野生動物取扱時における健康・安全管理のあり方

原口義座 京葉病院外科
千葉丈司 千葉メンタルヘルス研究室

■ 医療面からみた野生動物との付き合い

はじめに

私は狩猟を経験したことがないが,現在に至るまで「災害医療」には深く関与してきたこともあり,現在は「産業医」として働いている.ちなみに今まで携わった現場は,古いものから1974年三菱重工爆破事件,1995年阪神淡路大震災とオウム真理教東京地下鉄サリン事件,1999年茨城県東海村JCO臨界事故,地震災害としては2000年以降の大きなものはほとんど全てである.そこで自分の経験から安全・衛生・危機管理の面で狩猟現場に役立ちそうな知見を整理してみたい.
日ごろの生活でも同様だが,狩猟中に思いがけないことが起きた際には,どうするべきか?例えば目の前で自分が放った犬とクマが向き合っている現場に出くわすなどである.その際は,まずは「状況判断」次に「状態の評価」そして「緊急行動方針の決定」そこから「実行」という手順が必要となる(図1).

猟では一瞬の判断が必要になる.やみくもに動くことで事態が深刻化することもある.そこで,思いもよらなかったことが起ってしまう前に,少なくとも年に1度程度は,安全装備やイメージトレーニング,対処するチーム編成,有事の行動ルールを確認することが大切であろう.状況によっては,頭部外傷などによって自力で状況判断や意思決定ができない事態も考慮すべきである.また決めたことも思い通りにいかないことがある.例えば狩猟とは異なるが海事においては,「バディーシステム」という作業上の危機管理方法がとられる.これは二名一組で活動することが原則の作業形態である.ところが現場ではかなりの頻度で単独行動になってしまう.そのような場合は,自分自身で安全を確保しなくてはならない.日ごろから危機管理意識を持った安全な猟場にするのであれば,「この方法は原則だから守られているはずだ.」,「事故がここで起るはずがないのでそこまで考える必要がない」と判断するのは危険である.つまり常に「想定外では済まない」と考えるべきである.
災害に対する日本人の考え方は,日本史家である磯田道史氏の言葉を借りると,「私たちは常に災害と災害の間に生きていて,日本はこの現実から逃れられない.守るべきはまず人の命だ.災害発生時にも,日常の平静を保とうとして対処を遅らせてしまうような日本人の生真面目さは改めるべき」だとされる.確かにその思想を持って危機管理を達成すべきであると考える.
そもそも狩猟・漁撈等など大自然を相手にする人々は,自然のハプニングに常にさらされており,この発想力は一般の市民よりは豊かであろうから,日ごろから準備しておくのは非常に効果的だと考える.

■ 外傷の分類

一般的な外傷関係の受傷は,
a:鈍的外傷(転落,交通外傷等)
b:鋭的外傷(銃器・刃物等)
c:中毒物質・寄生虫等
d:自然環境・自然毒・火山ガス
e:事故等の結果引き起こされる二次的な被害
f:犯罪等,意図的行為
に分けられる.この章ではa:鈍的外傷(転落,交通外傷等)については山岳医療の専門家に内容を譲る.ここでは,捕獲現場に関連度が高いと考えられるリスクについて幾つか挙げる.なおe:事故等の結果引き起こされる二次的な被害,f:犯罪等,意図的行為については,狩猟上の過失では生じにくいと考えて今回は取り扱わない.

銃創による創部と鉛中毒

銃器から発射され,高エネルギーを持った弾丸・火薬エネルギーによる障害である.言うまでもないが,銃の規制が厳しい日本は世界的に見ても銃による犯罪件数は少ない.銃社会のアメリカと比較するならば,拳銃による殺人は1/10,000以下で,年間10件程度しか生じていない.その中で,狩猟では誤射事故などが残念ながら起っている.ゆえに銃創外傷に遭遇する可能性は,十分考慮すべきである.
銃で撃たれた傷,つまり創部は「銃創」,「射創」と医療関係者・警察等の間では呼ばれる.また銃弾の入口傷を「射入創」,体内を貫通して体外へ排出した際の創を「射出創」と呼ぶ.これらの位置や状況は,医療者にとっては治療にあたる際の重要な判断の基準となる.当然,銃の種類によって創部は変化していく.一般的に射入創は銃弾の直径とほぼ同じで,貫通した場合は,射出創はその射入創よりも大きくなる.ところが,銃弾が体に当って弾頭方向から押しつぶされて変形し激しく回転してしまう(タンブリングする)ことから,体内での傷が更に大きくなる.弾の変形が大きくなるほど深刻な傷となる.そのため内臓の破損など障害は広い範囲に影響を及ぼし,殺傷力が強くなる.ちなみに,弾が貫通せずにからだの中に留まる際の傷は盲管銃創という.いずれにしても,弾丸自体はからだの中を不規則に回転しながら引き裂くように進み,更に骨などにぶつかると弾道が曲がり思わぬ方向に弾丸が進む.ちなみに以前,他の医師から伝え聞いたことだが,頭にあたった弾丸が頭蓋内に侵入せず,頭蓋骨に沿って後頭部から射出した幸運な例があったとのことである.しかし,多くの場合は骨を破砕して弾が変形し,内部を目茶目茶に壊してしまうことになる.
散弾銃では,1発弾のスラッグ弾などを除いて基本的に多数の散弾が広範囲に飛び散り多数の射入創が生じる.この際は主に皮下や筋肉組織まで達する,火薬のエネルギーが分散することから,体内に留まるものがほとんどである.しかし,散弾であっても,銃弾は体の中に入ると複雑な動きをする.頭部や躯幹までの深部を受傷した際は,緊急搬送が必要であるので,躊躇なく救助要請する.
現場でできることは少ないが救命処置では止血をまず考えるべきである.担当医も止血を行うことに加えて,重要臓器損傷対策および全身管理が必要となる.その後,バイタルサインである血圧・呼吸・循環・代謝状態等が安定した状態に到達させる努力をする.その上で中長期的治療として,銃弾除去と損傷した臓器の処置等の局所の処置対応を施す.最後に鉛中毒等の対応へと向かう.また,機能維持,美容問題等の形成外科的対応と精神的援助(いわゆるPTSD等)が必要となる.
銃弾に鉛が使われている場合,鉛中毒への配慮が必要である.鉛中毒の症状は「疲労感,倦怠感,食欲不振,悪心,便秘,下痢,頭痛,不眠,末梢神経障害,腎尿細管障害」が指摘されているようである.また感染創や関節内のものは,鉛が溶けやすく,ここに散弾があると中毒を起こす危険性が高くなる.従って感染創や関節内に散弾の存在が疑われる場合は,摘出が必要と考えている.武内らは多数の散弾により鉛中毒を発症し,両下肢を切断して救命しえた例を報告している.
鉛中毒には,受傷10〜40年後の長期経過後の報告例もみられる(Leonard 1969, Windierら 1978, 長江ら1985).体内に多量に鉛が残っている場合は,鉛中毒の発生をも念頭に置いた長期的な経過観察が必要である(金井ら 1998).

ガス中毒

人間の体に害をなす中毒物質は多々ある.分類も種々あるが,
1.自然毒:これには動物毒,植物毒,鉱物毒,その他自然に存在する毒類・類似物質も含む.
2.人工毒:人工的に作られた毒物で毒の性質を利用する目的としたもの,もしくは化学物質などを混ぜてしまって二次的に発生する毒性を有する物質等に分けることができる.
自然界で遭遇する恐れがある生体に有毒な気体の事故として,火山ガスである硫化水素ガス・二酸化硫黄・高濃度炭酸ガス,山火事や野焼きで生じる恐れのある一酸化炭素中毒,山岳地や穴などで起る低酸素状態等がある.血液等の検査では殆ど判明できない.
狩猟の現場で高価な検知器等は持参できないであろう.それゆえ,山中へ向かう際はリスクを念頭において,地形等を調べてくぼ地などリスクの高そうな場所がないか検討しておくことが必要である.大気・空気よりも重い有毒ガス(火山ガスなど)は,人間より低い位置で呼吸する犬など四肢動物において先に障害が発生することも念頭に置くことが必要である.安全管理上で見れば,これらの動物は一種の生体検知器ともいえる.猟に同伴する動物の動きが緩慢になったり,倒れたりするような異常行動がある場合はその可能性を疑う必要がある.
火山ガスの内,硫化水素は,無色だがいわゆる「イオウ臭=腐った卵に匂い」がする.空気よりも重く,窪地にたまっていることがある.この匂いは慣れやすく,高濃度でも麻痺してくる.毒性は非常に高く,火山ガスでの事故は殆どがこの硫化水素によるものである.毒性は神経性のガスで嗅覚がマヒしてしまうのもこのためである.長期間吸い続けると血中ヘモグロビンに結合して酸欠で死亡する.水に溶けることからタオルを濡らして口・鼻を覆うことで防ぐことができる.
また二酸化硫黄も無色だが吸い込むと鼻腔に強い痛みを感じる.40ppm程度の低濃度で呼吸器の粘膜に作用して,激しく咳き込んだりして呼吸困難をもたらす.従って,持病に喘息を持っているとより危険になる.400ppm以上の高濃度ではたちまち死亡する.二酸化硫黄自体は硫化水素同様に水に溶ける性質があるので,タオルを濡らして口・鼻を覆うことで症状を緩和させることができる.
二酸化炭素は無色無臭であり,他の火山ガスのように植生に影響をあまり与えないので,非常に分かりにくい.空気の主な成分である窒素や酸素よりも重いので,窪地など低い地形にたまっていることがあるので,風の無い日は要注意が必要である.死亡する場合は,酸欠でほとんど眠るように死ぬので,危険な状況になっても前兆症状が出にくい.
また野焼きや山火事などでは,一酸化炭素中毒が生じることが想定されるが,一酸化炭素は分子量が大気と余り変わらない.それゆえ,一酸化炭素ガスの塊に突然囲まれる恐れがある.よく言われるが,一酸化炭素は無色無臭で有毒性が高い.そもそも一酸化炭素は,血液中の赤血球との親和力が酸素の何百倍もあるとされている.更に,一酸化炭素は不安定で二酸化炭素に変化しようとする.そのため積極的に血中の酸素を奪ってしまう.その結果,血液の中の酸素が欠乏することになる.一酸化炭素は,赤血球のヘモグロビンと結合すると赤,オレンジ色になる.従って一酸化炭素中毒を起こすと顔面等皮膚は,通常の真っ白な色ではなく,むしろ真っ赤な状態となる.それゆえ見た目では,一酸化炭素中毒で倒れても酸素欠乏を疑えず,救助に入った人も巻添えになる恐れがある.

熱中症:熱射病,熱性けいれん

狩猟期は秋から春にかけての比較的涼しい期間であるので,あまり熱中症の心配はいらないが,駆除などは夏場でも行われる.山の中は案外蒸し暑く,作業中に熱中症になる危険性は高まることが予想される.熱中症については既にマスコミなどでも話題になるため,ご承知な面もあるかを思われるが,あえてここにまとめてみたい.
高温で過ごす際に体はいろいろ反応するが,その結果,障害が発生した際を広い意味で熱中症と呼ぶ.程度は軽度から,重傷・重篤まで幅広く存在するが,時に死亡することもある.呼び名として,やや軽いものは,熱失神・従来からよばれる日射病,けいれんを伴うと熱けいれんとも呼ばれる.
公益社団法人全日本病院協会のホームページに熱中症の対応については判りやすく掲載されている.これを転載する.まずは,現場で対応できるのか,救急を直ちに呼ぶべきなのかを判断する必要がある.症状によって熱中症の程度は以下の三段階に分けられる.

Ⅰ度:現場での応急処置で対応できる軽症
……立ちくらみ(脳への血流が瞬間的に不十分になったことで生じる)
  筋肉痛,筋肉の硬直(発汗に伴う塩分の不足で生じるこむら返り)
  大量の発汗
Ⅱ度:病院への搬送を必要とする中等症
……頭痛,気分の不快,吐き気,嘔吐,倦怠感,虚脱感
Ⅲ度:入院して集中治療の必要性のある重症
……意識障害,けいれん,手足の運動障害
  高体温(体に触ると熱い.いわゆる熱射病,重度の日射病)

熱中症は重症軽傷に拘らず軽視せず対処・治療を始める.まず現場では涼しい場所へ避難し,衣服を脱衣させるなりして体を冷やす.可能な際は,水分・塩分の経口摂取から開始するが,意識障害・ショック時は躊躇せずに緊急搬送する必要がある.救急車両が到着する間は,嘔吐が生じる可能性もあるので,決して傷病者から離れてはいけない.必ず誤飲・誤嚥に注意した体位をとる.
また熱中症を予防する4つの基本を心がけてほしい.それは,1.暑さを避ける,2.服装を工夫する,3.水分補給,4.体力づくりである.最近は軽トラックでもエアコンが装備されるようになってきたが,作業の合間は充分に涼んでほしい.山の作業では無闇に肌を露出するわけにはいかないので,暑い日は15分ごとに休憩時間を取る,作業時間を削減するなどの工夫をして対処する.また冷やしたタオルや冷媒などを使って調整する.服装の通気性を考えると,案外下着をつけたほうが涼しい.シャツが汗でぬれたままだと,皮膚からの熱の放出が悪くなるので,着替えを用意しておいて,こまめに下着だけでも着替えることが良い.
水分補給は必要だが,コーヒーやお茶類のカフェインは利尿効果があるので補給には適さない.また喉の癒しにアルコールを飲んでも同様に利尿効果が働いてしまうために,水分が奪われてしまう.水よりも味のある麦茶のようなものの方が,飲みやすくミネラル成分も適度に摂れるのでおすすめである.
日ごろから山で作業している方々なので,特に問題はないとは思うが,春の季節の変わり目や寝起きは汗腺が活発に働かず,汗をかきにくくなっていることがある.作業前にラジオ体操などのような簡単な準備体操をしてから業務に入るなどの工夫も必要である.

■ 狩猟者に関係のある感染症

破傷風

日常の些細な外傷や刺創でも起こる.発病すると死亡率はまだ高く,集中治療室でも死亡率は数%位ある.感染は嫌気性菌の破傷風菌Clostridiumtetaniによる.この細菌は土壌や汚泥中,動物の腸内に含まれていて,空気に触れると芽胞を形成して休眠状態になる.感染する場合は,芽胞の状態で体内に傷口などから取り込まれると適正温度の33~37℃前後になるために,血中内で発芽する.その後神経毒テタノスパスミンを血中に放出することで罹患者の筋肉がこわばってくる.
神経障害が強く,まず初期症状は歯や首筋がこわばる.次第に全身に広がって致死する.初期症状の判断では,口が開けにくくなることは知っておくべきである.予防接種や治療法が確立しているので,山での作業をする場合は,少なくとも2回の予防接種(破傷風トキソイド・ワクチン)をすべきである.3回目の接種で5年程度は発病阻止レベルの抗体が維持される.外傷を受けやすい職業の捕獲の担い手は,5〜10年ごとに追加免疫をすれば,より安心である.

動物から感染する病気

外傷の代表として,哺乳動物の咬傷はしばしば見受けられる.咬傷では,種々の細菌感染が考えられるが,治療の基本は,1.デブリドメント:傷の汚い部分をメス等で取り除き,新鮮な創部を残す外科的処置のこと,2.洗浄する,3.汚染原因となる物質(銃弾・泥・木片など)をしっかり除去する,ということとなる.以下に節足動物を含めて,幾つかの感染症を説明する.

狂犬病

狂犬病は,日本には現在存在しないが,世界的にはほとんどの国・地域で存在する.また犬以外の動物,アライグマ,ネコ,オオカミ,コウモリなどの幅広い動物種で発生する可能性がある.狂犬病は,発症までいくと必ず死ぬことになる.しかし,動物に噛まれた直後に狂犬病ワクチンを接種しても助かる.なお発症するまでの期間が長いのが一般的なので,海外で万が一動物に噛まれた際は,長期の滞在ではなければ,日本に帰国後ただちにワクチン接種をすることで対応できる.

バリアント・クロイツフェルト・ヤコブ病

動物の肉を食べたことで人が感染する病気の中で怖いのはいわゆる「狂牛病」である.人間の感染症名は「バリアント・クロイツフェルト・ヤコブ病」と呼ばれ,初期には抑うつ,無関心などの精神症状が現れる.記憶障害なども生じることがあり,症状はゆっくりと進攻する.最終的には歩行が難しくなったり,認知症同様の症状がでるようになる.脳を調べるとスポンジ状になっている.ご存知のようにこれは感染性タンパク質,異常プリオンによるものである.一般的には同症状の牛肉を食べて半年から1年ほど経って発症し始めると考えられている.この病原性タンパク質と同様のたんぱく質が野生のシカで発見されており,シカの感染症名は慢性消耗病と名付けられている.現状では充分な証拠はないが,シカの異常プリオンでも感染が起りうるのではないかという示唆はされている.耐熱性の感染症ではあるが,生食ははるかに危険になるので,シカ肉は充分に熱をかけた料理で食べるよう心掛ける.

腎症候性出血熱

ハンタウイルスによる感染症である.ドブネズミなどの駆除を行う際に注意する必要がある.ネズミをはじめとしたげっ歯類の尿糞中にウイルスが入り込んでおり,それを呼気などから吸い込んだり,尿などで汚れた場所を素手で触ったまま食事をして経口感染したりする.倉庫などの掃除をしてネズミの糞を見かける際は,この感染症が存在することを念頭に入れて処理する.
発症した際,発熱と筋肉痛などインフルエンザと同様の症状を示す.腎臓を始め内臓からの出血が引き起こされ,蛋白尿がでる.死亡率は1.0~15%で,国内でも死亡例がある.野生のネズミにもウイルスを持ったものがあり,ネズミの駆除などを行う際は決して素手で作業を行ってはいけない.

節足動物媒介感染

蚊・ブヨ・ダニ等によっても多くの疾患が媒介される.国内ではかつて日本脳炎が問題化していて,家畜の豚や人間の子供が犠牲になった.水田の水管理法が変わって,中干しをするようになってから,蚊の数が一気に減少し,更に豚へのワクチンが進んでから急激に日本脳炎感染者数は減少した.しかし,現在も散発的に日本脳炎の患者は確認されている.ウイルスが神経細胞をターゲットに増加するため,非常に重篤になる上,回復後も後遺症に苦しむことになる.たかが蚊だと思わずに,虫よけなどの対処はしておいた方が良い.
また,近年はマダニ感染症が色々と知られてきた.1986年に発見された日本紅斑熱や1996年に見つかったダニ媒介性脳炎,最近騒がれている重症熱性血小板減少症候群(SFTS)など.いずれも致死率は10%程度に高く,狩猟者には身近な感染症だといえる.防御するには,ダニに刺されないようにすることが大切である.マダニは捕獲している獲物などに普段は寄生しているので,獲物を捕獲した後は,現場で殺虫スプレーをするなりしてできるだけ家や解体施設にマダニを持ち込まないような対応が必要である.
なお,野兎病(やとびょう)は一般的に節足動物媒介感染症に区分されるが,この病原体である細菌のツラレミアFrancisella tularensisは,芽胞を形成する好気性桿菌であり,ダニを介さなくても感染する能力がある.傷口がなくても皮膚から浸食できる事から,肉の生食はもちろんのことだが,調理中に感染することも考えられる.実際に,猟師の妻がウサギを自宅でさばいて感染したのではないかと見られる事例が複数報告されている.ウサギだけでなく他の動物でも感染する可能性はあるので,ジビエなどの肉利用では肉片に切り分けても熱をかけるまでは必ず手袋をして調理することが必要である.

寄生虫類

顎口虫症(淡水魚他),肺吸虫症(モクズガニ,淡水産かに,イノシシ他),横川吸虫症(淡水魚等),アニサキス(サバ,イカ,他),フィラリア病など,多種ある.その中でも特に狩猟者が気をつけるべきはエキノコックス症である.現在エキノコックスは愛知県知多半島で保護された野良犬で確認されており,北海道だけの感染症ではなくなっていると考えるべきである.エキノコックスは,ネズミの肝臓などに棲みついていて,そのネズミを食べたキツネや犬などが罹患して,その糞便から感染が人へくると考えられています.ネズミや犬・キツネを生で食べても感染します.しかし,一般的には糞尿に汚染された井戸水や沢水から感染します.山で作業中に生水を飲まないようにすることが大切です.

アナフィラキシーショック

アナフィラキシーショックであるが,油断すると簡単に命を失いかねない.アレルギーの一種であるが,花粉症や食事後の蕁麻疹の多くとは大きく違って,かなりの強い危険性を伴うものである.硬い言い方としては,個体が抗原感作された後に抗原に再接触された際に発生する即時型反応で,特に注意を要する状況である.
例えば,一度蜂毒(スズメバチ)に刺された後体が覚えていて,再度刺された際に物凄く強く反応してしまう.その結果ショックを起こし,緊急治療が必要となる.集中治療を受けることが最も好ましいが(図2),困難な際に備えて自己注射が認められている.これは,劇薬でもあるエピネフリン(アドレナリン)を使用する方法である.商品名としては,エピペンと呼ばれている.しかし,重ねて忠告するがエピネフリンは劇薬であり,不用意に使用するのは危険なので,事前に使用可能であるかについて医師の判断を求めるべきである.

■ 雷と救護ヘリ

電撃症と雷撃症

強い電流に触れた際の一種の熱傷が「電」撃症で,雷に打たれた際を「雷」撃症という.
診断自体は比較的容易と思われるが,電流が心臓を通過する際は心停止を来すことが多いようである.特に雷撃症では瞬間的に極めて高圧な電流が流れる.やけどと類似の症状を示す.また心停止を来す可能性が高いが,心停止には,心室細動と心静止があり,これらの治療方針は異なる点もある.心停止時は,直ぐ周囲にいるバイスタンダーによる心肺蘇生が必要となる.しかし,十分,二次災害に注意して行うこと.いずれにしても,心マッサージは行うが心室細動時は,もし除細動・カウンターショックの機器(AEDなど)が準備されている場合,カウンターショックを行う.
なお電流は,深部に及ぶ(血流・神経等が通過しやすいとの説もある)ので,もし軽いと思われても,緊急搬送が必須である.

溺水

溺水
溺水による心停止の際は,肺に水が,入った状態と,反射的に喉頭が閉塞した状態があり,いずれにしても心肺蘇生を可及的に迅速に行う.低体温状態での溺水では,かなりの数十分の心停止でも,回復したという報告もあり,特に小児でみられるようであるが,水につかった状態では,心肺蘇生は試みる価値があるようである.

ヘリによる搬送

ヘリによる搬送を経験した人は多くはないだろうが,万が一山の中で事故がある場合は,ヘリコプターによる搬送もありうる.ヘリコプターは決して乗り心地の良いものではないので,その点はご理解いただきたい.以下に,中越地震で救助されたご年配の女性とのやり取りをメモしたものを紹介する.

(簡単なトリアージを兼ねてインタビューをする)
当方 「元気かい?どっか痛いとことか,ぶつけたとこはない?」
女性 「疲れた・・・大丈夫かな・・・」
当方 「大丈夫そうだね・・・でも大変だったね・・・」
(ストレス対応も兼ねて・・・元気づけようとして)
女性 「・・・(無言)・・・」
当方 「地震で,(おそらく家も),周りも壊れて,逃げられなくなって.怖かったろうね」
女性 「怖かった・・・」
当方 「いっぱい怖かったろうけど,もう大丈夫だよ.でも何が一番怖かったかな教えて」
女性 「ヘリコプターが一番怖かった・・・」
当方 「地震も怖かったよね…」
女性 「うん,でも,やっぱりヘリコプターかな・・・」
(以上原口)

■ ストレス解消のために

作業上のストレス対策

健康を維持するための大前提は感謝の気持ちを常に持ち続けることである.比較的順調に物事が進んでいるときに人はある程度,穏やかな気持ちで過ごせるだろうが,一旦,物事が希望したように進まないと,人によっては欲求不満を感じた末に,怒ってしまうこともあるだろう.そのような場合は感謝の気持ちを忘れてしまっている状況であろうが,怒りによって,自律神経系の交感神経系を優位に機能させる血中のアドレナリン濃度が上昇するといわれている.高血圧や動脈硬化の原因ともされ,不整脈や狭心症,心筋梗塞の原因の一つとされる.怒りは,冷静さを失わせ,暴力的になって時に人を傷つけ,他人を害してしまうこともある.冷静さを失っている最中に集中力が途切れて事故が引き起こされることもありうる.これも安全維持には負の要因であることは明白と思われる.

精神的なストレスは日ごろの解決できない問題や不安のことをさす.それが心の中で風船のように膨らんでいくことによって,ほかの事が考えられない状態に陥る.より悪く進むと鬱状態になってしまうこともある(図3).ストレス解消方法の一つにマインドフルネスというものがある.最近は会社などでも実施されるが,ヨガなどを行って瞑想し,心の中を真っ白にして不安からの解放をする方法である.しかし,小さな事業所や狩猟の現場では,「さあ瞑想しましょう」と言われても若干不自然になってしまうかもしれない.しかし,心の中を整理するということが大切である.
そこで推奨される事項は,職場も含めて身の回りの整理整頓する気持ちを普段から持つことであろう.物事の後始末をきちんと行うことや書類の整理,その他の職場の人間関係についての采配,適材適所等の人事も当然,含まれる.個人的には身辺の環境を整えるという行為を通して,自分の心の中を整える作業がパラレルにシンクロして進んでいると考える.また,身辺の環境が整理されている度合そのものが,心の中の整えられた状態を外在化しアセスメントできる一目瞭然の指標と考える.そのため整理整頓は心の平安を保つ良い方法で,メンタルヘルスの維持に直結する対策として推奨される.また整理整頓の際に,一つ一つの手順を,きちんと,かつ,丁寧におこなうことによって,さまざまなアクシデントやインシデントの対策になりえるし,万が一,アクシデントが生じた際の,初期対応のための準備としても普段から整理整頓をこころがけていると比較的容易に初動操作に移行できると思われ,やはりストレス対策の基本中の基本と考える.
まず基本を踏まえたうえで,朝礼の際に,感謝の気持ち,ありがとうという言葉の由来を再確認して,簡単な整理整頓の時間を5分間からでもシェアしていくことから是非とも取り組んでみることを推奨する次第である.
(以上千葉)

引用文献
Leonard MH: The solution of lead by synovial fluid. Clin Orthp 64: 255-261, 1969
Windier EC, Smith RB, Bryan WJ, et al: Leadintoxication and traumatic arthritis of the hip secondary to retained bullet fragments. A case report. J Bone Joint Surg 60A: 254-255, 1978
武内惇,宮内裕,沼田一:両下肢切断を要した鉛中毒の1例.整形外科20:744-748,1969
長江大介,新井寧子,古内一郎他:副鼻腔および眼窩における弾丸異物の2症例について.耳鼻咽喉57:303-308,1985
金井尚之, 会田征彦, 星野正己, 執行友成, 原口義座, & 小池荘介. (1998). 多部位の損傷を来した散弾銃創の 1 例. 日本臨床外科学会雑誌, 59(6), 1685-1690.

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