鳥獣捕獲の際の止め刺し等における安全管理について

小寺祐二 宇都宮大学 雑草と里山の科学教育研究センター

■ 止め刺しとは

はじめに

戦後,日本においては大型哺乳類の生息域が全国的に拡大傾向を示しており,それらによる生態系や農林水産業等への被害が社会問題となっている.例えば自然環境保全基礎調査の結果では,1978年から2003年までの25年間にニホンジカの生息メッシュ数が1.7倍,イノシシで1.3倍,ツキノワグマで1.2倍,ニホンザルで1.5倍に増加したことが報告されている(環境省 2018).また,最近の生息動向についても,野生鳥獣情報システムで調査が進められており,1978年に対する2014年の分布域が,ニホンジカで2.5倍,イノシシで1.7倍に拡大したことが明らかになっている.
こうした状況に対し,環境省と農林水産省は「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を2013年12月に発表し,ニホンジカとイノシシの全国の生息数を2023年までに半減させる目標を提示した(梶・小池 2015).また,この対策では,地方自治体による捕獲の強化や,捕獲の担い手の確保,被害防除,捕獲個体の利活用の推進が謳われており,鳥獣対策における捕獲作業の重要性が高まっている.その一方で,捕獲従事者が負担に感じている作業として,第1に「止め刺し(技術的な負担)」,第2に「埋焼却処分」,第3に「止め刺し(精神的な負担)」が挙げられており(三重県農業研究所 2016),止め刺し作業増加に伴う負担に対する対策も課題となっている.そこで本章では,捕獲作業の内,特に止め刺しにおける安全管理ついて整理したい.

捕獲の目的と種類

「止め刺し」とは,罠にかかった鳥獣を確実に捕まえるためにとどめを刺す行為(農林水産省 2009)を指しており,捕獲目的によっては選択しうる方法が異なると考えられる.

野生鳥獣の捕獲方法は,大きく「狩猟」と「許可捕獲」,「特定外来生物の捕獲」に区分される.その内,「許可捕獲」については,捕獲目的を加味すると「有害鳥獣捕獲」と「個体数調整捕獲」に細分される(図1).また,捕獲個体を資源として利用する場合,特殊な止め刺しの方法が求められることから,上記の4手法に加えて「資源利用のための捕獲」も区別しておきたい.
狩猟は,狩猟期間中に法定猟法により狩猟鳥獣の捕獲等(捕獲又は殺傷)を行うことである.この場合,狩猟免許(全国で有効,更新期間3年)を取得した上,狩猟を実施する地域を管轄する都道府県への狩猟者登録を年度毎に実施する必要があるが,捕獲の目的は問われず,個別の手続きも不要な捕獲方法である.そのため,止め刺しについても選択肢の自由度が最も高い捕獲方法といえる.
有害鳥獣捕獲は,農林水産業又は生態系等に係る被害の防止の目的で,鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵採取などを行う行為で,狩猟鳥獣以外の鳥獣も捕獲可能である.また,個体数調整捕獲は,人と野生鳥獣との軋轢を解消すると共に,個体群の長期的な管理を図ることを目的とし,鳥獣保護管理法の特定計画で定められた鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵採取などを行う行為である.これら許可捕獲では,法定猟法以外の方法も可能となっている(ただし,危険猟法については制限がある)が,捕獲を行う地域や期間,頭数,方法などについて,予め都道府県知事(権限委譲している場合は,市町村長)に許可申請する必要がある.そのため,止め刺しに関しては,制限を施すことが可能であり,より安全な方法を規定することもできる.特に,被害対策や鳥獣管理などに係る事業として捕獲作業が進められる場合には,作業従事者に対する安全が十分に確保された止め刺し方法の選択が求められる.

特定外来生物の捕獲は,特定外来生物による生態系,人の生命若しくは身体,農林水産業に係る被害の防止を目的とした捕獲で,鳥獣保護管理法で捕獲が規制されている鳥獣を除き,誰もが自由に実施可能となっている.ただし,外来生物法に基づく防除の確認・認定を主務大臣より受けた場合は,鳥獣保護管理法で規制されている鳥獣であっても捕獲許可が不要となり,捕獲が可能となっている.この場合,鳥獣保護管理法における禁止猟法は使用できない上,防除の実施方法について確認・認定されていることが前提であり,止め刺しに関しては,より安全な方法を規定することもできる.特定外来生物の捕獲においても,作業従事者に対する安全が十分に確保された止め刺し方法の選択が求められる.その上,捕獲個体が外来の感染症に感染している危険性がある場合,その拡散防止に配慮した方法を選択する必要も生じる.
資源利用(食肉,皮製品,肥料,ペットフードなど)のための捕獲では,利用目的に応じた止め刺しが求められる.なかでも,食肉利用では高いレベルの止め刺し技術が欠かせない(図2).例えば,「狩猟における止め刺し」と「自家消費での食用を目的とした止め刺し」,「食肉利用販売を目的とした止め刺し」では,求められる肉質の基準が異なり,止め刺しにおける技術的な最低基準要求も明確に異なる.「狩猟における止め刺し」では捕獲自体が目的で,食するか否かは問題ではないため,どの様に止め刺しするのかといったことや,放血処理の有無は重要ではない.一方,「自家消費での食用を目的とした止め刺し」では,肉を食べる人間の欲求を満たす肉質を維持するため,適切な止め刺しや放血処理,屠体の冷却作業の実施が必要になる.捕獲した動物を頻繁に食する習慣がある地域では,このレベルに到達している可能性があるが,食肉利用販売のためには十分なレベルではない.「食肉利用販売を目的とした止め刺し」では,消費者の欲求を満たす肉質や,安定的に経営するための高い歩留まり率,食肉としての高い品質,消費者に対する食品安全性の維持,作業従事者に対する衛生管理などが必要になる.すなわち,家畜の肉を食べなれている一般人の多くに対して,「獣肉は臭くて当たり前」といった考え方は通用しない.家畜と同じレベルの品質を提供しない限り,食肉としての獣肉の販路が限定される.そのため,より徹底した放血・冷却処理が必要になる.また,歩留まり率が30%の加工施設と40%の施設とで体重100kgの個体を処理した場合,肉の生産量に10kgの差が生じる.食肉1kgを3,000円で販売したとすると,この1個体で売上額に30,000円の差が生じることになり,加工施設の運営に大きな影響を及ぼす.さらに,安全性の面を考慮すると,止め刺し後,冷却のために河川や湖沼などに屠体を浸けた肉は販売に適さない.自然の水中に存在する細菌やウィルスが肉に付着する可能性が生じるからである.また,止め刺しから食肉加工までの作業を通して,作業従事者に対する人獣共通感染症等の対策や,捕獲個体由来の感染症の拡散防止対策を施す必要もある.

■ 止め刺しの安全管理

鳥獣の止め刺し方法としては,銃や刃物を用いるなど様々な方法が存在するが,いずれの方法においても,実行上の安全管理が必要となる.具体的には,①作業従事者に対する作業上の安全確保,②作業環境に関する安全確保,③感染症拡散防止対策などが考えられる.

作業上の安全管理

止め刺し作業の安全管理上で注意すべき事項については,環境省が取りまとめている「狩猟により発生した事故件数」の「事故の概要」が参考となる.例えば,2015年度で最も多発した事故は「転倒や滑落など」で27件,次いで「動物による反撃」が23件報告されている.その他,「跳弾・暴発」と「罠の誤作動による怪我」が,それぞれ4件,「誤射」が2件,「罠での誤捕獲(人間がかかった事例)」,「イヌによる誤捕獲(人間が襲われた事例)」,「車で移動中に谷へ転落」,「外部寄生虫の刺症による感染症発症」,および「偶発性低体温症の発症」が,それぞれ1件ずつ報告されている(図3).止め刺しは,罠にかかった鳥獣を確実に捕まえるためにとどめを刺す行為であることから,「誤射」や「イヌによる誤捕獲(人間が襲われた事例)」を除き,先述した事故が発生し得ると考えて良い.すなわち,止め刺しの作業上では,「転倒や滑落など」および「動物による反撃」,「跳弾・暴発」と「罠の誤作動による怪我」,「罠での誤捕獲(人間がかかった事例)」,「車で移動中に谷へ転落」といった事故が想定される.

「転倒や滑落など」や「罠の誤作動による怪我」に対しては,罠の管理を容易かつ安全に行える環境の整備や,事故を防止するための装備が必要となる.例えば,罠を見回るための作業道を予め整備しておくことで,転倒や滑落など事故の発生は抑制できる.また,各種作業を単独ではなく,複数の人員で班編制を組んで実施することで,効果的な危険回避行動を事故発生時に実現できるだろう.さらに,滑りにくい登山靴や作業用手袋などの着用も転倒事故の軽減に繋がる上,ヘルメットやフェイスガード(図4),肌の露出が少ない作業服などを着用することで,転倒した際の被害を小さくすることが可能となる.こうした防護装備の着用は,「罠の誤作動による怪我」に対しても有効と考えられる.

「動物による反撃」については,くくり罠のワイヤーロープが切れ,動物に反撃された事例が多く報告されていることから,その止め刺しでは特に注意が必要となる.これに対しては,ワイヤロープの直径4mm以上で,よりもどしを装着するなど十分な強度の資材を使用することは当然として,罠をしっかりと固定することも重要である.細い樹木の幹や朽木,樹木の幹の高い場所などに罠を固定すると,樹木ごと倒されたり,幹が折られたりする可能性が高くなる(図5).太い樹木の幹の低い位置で罠を固定するよう注意が必要である.

また,ワイヤーロープは,鋼線製の素線を複数寄り合わせたストランド(子縄)を,繊維心または綱心からなる心綱に巻き付けた構造になっているが,ワイヤーロープを単純に樹木に結び付けると,動物が暴れた際にストランドが解れてワイヤーロープが切れやすくなる可能性がある.これに対しては,法律で義務付けられているより戻しのほかに樹木との結束部にねじれ防止金具を用いる方法や,一度ワイヤーロープを樹木の根の股下に通してから固定する方法,樹木の根元近くに充電式電動ドリルで穴をあけてワイヤーロープを通した上で固定する方法(当然,樹木所有者の許可が必要となる)などが考えられる.また,樹木1本だけではなく,複数の樹木に固定することで安全性が確保できる.その他,銃などにより動物から離れて止め刺ししたり,動物を保定した上で止め刺しするなど,止め刺しの方法における工夫も必要である.くくり罠における動物の保定については,チョン掛(株式会社三生製)などの安全確保用具を用いてくくり罠の可動範囲を狭めた上,罠によって括られていない脚をワイヤーロープで括って動物の動きを封じる方法がある.ちなみにイノシシでは,さらに鼻をワイヤーで括って捕定した上で止め刺しする方法も行われている.「動物による反撃」による事故に関しては,使用した罠の種類が特定できないものの「罠にかかった獲物に脚を咬まれた」事例も報告されている.箱罠などで捕獲する場合でも,動物が吻(ふん)を罠の外部に突き出すことが可能ならば,作業従事者が咬まれる危険性も生じる.壁面より動物が吻を突き出せない構造の罠を使用する他,捕獲後速やかに罠の壁面を不透明なシートで覆って目隠しするなどの対応をして安全確保に努める必要もあるだろう.
銃を用いた止め刺しを行う場合,発生件数は少ないものの「跳弾・暴発」についても注意が必要である.基本的なことではあるが,脚くくり罠での止め刺しではバックストップの状況を十分に確認することが求められる.箱罠などでも,弾丸が罠壁面などで跳弾する危険性がある.これらに対しては,高性能なプレチャージ式エアライフルと非鉛弾を用いれば,装薬銃と比較して跳弾の危険性を低減できる.また,近年は安全性の高い電気スタンナーも開発されており,銃に頼らない安全な止め刺しも可能となっている.
狩猟により発生した事故では,「車で移動中に谷へ転落」も報告されているが,移動を伴う作業では様々な交通事故にも注意が必要である.転落事故など大きな事故だけではなく,脱輪や落石との衝突,泥濘などでの空転なども念頭に置いて行動しなければならない.また,対人事故については,作業従事者が運転中に加害する場合だけではなく,被害者となる場合も想定される.薄明および薄暮時,夜間に作業する際は,明るい服装にしたり,反射材・ライトを用いて作業従事者の存在を目立せる必要がある.

作業環境における安全管理

止め刺し作業に限らず,労働作業一般において,職場の安全と衛生を確保するのは事業者の債務となっており,作業環境要素のうち有害なものに曝露することが明らかな場合は,作業者に健康影響や健康障害が生じないような措置をとる必要がある.一般作業環境としては,温熱環境や空気環境,視環境,音環境,作業空間,休憩時間などがあり,これらを適正な条件に維持することで安全管理が行われる.しかし,止め刺し作業は野外で実施されることが多く,一般作業環境を適正な条件に維持することは難しい.そのため,止め刺し実施の際には,作業環境に合わせて作業従事者が調整しつつ,安全管理を行うことが求められる.また,動物を殺処分する止め刺しでは,作業従事者の心理的負担にも配慮する必要がある.
例えば,暑熱な場合は熱中症の予防に務める必要があるし,定温で風の強い環境では低体温症の危険性も考慮する必要がある.また,野生動物との濃厚な接触機会となる止め刺し作業では,感染症の感染リスクについても配慮しなければならない.感染が成立するには,感染源,感染経路,感染を受けやすい人の3要素が必要となる.止め刺し作業においては,捕獲個体の血液や唾液,鼻水などの体液の他,排泄物などが感染源になり得る.また,感染経路は,接触感染(感染源と直接接触することによる感染),飛沫感染(咳などにより唾液に混じった微生物などが飛散することによる感染),空気感染(微生物などを含む飛沫の水分が蒸発し,5μm以下の小粒子として長時間空気中に浮遊することで感染),物質媒介型感染(汚染された器具などによって伝播することで感染),昆虫などを媒介した感染(カやハエ,ネズミなどを経由して伝播することで感染)がある.止め刺しでは,感染状況が不明の野生動物を扱うことから接触感染に注意するのは当然として,完全に動きを封じられていない動物と対峙することから,飛沫感染や空気感染の可能性を考える必要がある.さらに,動物の出血を伴う止め刺しでは物質媒介型感染に注意を要するほか,ダニやカなど吸血動物を媒介した感染の危険性にも注意が必要である.これらのリスク低減のためには,ゴム手袋やマスク,フェイスガード,肌の露出が少ない作業着を着用するほか,動物の出血を伴わない電気スタンナーによる止め刺しを行うことが望まれる.
そのほか,野外作業となる止め刺しでは,ハチ類による刺症やヘビ類による咬傷,大型哺乳類による人身事故に気をつけるべきである.予防的措置としてクマ鈴を携帯したり,いざという時のためにクマスプレーやハチスプレー(図6)を携行すると良い.また,ハチ毒などに起因するアナフィラキシーの既往病歴がある人や,発現する危険性が高い人については,アドレナリン自己注射製剤のエピペンの処方を受けておくことが推奨される.

感染症拡散防止対策

前節では,作業従事者の感染症の感染リスクについて触れたが,捕獲個体を資源利用する上では,作業従事者による感染症拡散防止についても配慮する必要がある.第一に,臓器中のウィルスや菌類などの肉への拡散防止がある.これは,食中毒などの発生リスク低減が目的であり,食肉利用の際に特に配慮すべきである.対応としては,内臓摘出時に気道や食道,肛門を結索したり,使用機材を清潔な状態に保ちつつ作業することが求められる.例えば,作業中に手袋や刃物が糞便などで汚染された場合,直ちに清潔なものに交換するか,洗浄・消毒するなどの対応が必要となる.また,複数個体の処理に1つの機材を使い回すことは,汚染拡大の危険性を高めるので注意が必要である.
第二に,人間や家畜に対する感染症拡散防止があげられる.野生動物の捕獲については,感染症の感染の有無が不明のまま進行し,疫学的に調査されることなく終了するのが一般的である.そのため,作業従事者は,自身が感染・発症するリスクと,感染症の拡散に寄与するリスクを常に抱えている.これらのリスク低減のためには,前節でも述べたように,ゴム手袋やマスク,フェイスガード,肌の露出が少ない作業着を着用するほか,動物の出血を伴わない電気スタンナーによる止め刺しを行うことが望まれる.また,2018年9月には,野生イノシシでの豚コレラの発症が確認されたが,これらの問題が生じているか,懸念される地域では,使用機材や作業着の洗浄・消毒や交換などの対策を徹底的に実施する必要がある.

引用文献
梶光一・小池伸介. 2015. 野生動物の管理システム. 講談社. 225pp.
環境省. 2018. 平成29年度特定鳥獣(獣類)に係る保護管理検討調査業務報告書. 環境省. 528pp.
三重県農業研究所. 2016. ICTを用いたシカ,イノシシ,サルの防除・捕獲・処理一貫体型技術の実証 研究成果概要集. 三重県農業研究所. 26pp.
農林水産省. 2009. 野生鳥獣被害防止マニュアル イノシシ,シカ,サル,カラス -捕獲編-. 農林水産省. 163pp.

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