捕獲は山で行う 山の危険と対策

吉田和夫 諏訪赤十字病院 鏡視下手術センター長 呼吸器外科部長 国内認定山岳医

■ 狩猟事故の半分は滑落?

狩猟は登山と同じ

狩猟を含めて,山で野生動物を捕獲する際に,自分が「登山同等の行為をしている」という意識をする人がどのくらいいるのであろう.巻狩で,勢子をやりながら,道なき急傾斜を上り下りする.登山以上に危険な状況になることを意識しているだろうか.では山に入った場合の危険についておさらいしてみたい.
まず登山で起こりうる事故は,「滑落」である.夏山の登山道であっても浮石などを踏んで,落ちしまうことがある.また,積雪のある山においては,アイスバーン化した水場周辺や,尾根などの雪庇によって滑落が起こる.足元の状況を見極めながら山中を移動しなければいけない.しかし,猟を行う際には,獲物を探しながら歩くために,通常の登山よりも足場への注意が散漫になりがちである.さらに犬を連れた猟の際は,犬が獲物に近づくと吠えはじめることから,犬の安否や猟場への接近による緊迫感に気を取られ,足元よりも遠方をみながら移動を続けてしまうことで,判断を誤る恐れが高くなる.また滑落同様に多い事故は,落石や倒木との激突である.周囲の状況を判断しながら歩くことも重要であるが,不意な事故に遭遇した時に身を守る防護装備は必要である.
登山では登山道を間違わずに進めば,目的地にたどり着くことが可能である.しかし,道なき道を進む捕獲作業は,道標(みちしるべ)を目印に進む登山に比べて,慣れた山であっても,自分の位置を精確に知る方法が限られてくる.今は,衛星による緯度情報を得るための装備があり,簡易な地図表示ができるハンドヘルドGPSだけでなくスマートフォン,デジタルカメラでも自分の位置を知る方法がある.問題は,仮にGPSによって自分の位置の緯度経度情報を得たとしても,退避場所や集合地点といった目標地点までの経路を見定めるための傾斜やガレ場などを示した地図を所持しているかも重要である.また電子機器だけに地形情報を頼ってしまうと,いざ機械の不具合やバッテリー切れで情報が得られなくなってしまうと,地図を持たずに山中に迷い込んでしまっている状況と同じになってしまう.慣れた猟場といえども,このような事態は誰でも陥りうるものであり,地図を持参するだけでなく,ある程度の読む技術(読図)は必要と思われる.道迷いを避けることはもちろんであるが,崖,がれ場等の危険個所を回避するためにも極めて重要な技術と思われる.
あるいは,天候の変化に対しての意識である.山頂を目指す登山では,アプローチに掛かる時間から,天気予報などを見ながら行動する.捕獲においては山の奥に入り込まないという安堵感から,天候が悪くなれば猟を切り上げるような判断をしている.しかし,夢中で獲物を追いかけまわした後,雨の中山を下るような体験はないだろうか.狩猟期は地域によっては,降雪がある.降雪で道を見失い,あるいはスノーモービルの故障で身動きが取れなくなるような場合,雪の中でのビバークも必要となる.そのような装備または知恵を持っているだろうか.
安全な捕獲あるいは狩猟を行うのであれば,山での遭難を防ぐまたは遭難した時の対応を想定した準備は必要である.

安全確保の基本とは

まず,安全確保の基本に関して確認していただきたい.人の命は尊いものであり,命の価値を論ずることは意味をなさないが,安全管理には優先順位があることを知っていただきたい.まず安全管理の優先順位は図1のように同心円で論ずることができる.

図1に示すように,最優先に行うのは,自分自身の安全確保である.狩猟では銃やワナを用いて行うために,付近住民や林業,散策など他の目的で山に入っている方々を被災させてしまう恐れがある.そのため,多くの捕獲者は,第一に他人に迷惑をかけないことを念頭にしてしまうために,自分の安全確保をないがしろにしてしまうことがある.殺傷能力のある道具を使用する以上は,その点について留意することは大切ではあるが,安全管理については,自分の安全を最優先にするべきである.なぜならば,自分がどのように判断して,どちらの方向に移動するのかを知っているのは,自分自身のみであり,自分の行動に責任を持っているのは自分自身だからである.もし,自分が,己を危険にさらしたままで,他人のために行動を起こせば,周囲に不安と恐怖を及ぼすことになる.従って,まずは,動物からの回避,足場の確保,銃の脱包など自分自身の安全を最初に確保する.目の前で止血を必要な人が倒れていても,応急処置を始める前にまずは手袋の着用などの衛生具の装着をする,仮に手袋がない場合は,ビニールを手にかぶせるなど直接血液を触れないための努力を怠ってはいけない.万が一,血液を介して感染症をもらってしまうと,自分自身も病気に苦しめられることになるが,出血した側にも不要な責任を負わせることになる.安全確保を自分優先にするのは,たとえ瀕死の状態の猟友が目の前に見えたとしても,決してエゴではない.自身の安全確保が完了すれば,自分は被害者に対して最も近くにいる救護者としての機能を発揮する事ができ,事故の被害を最小限にする役割を担うことができる.

応急処置は医療行為か

次に自分の安全が確保された上で,仲間安全を意識して,行動し,救出救護を実施する.止血や患部固定などを行う.ここで,知っておくべきは,緊急性の高い状況での応急処置を医師でなくとも遵法下で実施できるかという点である.このような行為は「緊急避難的行為」と法的には呼ばれている.医師法第17条では,「医師でなければ,医業をなしてはならない.」と規定されているが,緊急避難的行為は,臨時対応であり,度々実施するような行為ではないことから,医業としてみなされていない.また刑法37条1項においては,緊急避難的行為「によって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」に限り,「罰しない」としている.つまり,医師免許のない人であっても安全確保や応急的な手当を現場で実施することは可能であり,医療行為であっても,緊急性が高ければ,「自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避けるため,やむを得ずにした行為」として違法性は阻却される.
猟仲間や捕獲従事で一緒に作業している人が,意識のない状況の場合は,名前までは知っていても,年齢や心筋梗塞につながりかねない循環器系の既往症,ハチをはじめとしたアレルギーなどの情報を持っていることは少ない.緊急事態に備えて,猟や捕獲に入る際はお互いの健康状態や知っておいたほうが良い上記に示したような既往症についての情報を,狩猟(捕獲)計画と合わせて記載しておく習慣も身につけて欲しい.また,アナフィラキシーショック時に使用するエピペン等の器具を,持っていることはもちろんだが,いざというときに使えるように使用法にも習熟しておかねばならない.

捕獲作業での危険の特徴

捕獲作業での危険管理では,猟銃を保持している多くの人が,脱包や安土(バックストップ),矢先の確認を挙げる.しかし,1998年から2016年までの環境省が取りまとめた狩猟時における事故を参考に集計すると,狩猟中の事故の44%が転落や滑落による事故である(環境省).銃の携行で,バランスの片寄った状況,もしくは手を銃保持に奪われた状態での移動によって,転倒したり,滑落したりしている.しかし,報道されている猟の事故は,センセーショナルな銃による事故や動物の襲撃事故が多い為,狩猟,捕獲をする人の間でも注意意識が浸透していない.
山での捕獲作業では,登山以上に作業者は様々な情報に振り回されることになる.登山者が,地図を持たずに山に入って,登山道を見失ったら,遭難につながる恐れはある.それを踏まえて,狩猟者は山で猟をやる際に自分がどこの位置にいるか,どうやって認識しているかなど反省してみる.例えば勢子が射手の方向に獲物の追い込みを行うときに,往々にして地図を読まないどころか,そもそも地図自体を持っている人は少ないのではないだろうか.自分たちが独自に名づけた目印,例えば沢や谷の通称名を頼りに,獲物を追い込みたい方向に追い立てている.よく朝の猟前に,仲間のリーダーが,「お前は『空沢』を越えて,『三本杉』の先から『二コブ尾根』に向かって進め」などと指示を出して,猟のスケジュールを打ち合わせている様子を,しばしば見る.しかし,藪などの障害物を迂回すると道を見失ってしまい,自分以外の人の動きがわからなくなってしまう.もし指定された沢の位置を別の場所の沢と勘違いしていたら,勢子は誤って射手の矢先に出てしまう恐れもある.例えば「真っ直ぐ進め」と言われても,実際は倒木を越えながら,藪を分けながら,あるいはイバラを避けながら,進むことになる.そうすると気がつくと人は真っ直ぐ進んでいない.1点の目標物に向かって真っ直ぐ進む,あるいは沢に沿って真っ直ぐ進むことは可能であっても,感覚的なものだけを頼りに漠然と森の中を真っ直ぐ進むというのは非常に難しい.障害の無い場所であっても,蹴り足の強いほうを軸に,蹴り足の弱い方向に少しずつ曲がってしまう.
よく考えてみて欲しい.山は危険なのである.そもそも狩猟者は奥山に分け入っている感覚はあるだろうか.特に犬を連れて山に入っている猟師に関しては,獲物を探査する犬につられて無意識にドンドン奥山に連れ込まれてしまう. GPSを片手に山を進んだとしても,GPS上の地図では詳細な地形を知ることはできない.熟知していない森の中で,そこにある落石や倒木,そして地図に載らない段差や土砂崩れ後での滑落.あるいは天候変化などによって遭難する危険性,マムシ,クマ,ハチなど野生動物の突然の襲撃を意識しているだろうか.私自身も,猟中に斜面で足を滑らせたことがある.銃を肩に担いで移動していると,身体全体の重心が銃を担いでいるほうの片方に偏りバランスが悪くなる.そのため,いつもの山歩きよりも不安定になって歩測を誤ったり,軸足の踏み込みに余計な力がかかったりすることがある.普段よりも歩き方を意識する必要があるのが,捕獲時の山歩きである.そのためには,自分の位置がわかる道具,装備,防護具,そして安全を踏まえた事前の打ち合わせや検討が必要である.また,作業や事故を想定した訓練や知識も必要である.

山で捕獲をする際の装備

登山と同様に備える

一般のハンターさんは,目立つ色のベスト・帽子を猟のときに特に意識して装着するものだと考えている.しかし,そのベストや帽子は落石や転等,滑落,クマとの遭遇など危険に対して安全を確保できる対策ではない.同じように山に入る林業関係者や,近年の登山者はヘルメットをかぶっているのになぜ,狩猟者はヘルメットをかぶらなくて良いのだろうか.安全確保を考えて手袋や山用の靴をきちんと履いているのであろうか.動きやすいものとして,あるいは先人からの習慣で,軍手や地下足袋などを履いているだけでないだろうか.多くの狩猟者は,倒木や落石,滑落などの事態に遭遇することを考えていないとみられる.

-服装

では,山に入る際の服装はどのようなものが適切であろうか.まず,猟場に踏み込むという上では,従来通り,オレンジ色の目立つチョッキを着るのは,他人から撃たれないようにするためにも必要である.これはまた,万が一自分が遭難した場合に,早めに発見される際にも役に立つ.捕獲を行うのであるから,できれば動物から自分の姿を隠すために迷彩色の服で環境に同化したいと考えるならば,少なくとも背中側にオレンジ色等の目立つ色を入れ込んだジャケットを着る.全身が迷彩服で遭難した際場合は発見が遅れてしまう.危険回避の観点から多少目立つ服装を着用すべきである.しのび猟の場合でも,自分の身を服装で隠すのではなく,自然色のテントやシートに覆われる形で隠れて,移動中は少なくとも周囲から見えやすい服装を選択すべきである.

-帽子

また,帽子が適切な着用具であると考えられない.習慣的に猟だから「オレンジの帽子」あるいは「ハンチングハット」のような紋切り型の発想は止めたほうが良い.山に入るのであれば,落石や倒木・落枝が必ずあるのだと考える.そうすれば自ずとヘルメットの着用が必要であることが理解できる.ヘルメットが嵩張る,通気性が悪くて頭が蒸れる,またはスタイリッシュではないと考える人もいるかもしれないが,今は登山用の軽量・快適なヘルメットもあり,少なくとも移動中は装着すべきと考える.頭部外傷は,深刻な後遺症をおこしうるものが多く,時には致命的である.自分の命より重要な猟果は存在しないと思われる.山に入る以上は,頭を守ることは考えなければいけない.

-靴

靴であるが,各位に好みがあるかもしれないが,滑落を避けるために,登山靴など充分な滑り止めのある丈夫なものを選択するのが基本である.放血の際に血液が飛び散ることも想定して,防水性のあるものがよい.底板のしっかりしたもので,歩きやすいものであれば,洗浄しやすいという観点から長靴は適正であろう.秋期から積雪・凍結時まで有用なスパイク付きが望ましい.また,わな猟の場合は,扉が上部から落ちてくる箱わなや囲いわなを管理する時は,ストッパーが万が一外れて足に扉が落ちてくることも想定した靴先に保護具のついた長靴や登山靴を使用すべきである.山では,歩きやすい地下足袋などを利用している猟師がいるが,地下足袋では足先をぶつけた場合,爪など足指を破損してしまうことになる.わな猟の見回りなど,単独で行動することがある.一人で山に入って足の骨折や切断した場合,移動ができなくなり,遭難してしまう.もちろん,工場で使われているような金属製の安全靴は山歩きには適していない.適度に足先を保護できる軽量の靴を選ぶ.
また,冬場に雪が多い場所では雪に足が埋まるので,スノーシューなどで対応することがある.雪に足が埋まってしまうので滑ることを意識しないが,尾根に上がると雪が風で吹き飛んでしまって積雪が少なくなっている場所がある.そのような場所は,雪の代わりに,凍結して,氷が表面に露出していることもあるので,アイゼン・靴用チェーンなど防滑装備を携帯しておくことも大切である.

-杖・ストック・ピッケル

銃やわなを背負って山に入る場合身体の重心が普段と異なることで,不安定になり易い.また,雪の状況や浮石を確認する意味でも,杖やストックを持つことは意味がある.ストックは軽量であるし,最近は伸縮できるものもあるので,持ち運びに邪魔にならない.現場で適当な木を杖代わりにして歩いても良いが,滑落の際に滑落を停止させるためにも使えるピッケルを持つことをお勧めしたい.一般にピッケルは冬山用の装備であるが,ガレ場で滑落時に指先だけでブレーキをかけるよりもより効果的に使える道具になる.またササ藪を登る際は非常に足が滑るので,ピッケルをアイスピックのように使いながら登ると便利である.また,わなを仕掛ける際の「つるはし」としても利用できる.全長が長いもので,金属部が小さめのものが使いやすいだろう.あまりお勧めはしないが,万が一動物が攻撃してきた際にも,登山用ストック,杖,ピッケルは自分と動物との距離を保つ防護用の道具として役立つ可能性はある.銃やわな,捕獲後の獲物の運搬などを考えると極力荷物を減らしたいと考えるかも知れないが,これらは一般の登山者が縦走などの長期登山時にでも所持して用いられる道具類であり,持ち運びに困らないように,通常の登山用ザックであれば,普段気が付かないで使っていないだろうが,道具を取り付けるピッケルホルダーなどの工夫が備えられている.

-手袋

狩猟を行っている人は素手で行ってはいけない.理由は主に3つあり,1つは山歩きで転んだり,藪をこいで進んだりした際に手に擦り傷を負ってしまうのを避ける為.2つ目は素手では痛みを感じやすく,力を出しにくいため.3つ目は動物の体表を直接触れることで手の汚染を避けたり,動物の歯や骨など尖ったものが刺さったりしにくいようにするため,である.1つ目を避けるためには,軍手のような綿素材のものでもかまわないが,2や3などのことを考えると,皮やゴム製品がより役立つ.猟銃を取り扱い際も,素手で指の感覚を感じて引き金を引いたほうが撃ちやすいと感じるかもしれないが,銃という道具はあくまでも手元で火薬が爆発しているのだと認識すべきである.いつ暴発が起こっても,指を痛めないで済むような対応が必要である.わな猟ではトリガーは指を挟んでしまうようなものもあるし,ナイフをはじめとした刃物を取り扱う際に怪我を避ける為にも,皮や厚手のゴム手袋は必要である.血液がナイフに付き始めると,滑りやすくなるので,一層危険になる.野生動物の血液や寄生虫が,ナイフ傷を通して自分の体内に入ってしまうと,感染症になる恐れもあるので,必ず防水性のある手袋するべきである.
また,後述するが,仲間が怪我をした際の応急処置で,薄手でかまわないので使い捨てゴム手袋を常に携帯したほうが良い.このような手袋は,動物の解体の際にも必要になるので常に常備し,捕獲の現場でも数枚をいつも持ち歩くようにしておくと良い.

-メガネ

目を失うと,安全に移動することができなくなるだけでなく,助けを呼ぶための携帯電話や,無線機を正しく使うことができにくくなる.人間の目は情報を得るために重要であるので,安全管理では足よりも優先順位が高いことを意識する必要がある.藪漕ぎ時にイバラ等の小枝がはねて眼球に刺さることもありうるし,猟銃の取り扱い時は,手袋と同様に暴発や燃焼時に生じるわずかなカスが目に入ることを想定して,防護メガネを着用して使用するべきである.各種カラーがあるので天候等の状況によりレンズ色は選択可能である.また,わな猟では,バネが跳ねる,トリガーが弾かれるという道具であることから,設置時から防護メガネが必要である.捕獲時においても,獲物が目の前で暴れて,小石や埃,泥などを跳ね飛ばすこともあり,さらには,血液の飛沫を撒き散らす恐れもある.通常のメガネではなく,ゴーグル型の保護メガネであるほうが好ましいが,高強度で防御範囲が広く軽量で,運動時もずれ難い各種シューテインググラスもありお薦めである.ほとんどの人が保護メガネをしていないが,実際にメガネをつけてみれば,いかに保護メガネが汚れていくかを知ることになる.それらの飛沫が全て,自分の目の中に飛び込んでいるのかと思うと,非常に恐ろしいことである.

-GPS・地図

最初に書いたが,GPSだけに頼って自分の位置情報を得ようとするのは,便利だが危険でもある.時々やってしまうのが,電池切れや装置の故障.また谷間にいると,自分の位置情報が正確に測定できないことがたまにある.今は,緯度経度を携帯電話でも,カメラでも測定できることから,いざ携帯していたハンドベルトGPSが不調であっても,精度は異なるだろうが,ある程度の情報を得ることはできるかもしれない.しかし,地図を携帯していないと,自分の緯度経度情報がわかっても何にもならない.近頃は,登山客でも地図を持たずに山に入ってしまう人がいるが,山に入るときは最低でも2万5千分の1の地図を携帯するべきである.ちなみに,2万5千分の1の地図上で1cmは実際の250mに相当する.狩猟者に配布される鳥獣保護区等位置図は10万分の1であるので,1cmは1kmに相当する.そんなに大まかな地図では役に立たないので,地図として利用してはいけない.前述したが,地図は持っているだけでは役に立たない.ある程度の読図技術は山に入る以上は身に着けるべきと考える.
また,犬の追跡に現在GPS首輪をつけているが,これらのGPSは犬だけでなく,猟仲間同士でもお互いの位置を知るための道具として利用することが安全管理の上ではお勧めである.

-無線・携帯電話

捕獲作業は,原則一人で行うことではない.野生動物と人間が対等に向かい合った場合は,筋力など生身の身体能力については,森の中で生き残った生物であると考えれば,到底勝てる相手ではない.数的に優位に捕獲を進めるためにも,少なくとも2名以上で捕獲は行い,より安全を確保する必要がある.そのために作業者は現場で常時連絡を取り合う必要がある.そのためにも無線機は持つ必要がある.なおご存知のように無線も尾根を越えると通話できなくなるので,尾根を越えて作業する場合は注意が必要である.携帯電話は,山の中で利用できるようになってきているが,まだ山の奥に進むと全く通話できない場所は存在している.通話できない場所,いわゆる「圏外」に入り込むと,現在の携帯電話の多くが通信できるアンテナを探し始めるため,余計な電力を失うことになるので,山に入る日は,事前にしっかり充電しておくことが大切である.また普段利用している猟場については,少なくとも通話できにくい場所については,地図上に表示しておく.仲間の遭難を聞いた際に,どこに行けば直ちに救助要請ができるのかを普段から意識しておく.遭難が起こった際の連絡にも迅速に連絡ができれば,被害は最小限に抑えることが可能になってくる.

-防寒

体温が低下した場合,低体温症に陥って,死亡することがある.前兆としては,手がかじかんでうまく動かせない,震えが始まるなどで,誰もが今まで一度は体験したことがある症状である.さらに進むと,話し方が遅くなったり,明確にしゃべれなくなったりする.あるいは協調行動ができない,例えば自分勝手な行動をし始めたり,ウトウトし始めたりする.まっすぐに歩けなくなる.さらに進むと錯乱状態になったりする.このような低体温症に陥らないためにも,防寒は大切である.低体温症は冬山のイメージが強いが,夏でも雨などでずぶ濡れになってしまうと身体を冷やしてしまうので,リスクは生じてくる.風に吹かれれば低体温症のリスクは飛躍的に高くなる.防寒の基本は,身体をできるだけ乾いた状態にして,長時間熱が奪われないようにすることである.その為にも,捕獲作業を行うために山に入るときは,薄手でも良いので雨よけになるような雨合羽やヤッケなど保温性のある防水用の衣服と,テント,ツエルトのような雨よけになるもの,ビバークだけでなく,けが人を保温しながら一時的に避難させるために役立つエマージェンシーシートを用意しておく.
低体温症を避けるために,ビバーク際はできるだけ小さく身体を丸めて熱が逃げないようにし,極力じっとして動かないようにする.手は脚と比べて指など露出部分が細く長いために凍傷になりやすい.そこで,手は脇の下や股の間に挟みこむようにして保護する.足先も濡れてしまっていると凍傷になりやすい.雨を避けることができたならば,濡れた靴はすぐに脱いで足を温めるようにする.さらに低体温症の兆候が現れている人に対しては,直ちに屋根のある場所に移し,濡れた衣服を脱がせて,乾いた服,寝袋や毛布,あるいは上記に示したエマージェンシーシート等に包んで加温する.さらに加温した飲み物を与えるのは効果的である.ただしその際にアルコール類やカフェインの含まれたホットコーヒーなどを与えるのは,血管を拡張させる作用があるため,身体を冷やしてしまう恐れがあるので避ける.また,冷えた身体をいきなり温かいお湯の中につけると,血液の循環が再開して体表の冷たい血液が一気に体の内部に流れ込んでしまうため危険である.まずは,乾いた服に着替えさせて,脇の下や,股などを身体の中心に近いほうから,腕や足などの末端に向かってじっくりと温めていくことが大切である.

-非常食

狩猟や捕獲の場合は,登山とは異なり,猟場が山とはいうものの里から数時間も歩くような場所ではない.ただし,道に迷ってしまったり,けがをして動けなくなり救出を一晩程度待たなければいけなかったりする状況が起こりうることは想定すべきである.通常の成人が1日に必要とされるエネルギーはおよそ1500カロリーである.しかし,1日程度救助を待つのであれば,充分な栄養が摂れなくても特に問題はない.そこで主食的な非常食までは用意する必要は無いが,高カロリーの食品を携帯する程度のことはしたほうが良い.一晩程度なにも食べなくても衰弱するというようなことではないが,飴玉一つでも持っていれば,気持ちが落ち着くし,空腹から起こる不安感を紛らわすことができる.理想的には200~300カロリー程度の糖分が摂れると良い.カロリーの高いものとして,お勧めなのはかりんとうやコンデンスミルクである.

-水

人間の60%程度が水分である.人間の体内にある水分の6%程度3~4リットル失ってしまうと,頭痛が生じたり,冷静な判断ができなくなったりしてしまう.その倍失うと動けなくなってしまう.飲料水を携帯することは必須である.日本の山の場合は,沢などが多く,幸運なことに水に恵まれている.しかし,北海道だけでなく,自然の水には寄生虫などが含まれていることがあるため,できる限り煮沸して飲んだほうが良い.煮沸することができない場合は,細菌,寄生虫も貫通してしまうが余計なごみなどを除去するために布で濾して利用する.

-救急セット

止血や骨折部の固定を行うために,圧迫,固定できるものを主に持ち運ぶ.腕の骨折のために三角巾,止血や固定にも使える包帯,消毒や止血の際に使えるガーゼや,骨折や捻挫の時に副木変わりとして役に立つサムスプリント®など,携帯していても負担にならないものを持っておくとよい.軽い足首の捻挫などでも使うことができるテーピングが1巻あると便利である.テーピングは粘着性もあるので,包帯を止める時にも役に立つ.伸縮性のあるテーピングもあるが,固定に使いやすいのは,非伸縮のテーピングである.捕獲や狩猟の現場では,基本的に日帰りの範囲内で行動するので,充分な水を持っていれば必要以上の薬品を携帯する必要はないが,ポピドンヨード(イソジン®)など少量の消毒薬を携帯すると良い.また,先に述べたアナフィラキシーショック時に使用するエピペンも標準装備と考えたい.

■ 山中での歩行技術

滑落を防ぐための歩き方

凍結で滑りやすく,あるいはガレ場で浮石を多く感じるような危険な足場が悪い状況での歩き方はまずは小股で歩く.この際,歩き出す際は後足に荷重を残す.踏み出す前足には体重をかけずに,前足を置きにいくような形で,足場の安全を探索しながら歩みを進める.前足が安定したら.後ろ足の荷重を抜いて,前方に体重を移動させる.決して,後ろ足で蹴り上げるように歩かない.積雪の多い場所ではキックステップ(図2)を使う.

キックステップは,足先で斜面の雪を蹴り込んで足場を作り,階段を登るように登行する方法である.雪がシャーベット状態になると崩れやすくなって歩きにくいが,あせらずしっかりとした足場を作ってから歩を進める.山を下る際は,かかとを使ってステップを形成して足を進める.下りはついつい歩く速度が上がってしまうので,ゆっくり進むことを心がけて歩く.また積雪時の尾根歩きでは,雪庇に上がらないようにすることが大切で,見晴らしの良いところでは崖側に近寄らないことを意識する.普段からストックやピッケル,杖を使って,踏み出す進行方向の探索や,もう一本の脚として,転倒を防ぐためにも正しく利用して安全に進行する.

積雪がない場合は,フラットフッティング(図3)で歩く.フラットフッティングとは,斜面に対して足裏の接地面をできるだけ広くするように歩く方法である.これにより,靴の滑り止めがしっかりと地面に作用して,より高い摩擦を引き起こして滑りにくくさせる.ただし,この方法は登山道のような土面が露出しているような裸地で有効である.猟場ではさらに,倒木や落枝を踏みながら進むべきことが多いので,足元の状況を十分に察知しながら進まないと,倒木の間に足を踏み外したり,足首をひねったりしてしまう事もある.無闇に倒木の上に登ったりしないほうが無難である.また,急な斜面を横断するいわゆるトラバースを行う際は,谷側から進行方向に約45°の角度に体を向けて進む(図4).

トラバースは,足を交互に前後を踏み変える歩み足の動作ではなく,前に出した足を常に谷側に向けたまま,後側の足は常に山側に残して,斜面を横切る方法である.この歩き方は,雪の上や砂地のいわゆるザレ場などで有効なのであるが,仲間と歩く際は,落石を誘発するので,横並びで歩かず必ず縦列歩行で同じコースを進むようにする.
また,急な傾斜地や岩場を登る場合は,足だけに頼らずに,傾斜地を登る際の登山の基本である図5「三点支持」を実行して登る.特に,岩場を登る時には手,足の4点の内,支持点を分散確保するために最低3点は必ず接地させたままで,可動できる手または足を次のステップに移動させる.この行為を繰り返すようにして,焦らずに着実に進行していく.三点の支持点を持っていれば,仮に支持点の一つが崩落しても,他の2点で安全に身体を支えることができる.このような,岩場や急傾斜を登頂する際は,登り始める前にストックやピッケルはザックや背中に縛り付けて,手足を自由に動かせるようにする.

獲物の運搬

捕獲した獲物を現地埋設ではなく,食肉利用するために山から下ろすことがある.イノシシやシカのように大物の場合は,複数名で獲物を持ち上げて運ぶことになる.この場合に気をつけなくてはいけないのは,歩行速度と体のバランスである.あまりにも傾斜がきつい場所では,もはや持ち上げて運ぶよりは,山から傾斜を転がり落として,平坦な場所から運ぶようになるだろうが,山から獲物を落とす場合は,予想外の方向に獲物が落ちてしまう事も考えられるので,下に人がいない,建造物や車両がないことを確認した上で落とす.一方,道路の脇の谷側で捕獲をした場合,獲物を道路側に運び上げなくてはいけない.その場合は,獲物を手で持ち上げながら傾斜を登ろうとすると,体のバランスを崩し転落したり,腰痛を引き起こしたりすることになる.従って,手間を惜しまずに,獲物の脚にロープを縛り付けて,道路側から獲物をロープで引き上げるようにしたほうが良い.そのためにも,少なくとも獲物を運ぶための車両には長さが十分にある丈夫なロープやザイルを常備しておく.

■ もし滑落したら

滑落時の注意

滑落した場合は,想像以上に速い速度で落ちていくため,ある程度のスピードが出てしまうと落ちきるまで止まらない可能性が高い.できるだけ早く落ちていく身体の速度を緩めて,静止させることが重要になる.したがって足を踏み外したと感じた瞬間にできるだけ速やかに体を横たわらせて,自分の体を地面に接してしまう方が良い.接する面が大きくなるほど,摩擦が起こりやすくなる.自分の意思を着実にかつ精密に実行できるのは手であるので,地転ぶ時は尻餅をつくような形で,仰向けになってしまうだろうが,何かを掴むための手が使えるように,腹ばいの姿勢をとるように体を反転させる(図6).

守るべき身体の部位は優先順位の高い順で,頭,腹部,足,腕,手である.命を落とさないようにするための滑落時の基本姿勢は,頭を山側(上に向けて),斜面に対して腹ばいで足先は上に上げた形で肘や腕,手先でブレーキをかけようとする姿勢をとる.指はこの時擦過傷や骨折するかもしれないが,他の部位を守るために犠牲にするつもりでありとあらゆるものを掴んで,体の落下速度を落とす.夏は草や木の枝,岩を掴んだり,冬の場合は雪に手を突っ込んだりすれば止まる可能性がある.川で流されるときもそうだが,頭は下流,谷の方向に向けてはいけない.この時足先を上に上げるのは,足先で止めようとすると,足先を視点に身体が持ち上がって,頭が下になってしまう恐れがあること.また足を使って止めようとすると骨折することが多く,足が骨折すると,その後の救助が非常に困難になる.また足を失うと救助を求めて動くことができなくなることが理由である.最終的に,スピードが落ち止まり始めたら,足をストッパーとして,完全に自分の体を止める.ブレーキは道具がなければ基本,腕や手で行うが,ピッケルや登山用ストックを持っている場合,止まるまでピッケルやストックを何度も斜面に刺す.銃もストック代りに制止するための道具になる.もちろん,銃は壊れてしまうし,そのような行為は脱包しているのが前提だが. したがって,装備のところにも書いたが,滑落の際に一番望ましいのはストックやピッケルを持っていることである.これらを持っていれば滑落しても落下を止められる可能性が高くなる.命を守るためにもぜひ装備に加えてほしい.

仲間が滑落した場合の通報

間が滑落遭難している場合,直ちに行動をする必要があるが,動き出す前にまず,自分の安全を確認する.次に現場の位置情報を取得することが可能ならば,遭難した旨の報告と事故が起こった位置情報を仲間や外部に伝えて救助を求める.滑落した場合は多かれ少なかれ怪我をしていることが考えられるし,幸運にも見た目が軽症であっても,頭部の強打やねんざ,骨折が起っている可能性があるので,救助要請を躊躇しない.また,自分が救出中に事故に巻き込まれる危険性があるので,まず自分の安全が確保できている内に救助要請する.山岳救助の連絡先は110番もしくは119番である.山岳救助は警察と消防が実施しているので,どちらに電話しても構わない.
まず,警察に電話した場合は「事故か?事件か?」,消防に電話した場合は「火事か?救急か?」を尋ねられる.その場合,「遭難です.滑落で1人けがをしています.」と事案のカテゴリーと,事故内容,被害者人数,被害者の状況につながる内容を簡潔に伝える.次に,場所の情報を伝える.GPS情報であれば的確に伝わりやすい.ただし,数値は言い間違えが生じやすいので,数値が正しく伝わったかを確認する.GPS情報がない場合は,警察の場合は鳥獣保護区等位置図のメッシュ番号でも伝わるが,メッシュ番号は1㎞四方の正方形ごとに区切られているのでやや広範囲になる.通称名ではない沢や山の名称が分かれば,「A沢とB沢の合流点より上流約100mです.」「C山の南斜面です.」「D地区から東側に林道を上がった先です.」と伝える.被害状況については近づかないと詳しくは分からないので,まずは「滑落した.本人は動いていない(いる).」程度の情報で良い.また,救護者の服装の特徴を伝えておけば,上空からの救助では役立つので,服装の色も伝える.その後,通報者の名前と携帯電話の電話番号を知らせて,通話を終了する.この先,この携帯電話が救助者との唯一のライフラインになるので,バッテリーを温存するためにも必要以上に電話を掛けたり,メールを送信したりしない.単独で狩猟に行くときは通信装備の携帯はもちろんだが,家族にどこで猟をするか,何時頃には戻る予定かを必ず伝える.もしあなたが,人間関係の煩わしさを避けて,独り気ままに猟を楽しみたいと思うかもしれない.しかし万が一,あなたが滑落して遭難事故を起こした場合,関わらなくてはならない救助者は出動義務がある.仮に関わりたくはないと考えていても,山に入って猟を行う以上は,そのような救助側に回っている人たちのことも念頭に置いていて欲しい.

安否確認と状況判断

自己の安全確認・救助要請後に,近づくことが可能であるならば,慎重に遭難者の傍まで近づく.救助に向かう際は,必ず迂回路あるいは整備された山道を進んで近づく.滑落したのであるから,決して落ちた方向に向かって直線的に進んではいけない.救助者が滑落を起こしたり,落石を起こしたりして,二次災害につながることがある.遭難者に近づく前に遠方から本人に「○○さん!大丈夫ですか!」と声をかけるのは,安否を確認して救助者が安心したいがための行為であるので,遭難者の救出のためには意味がない.更に,遭難者がケガをした場合は,骨折した骨が動脈を傷つけてしまうこともあるので,滑落直後はむやみに動かないようにしなくてはいけない.救助者の方に体や首をむけるために,体をねじる,後ろを振り向こうとして骨折がひどくなることもある.従って遠方や後方から声をかけてはいけない.
近づくことができたら,けが人の首を動かさないように,相手の視界に自分が見える位置,正面から声をかける.その後,首固定を行いながら(図7),けが人の気道が開いているか確認する.確認のために,口の近くに耳を近づけるが,それ以前に,既にうめいていたり・言葉を発していたりしていれば呼吸に関しては問題がないと考える.気道が詰まる原因としては,積雪のある時期は,口の中に雪がつまっていたり,泥や嘔吐物が詰まっていたりすることで起る.つまり気道が詰まっている場合は,見た目で充分に分かるが,呼吸音や動作の感じが普段と違うことで判断できる.呼吸の確認は「見て,聴いて,感じて」を実践する.つまり目で胸部の上下を「見て」,耳で呼吸音を「聴いて」,頬で呼気を「感じて」という方法で確認する.

■ 救命処置

救命処置における初動の基本

遭難者に近づくことができたら,バイタルサイン確認,救命処置実施の前に,まず頸を動かないように固定する.この時注意するのは,傷病者の見えないところから声をかけない.つまり振り返らせたり,遭難した人をむやみに動かさない.救命処置を始める際に最初に傷病者の心身状況つまりバイタルサインを判断する.判断方法は,しばしば「ABC」で紹介されているので覚えておけば現場で役に立つであろう.ABCはそれぞれの頭文字から来ている.A(Airway)気道確保, B(Breath)呼吸している,C(Circulation)循環=心拍がある,の3点を意味している.まず,気道が開いているかは,前述したように,会話ができる,あるいはうめき声が出ているか?口の中に何か,例えば雪や泥などで詰まっていないかを確認する.次に,呼吸しているかを確認する.確認方法は,「見て,聴いて,感じて」の基本を実行する.つまり胸の上がり下がりを見て,呼吸音を耳で聴いて,手のひらで息を感じて確認する.気道が確保されていてもショック症状で呼吸が停止している場合がある.胸,あるいは背中に耳を当てて心音が聞こえるか確認しても良いが,呼吸が粗いと心音を聞き取りにくくなることがある上,傷病者が苦痛で暴れる可能性もあるので,脈を取る方法を覚えておく必要がある.脈の取り方は,図8に示すように,傷病者の親指の延長上の上腕にある橈骨(とうこつ)動脈を,人差し指,中指,薬指の先を軽くあてて確認する.

確認の際は,脈があることを知ることを優先目的として脈拍数を数えるまでの必要はない.ただし脈動が遅いか明らかに早い場合は注意が必要である.みえない外傷や体内で出血が起こっている恐れがある.しかし先ずは脈があることだけを認識し,ない場合は心臓マッサージなどの対応を始める.上腕部を怪我してしまっているような場合では,首にある頚動脈を測定する.頚動脈の探し方は,喉仏を目印にして,喉仏から下(体側)の気道周辺を軽く両手の指先で押さえて感じる.ちなみに,上腕の橈骨動脈と首の頚動脈では,押さえ方としては,首の頚動脈の方がより優しく押さえるように意識する.具体的には,橈骨動脈が80mmHg以下,頚動脈が60mmHg以下で押さえる.確認時に口に何かが詰まっている際は,詰まっているものを取り出してあげることが大切である.あるいは呼吸が止まっていることが分かったら人工呼吸によって,自発呼吸を誘引させる.この時にも脈が感じられなければ,まず心臓マッサージを行う.心臓マッサージ方法は,山岳だけでなく日常でも必要になることがあるので,日頃から救急救命講習を受けて,技術を確実に習得しておくべきである.ABCの確認が終わったら,全身を触って,痛がる箇所や異常を探す.もしも出血があれば止血を試みる.止血方法は,出血箇所を強く押さえることで行う.この時,ガーゼや使い捨て手袋があった方が良い.
もし,骨折が見られた時は,最初は同様にABCの確認をして,この時に意識がない場合は,吐瀉物により気道を詰まらせないように,ハイネスの回復体位(図9)を取らせる.意識があっても体が動かない場合は,脊椎損傷が疑われるのでできるだけ動かさない.下半身だけが動かない場合は腰の上のあたりの胸腰椎の損傷,上半身も動かなければ首の頚椎損傷が疑われる.このような場合は,基本的には動かさないことが大切であるが,気道確保が最優先されるので,呼吸ができ体位にすることは止むを得ない.骨折の際の処置は,基本的に固定する.

骨折における固定の基本

滑落など強い衝撃を受けた場合の骨折は,体を支えている大きな骨が折れることがあり,致命的になりうる.大腿骨骨折・骨盤骨折は太い動脈があるため折れた骨で血管を傷つけて出血量が多くなるだけでなく,骨の内側にある骨髄組織が壊されることで造血作用も低下してしまうので,回復が遅れることにつながる.

固定方法であるが,大腿骨骨折の場合(図10),上下の関節を動かないように固定する.ストックや装填されていない銃があれば副木として利用できる.包帯や手拭い,テーピング等を使ってぐるぐる巻きにして固定する.捕獲や狩猟を行う場所の多くは森林限界ではないので,副木になりそうな枝なども多く落ちていることが想像できるが,もしも副木になりそうなものが周辺に無い場合は,怪我をしていないもう一方の足とまとめて巻き込み,しっかりと固定する.固定する資材は伸び縮みしにくいものであればなんでも良いが,もしも何もなければ,救助者の上着などを縛り付けても良い.固定後は救助が来るまで,極力傷病者を動かさない.どうしても動かさなくてはいけない場合は,必ず担架状のものを作成して,複数人で怪我をした部位周辺は動かないようにして運ぶ.固定したからといって,無闇におぶって運ぼうとしてはいけない.
また,骨折部位が,骨盤の場合(図11),両脚を閉じて開かないよう固定する.滑落など強い力が足にかかると,関節があるため骨盤は割れやすい.案外起こるのであるが,パッと見た感じではわかりにくいが,激痛などが起こっているので,意識があれば痛がっている.滑落があって,足から落ちたはずなのに,骨折が見られない場合は,骨盤にダメージがあることを疑って,躊躇なく固定してしまえば良い.

大きな出血がある場合

大きな出血がある場合は止血を行わなければならない.ここで勘違いしてはいけないのは,慌てて汚れてはいけないと無意識に血をふき取るような行動を始めてはいけない.失血すればするほど命は危うくなる.タオルなどを傷口に押し当てて,両手で傷口を圧迫して止血を行う(圧迫止血).止血の際に特にやってしまい後遺症を残してしまうのが,指などの末端の出血の際で,心臓側の血流を止めようと縛って止血を試みる方法である.この時点で止血はできても,血栓を作ったり,悪くすると止血された部位を壊死させたりしてしまう.現在では応急処置で行う止血方法の基本は圧迫止血である.
止血を行うときは,必ず自分の身を守るためにゴム製の手袋や,もしくはそれ相応に血液に直接触れない方法で,自分への汚染を守りながら行わなくてはいけない.仲間の命を助けたい一心で,自分が感染症などをもらってしまうと,逆に遭難者やその家族に負い目を負わせてしまう事も考えて行動しなくてはいけない.かさばることはないので,薄手でかまわないので使い捨てゴム手袋を常に携帯すべきである.
なお,ABCおよび出血の内,いずれでも問題があれば緊急性が高いので,バイタルサインでABCおよび出血に異常が感じられたならば,救急(電話119番)を呼ぶ.救急を呼んだ後に安全を確保した状況で救命処置を開始する.基本,崖など高所から滑落した時点で遭難者は外傷が目立たなくても無事であることは希であるので,原則として自分が救助で近づく前に,事故の報告を仲間だけなく警察や救急に報告しておくべきである.自分も救助中に事故に巻き込まれることになれば,遭難の状況が悪化することになることを,しっかり認識しておく.大腿骨骨折・骨盤骨折のような外傷がある場合も,遭難者の意識がはっきりしていても,素人集団では運び出す事は難しい.問題が大きくなることを避けようとしてなんとか自分達だけで解決しようとしない.

■ 安全を考えた猟を

山での危険を想定したうえでの心構え

猟や業務による捕獲をするということは,社会的に必要とされる優先順位的には決して高くはない.例えば,野菜を盗む鳥獣の対策と野菜を盗む泥棒の対策では,被害者にとって同じ被害額であっても,人が絡むほうが重大な事件だと認識されるだろう.その優先順位の高くはない対策で,あるいは趣味の狩猟でけがをしたり,命を落としてしまったりするのは非常に残念なことである.そこで,土地の特性を知り,その地域の天候を知り,完全な装備を整えることで自分自身を守り,事故に遭わないようにするという基本の姿勢が大切である.全ての業種でいえることではあるが,がむしゃらに捕獲を行うのではなく,あるいは危険性を回避することよりも捕獲の手法を優先することなく,事故を未然に防ぐという心構え・努力が大切である.次に,事故に遭遇したときにどうするか.どのように対応し,救助要請をどのタイミングで行うか.常に想定して欲しい.
この章で伝えたいことは,少なくとも猟であっても山へ入る際は山岳の格好をし,装備をきちんと持ったほうが良いという点である.装備品には,現在あまり定着していないが,ヘルメット・GPS・救出用の装備,救急救命用品,一泊程の野宿を想定した防水性・保温性ジャケット,ストックは持って山に入ってほしい.
狩猟では猟場の周囲住民に迷惑がかからないよう配慮するように,狩猟の教本などには示されている.また狩猟の際に加入する保険の補償対象は,主に他人の財産を破損した場合の弁済を想定した内容になっている.鳥獣被害対策実施隊は市町村の公務員扱いになり,多くの自治体の条例文言を読むと,怪我をした際のお見舞金は給与金額を基準にして支払われる旨が書かれている.しかし,実施隊の業務時間が短いため給与金額が千円単位と低く,見舞金は1万円に満たない状況も生じており,傷病の補償にはなり得ない.つまり現状では狩猟者自身あるいは捕獲業務者本人への補償は不十分であり,また狩猟者や捕獲者当人の安全認識も浅い.せめて狩猟や捕獲業務を実施する者は,自分の命を守る方法を日頃から考え,合理的な安全管理の優先順位(プライオリティー)を持っておくべきである.
最初に述べたが,野生動物と対峙する瞬間,事故に遭遇した瞬間は,あくまでも自己の安全確保を第一に優先する.周りに迷惑をかけない事業設計や狩猟計画を事前に立てておくことも前提にはあるが,緊急事態や遭難事故が生じた場合は,最初に自分の安全を確保してから,救助,周囲への注意喚起,対応を行うことが望ましい.傷病人の救助についても,行動を起こす前に,自分は滑落に巻き込まれないか,周囲に野生動物が迫っていないか,自分は充分な装備を持っているか等,自己の安全を確保してから,救助要請を行ってから,現場までの救助に向かうことが可能なのかを判断する.
人の命は一つしかないであって,それを守ることが,動物の捕獲よりも優先されることは当たり前のことであるが,いざ現場で狩猟や捕獲を始めてしまうと,そんな当たり前のことであっても,見失いがちになる.狩猟は人生に花を添える趣味に過ぎず,動物の駆除もまた自分の生命を危機に晒してまで当たらなくてはならないような業務ではない.従って捕獲や猟を行う際は,まず自分の安全を確保する.そして仲間安全を意識して行動する.
それであっても捕獲対象は野生動物であって,その行動は予測しきれない.突然飛びかかってくることあり,噛まれた場合は食いちぎられるまで躊躇なく噛み切ろうとし,そして的確に動脈のある部位を選択して致命傷を狙ってくる.野生動物と1対1の素手で立ち向かう人には勝ち目はない.噛まれる,引っかかれるなど攻撃された際は様々な感染症のリスクも考慮して治療を受けなくてはならなくなる.そのスリリングさも楽しみの一つではあろうが,せめて猟・捕獲の全行程中,野生動物に対しては卑怯なくらいに優勢に対峙してもらいたい.
狩猟者講習会を含め,狩猟安全管理だけでなく狩猟技術自体が経験の中でしか受け継がれて,啓発などで教えられてきてないから,長年にわたって同様のリスクを抱えたままで来てしまっているのかもしれない.動物の行動特性や銃の構造など基本を理論に基づいて学ばなくてはいけないのではないのだろうか.経験則でやっていると,「そういうものだ」,「危険はつきものだ」と度々散発するような危険ですらも対応せず,むしろ「危険だ」とすらも認識できていない可能性はある.現状の狩猟読本の内容や,狩猟免許試験の内容はもう少し安全管理の視点で改訂する必要があるのではないだろうか.
狩猟仲間あるいは捕獲業務を実施している組織,行政職員は,救急救命に関する講習を受けているだろうか.最低限でも普通救命講習は受講してほしいが,捕獲現場が山であるという意識を持って,民間の山岳医療講習,あるいはそれに匹敵するような訓練を行って,より安全な猟,より安全な職場環境で作業をしていただきたい.繰り返しになるが,緊急性の高い状況での応急処置を医師でなくとも遵法下で実施できる「緊急避難的行為」に相当する.また刑法37条1項においては,緊急避難的行為「によって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」に限り,「罰しない」としている.つまり,医師免許のない人であっても安全確保や応急的な手当を現場で実施することは可能である.猟場や捕獲事業の職場での怪我や死亡事故を無くしていかなくてはならない.そのためにも,事故が生じさせない技術の習得,事故を想定した装備の充実,事故時の緊急体制の確認,応急処置技術の習得を正しく行う.さらには,日頃から安全管理に関しての意識を持って,仲間や同僚で話し合うような習慣を身につけてほしい.
毎年,狩猟だけでも100名程度の死傷者が出て,特にその中でも,滑落が大きな割合を占めている現状をよく意識して欲しい.殺傷能力の高い,銃,刃物を安全に使用する意識を持つのは当然であるが,捕獲対象の野生動物たちは山に棲み,多くの捕獲者,猟師はその山に踏み込んでいるのだと思えば,登山者同様の装備と訓練を持って頂きたい.過去の慣習に囚われ続けていては,死傷者を減らすことはできない.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?