はじめに

「捕獲の安全  野生動物の安全な取り扱いのために」

鳥獣管理における問題は動物が増えてしまったことに視点が置かれがちである.だが,鳥獣害を感じているのはごくわずかな人間だけに過ぎない.不要に増産させる農産物と規格外を入荷しない市場と,耕作地を無理やり守らせようと縛る制度と,生産費に関係なく安価に取引されてしまう農産物と.これらによって,農業の魅力が忘れ去られ,疲弊した農地を広げている.そこに侵入する動物たちが,どれだけ暴れようと国民のほとんどは関係がない.そこで国の法整備をはじめとした政策決定の遅さと,一旦決定した政策を臨機応変に変更できない様相をあざ笑うように野生鳥獣は増加したり,絶滅したりしている.生態系は生き物のコミュニケーションである.日々変化していくものである.それを5カ年計画などで解決させようとする.5年先のことを考えればこれは相当覚悟のいる挑戦である.目標に達せられないとき会計監査がすっ飛んでくるのであろう.その時,私たちはどんな詭弁を弄するのだろう.
今,現場には多くの若い人たちが投入されている.大学や専門学校で生態学や野生動物管理学を学び,非常に優秀な人材である.動物が大好きで,動物に関わる仕事に就きたいと思ってやってくる.それが現場で出会うのは簡単に死傷してしまうような状況である.大好きな動物を殺す現場である.そして,命を危険に曝して,心身を疲弊させてまで強い使命感で汗をかき,手に渡されるのは街中のコンビニのパートで働くよりもずっと安い給料と任期付き職の不安だけである.3年過ぎたら使い捨てるように解雇して,次の人材をまた集めて,危険に曝す.鳥獣管理という,医療や交通や財政やそんなものの後回しになりそうな課題に多くの若い才能が浪費されている.どんなに見栄えのよさそうなキャッチコピーを使って人集めしていたとしても,そこで出会うのは自分を守ろうと必死で立ち向かってくる強靭な野生動物である.そして,安全管理などという言葉の意味がきれいごとに聞こえる現場である.泥まみれ糞まみれ血まみれである.
そこで本書は,鳥獣管理に携わる,あるいはこれから携わろうと考えている人のために医療関係者,大動物取扱のプロ,銃のマニア,電気止め刺し器の製作者たちに声をかけて,現場で命を守るための各方面の方々の考え方を伝えようとまとめてみた.執筆者たちは突然の申し出と,前例のない内容のため戸惑っており,編者の意図が伝わりきれていない部分もある.しかし,現場で何が危険で,どう対処するかを事前に考えるためには充分に使える内容だと自負している.内容は現場の事故の種類,感染症の問題,銃の事故,滑落における対処,電気の性質など多岐に亘っている.本書を一読すれば,現場のリスク管理の重点ポイントが見えてくるであろうし,技術を習得する必要性に駆られるであろう.
編者自身も現場の経験からの不満や恐怖を経験してきている.生還後,怒りにまかせて六法全書や専門書,法案成立までの審議記録を読み漁り,どうしてこのようなハイリスクな労働環境が看過されているのかを知ろうとした.その結果,殆ど審議記録に語られておらず,専門書もほとんどない.つまり一般的に現場の危険を認識していないことが問題だということが理解できた.このままでは,山で誰かがまた滑落し,動物に突進されて怪我をして,マダニに刺されて命を落とす.この状況を放置していてはいけない.危険な専門職を行う人々へ,相応の対応,報酬,補償,安全指導が必要だと考える.本書がその内の,安全指導の教科書として利用されることを望んでいる.

2019年2月7日
竹田 努

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?