「まだ生えてこないね」

妻は低い用土の表面を見ながら呟く。

春もたけなわ、周りは緑が濃くなり、色々な花が盛りに咲いている。まだ翁が整備した土にはようやく緑が伸び始めたばかりのようだ。

(いや、待てよ。あそこは・・・)

用土の端の方に1本の花が伸びている。ごくうが中学校のグランドに向かうコースを選択していなかった。小さな草本が目についた。茶色の茎に薄い茶色掛かった緑の葉が並んでいる。その茎の先に青白地に青のストライプの小さな花が咲いている。

(イヌフグリ・・・)

翁はイヌフグリのタネを知っていた。どこからか飛んできたのか、愛おしくなった翁はそのタネを除こうとせず、置いたままにしていた。キレイに整備された用土の角で、イヌフグリの花が震えるように小さな風に吹かれている。

---終