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エマニュエル・トッド(その一)



《家族の類型、分類から世界を見る》

人類が作り上げてきた社会の構造を観察すると、現在、209か国の国家が集合体として一つのまとまりを形成し、この地球星に人類世界を構築している。

この世界の始まりは、国家ではなく、言うまでもなく、国家を形成する基本的ユニットの家庭であり、家族という心情的な絆で結ばれた愛と思いやりの人間関係(心情共同体)である。

この当たり前の基本的な事実の重要性を理解した上で、人類社会が抱えている様々の問題をえぐり出し、考察する手法を人々に示したのが、エマニュエル・トッドである。

エマニュエル・トッド(1951-)はフランス人であり、人口統計学者、歴史学者、人類学者として知られているが、彼は、徹底的に人口統計を用いる観点から世界各国の特徴的な家族類型を明らかにして、世界の諸問題解決の糸口として活用してきた。

トッドによると、世界の諸民族、諸国家の家族構造の類型は、およそ、七つの分類が可能であるということになる。

七つの分類とは、

①「権威主義的家族(直系家族)」、子供のうち一人が跡取りとなり、全ての遺産を相続する家族制度であるため、父母の権威とその下にある子供たちの不平等を認めなければならない。

②「平等主義核家族」、子供たちは成人あるいは結婚後に独立した世帯を持ち、遺産相続は兄弟間で平等に行われるので、親子関係は自由主義的で、兄弟関係は平等主義的になる。

③「絶対核家族」、子供たちは独立していくが、遺言によって遺産相続が成されるため、平等というよりもむしろ親の意思が相続を決定する。故に、親子関係は自由主義的だが、兄弟関係は、能力、資質など、それぞれ違いがあり、平等ではなく差異主義的な発想を容認する。

④「外婚制共同体家族」、子供は成人・結婚後も親と同居し続けるため、家族を持つ兄弟同士が一人の父親の下に暮らす巨大な家族形態となる。遺産は平等分配で、父親は権威主義的に存在する。

⑤「内婚制共同体家族」、主として、アラブ、イスラム圏に見られ、いとこ婚を許容するイスラム教教義から来る家族形態で、自らの地域を拡大する傾向、帝国化の傾向が生じやすい。

⑥「非対称共同体家族」、インド南部のカースト制を支える家族形態で、母系的内婚が優先され、父系では内婚が禁じられている。女性の地位が比較的に高く、識字率も非常に高い。

⑦「アノミー的家族」、東南アジア諸地域や南米のインディオに見られる家族形態であり、親子関係と兄弟関係が共に不安定であるため、人々は共同体主義と個人主義の間で揺れ動きながら暮らしている。そのことは、その国の政情不安にも直結することになる。

以上の七つの家族の類型をエマニュエル・トッドは示した。


《ロシアは権威型、ウクライナは自由を好む核家族型》

例えば、プーチンは「ロシア人とウクライナ人の一体性」を述べ、ウクライナ戦争の正当性を主張するが、ウクライナ人は「自分たちはロシア人とは違う」と言う。

ロシア人は権威主義的家族の傾向(集団行動的)を有し、ウクライナ人は平等主義核家族の社会(自由行動的)を形成しているので、核家族的なイギリス、アメリカ、フランスに近いと見られる。

家族人類学から見ると、ロシアとウクライナは同じではなく、明らかに違いが存在する。無理やりに統合しても、トッド流に言えば、うまくいかないということになる。


《ソ連崩壊を1976年に予言したエマニュエル・トッド》

エマニュエル・トッドは、1971年から1975年まで、英国のケンブリッジ大学で学び、Ph.D.の学位を取得した。

1976年(トッド、25歳)に発刊した『最後の転落』(La Chute finale)は、衝撃的なデビューの著作となった。

その理由は、ソビエト連邦の崩壊を人口統計学的な手法で予想したからである。この著書の15年後に、ソ連は実際に崩壊したのであった。

人口統計は、嘘をつかないというのが、トッドの揺るぎない確信である。

経済統計などは、不確かで、嘘が混じっていることが多いと見られるが、人口統計は噓をつかないので、人口の動態や家族形態などを正確に捉えていけば、その国の未来がどうなるか予測できると、トッドは見ている。

1976年の時点で、ソ連崩壊を明言した人物は、世界的に見ても、ほぼいない状態であった。

当時のフランスの状況は、ソ連では全体主義に順応した新しいソビエト的人間が生まれ育っているので体制崩壊はないと見る向きが広がっていたから、トッドの予測は妄言に過ぎないと一蹴されたのである。

しかし、トッドは、ロシア人女性たちが識字率の上昇後には、出産率が下がるという人類の普遍的傾向に従っていること、さらに、通常は医学の進歩によって下がり続けるはずの乳児死亡率が、ソビエトでは1970年から上がり始めたことを指摘した。

「出産率の低下」「乳幼児死亡率の上昇」によって、ソ連は、「人口減少」のゆえに、その体制が最も弱い部分から崩れ始めると主張し、ソ連の未来はないと予測したのである。


《中国が米国を凌ぐ大国となり、世界覇権を握ることはあり得ない》

現在、中国の台頭著しい流れと米国覇権の漸次的な沈下が論じられ、米中二極化の中で、中国と米国の覇権の逆転がやがて起きるだろうと見る人々も少なくないが、トッドの見方では、決してそんなことは起きないということになる。

中国では、10年に一度、国勢調査が行われている。それが、2021年5月に公表された。

その発表によると、2020年の合計特殊出生率は、1.3人という衝撃的な数値で、非常に低い出生率であったが、もともと、一人っ子政策を採ってきた中国であるが、2016年、その政策を変更し、二人目を認める方針を打ち出した政府であった。しかし、出生率の向上は見られない。

女性一人当たり、2.0人の出生率でなければ、その社会は現状の人口規模を維持できず、数十年後、国家は多大な影響を蒙るというのが、一般的な見方である。

出生率1.3人は、中国の人口規模(14億人)から考えて、少子高齢化が急速に進むとなれば、人口の減少を他国からの移民で補うなど、とてもできるものではない。

しかも、出生率の男女比であるが、106人(男子)対100人(女子)が世界の平均通常値のところを、現在の中国では、118人(男子)対100人(女子)という異常値である。出産を担当するところの女子不足である。

これは、必ず、将来の人口構成に大きな歪みをもたらす。

さらに、2021年国勢調査の結果発表は、どこまで信頼できるのか、その発表が手こずり、遅れたことなども考えると、現状はもっと酷いかもしれないという疑いもある。

中国の経済統計は全く信頼できないと言われる中、人口統計も嘘をついているかもしれないとなれば、世界覇権に向かう中国など、考えることもできないというのが、トッドの中国観である。

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