見出し画像

屏風の崖 ~ひと夏の登山と恋~

3000m級の山が連なる北アルプス穂高連峰
穂高連峰を下から一望できる涸沢カールという場所がある
涸沢カールから穂高連峰とは反対方向を見ると「屏風岩」という岩山がある
屏風岩は標高2500mくらいの山である
「屏風の頭(あたま)」という場所が頂上であり展望が良い
「屏風の頭」の手前に「屏風の耳」という2つの岩があり同じくらい展望が良い
天気が良いと常念岳から大天井岳を結ぶ素晴らしいアルプスの稜線をも一望できる場所だ
もちろん涸沢カールと穂高連峰も見渡せるため最高の絶景ポイントと言える

サトミとヤマモトの2人はその日、涸沢カールから屏風岩に向かって散歩していた
穂高連峰の山頂には大きな雲がかかっていて
そちらに登っても今日は展望が無さそうだったからだ
標高の低い屏風岩には雲がかかっておらず展望が望めそうだった

一時間半ほど歩くとようやく二人は「屏風の耳」に着いた
素晴らしい景色に見とれて気が付くと三十分以上は経っていた
耳のさらに先には「屏風の頭」に行く道が見えた
しかし見るからに崖を降りるような道なので引き返すことにした
前情報だと「屏風の耳と屏風の頭の景色はさほど変わらない」と言われていたこともある
こんなところで危険を冒す必要は皆無だ

サトミとヤマモトが屏風の耳から下っていると
一人のベテラン登山者風の女性が登ってきた
前を行くサトミが「今日は天気が良くて最高ですね!」などと話しかけている
すると彼女は開口一番「(屏風の)頭は行ったの?」と問いかけてきた
後ろからヤマモトが「道はあるけど崖になってるからやめた方がいいですよ」と返答した
しかし彼女は「今日の目的地は(屏風の)頭なの!私は頭に行くわ!」と言って聞かない様子であった
「じゃあ一緒に付いていきますよ」とヤマモトが言うと彼女が「あなたは登山届も出してないでしょう!私は頭に行くって書いた登山届を出してきてるの!あなたに何かあっても私は責任取れないでしょ!来ないで!」と一人で行く意志を強く口にした
彼女いわく「今から行く道は絶壁(そこにこれから行く)」とのことであった
ヤマモトは無意識のうちに今年最高の苦笑いを浮かべていた
ヤマモトの苦笑いを指摘したサトミもそこそこの苦笑いをしていた

最終的にサトミとヤマモトは屏風の耳の端っこで彼女が頭に行くのを見送ることにした

サトミが「ヤブが深いから引っ掛けるといけないし荷物は置いていったら?長くて1時間くらいの道のりだし」と提案したものの
彼女は「お腹が空いたら困るでしょ!」と丁寧に断っていた

ヤマモトが道をもう一つ見つけて「こっちのハイマツの下にも道がある」と伝えると「そっちは崖!危険なの!行っちゃ駄目!」と彼女があしらった
サトミとヤマモト(特にヤマモト)の提案は全て却下されてしまった
二人は「振られっぱなし」だった

彼女は一人で果敢に崖を降りていき
その先のヤブを華麗に掻き分けて
10分後くらいに屏風の頭に着いた
屏風の耳からサトミとヤマモトが手を振ると
頭にいる彼女がとても嬉しそうに手を振り返してくる
念願の頭に登頂して嬉しさが爆発しているようだった
サトミとヤマモトからするとかなりツンデレな姿であった

サトミとヤマモトはそんな彼女を横目に屏風の耳を後にした
下山中ずっと彼女の話題で持ちきりだったのは言うまでもない

二人は下山後にインターネットで屏風の頭について調べた
しかし「崖を降りた」 という報告はなかった
狐につままれたような気分でもう少し調べると
以下の説明を見つけた

「ここでは必ずハイマツの中の道を通ること。
耳の脇から本谷(涸沢)寄りに踏み跡があるが、この下は垂直なガケ。
一歩誤れば転落してしまう。

注意書きの通り、左側に道らしきものがあったのですが、こっちはガケということで、右側の方のハイマツを通る道へと向かいます。
正直、このハイマツへの道はどこが道の入り口なのかとてもわかりずらいです。
とにかく屏風の頭に向かってハイマツ林の右端の方に行けば写真のような道らしきものがあります。」
引用元:



つまり彼女が行った道は崖で
ヤマモトが後から見つけたハイマツを潜る感じの道が
正しい道のようである

ヤマモトは「彼女に付いて行かなくて良かった」と胸を撫で下ろした
と同時に気迫で崖を降りて行った彼女のことを思い出し吹き出した

こうして
ひと夏の登山と恋の幕が降りた


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?