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柿の種(メープル味)との攻防

つまるところ人生とは、なかなかうまくはいかないもので。

メープル柿の種、という謎めいた商品の存在をご存知だろうか。
通常の柿の種のファンを躊躇なく奈落の底に叩き落とすようなケーキのような甘ったるい芳香を放ち、甘ったるい味のなかに柿の種としてのプライドを感じさせるささやかな塩味をプラスした、絶妙なしょっぱ辛さが魅力……と言えなくもない、そんな柿の種。
一言でいうと、なにがしたいのかよくわからない中途半端な味の柿の種だ。
そんなメープル柿の種は、自宅付近のそこそこお得なスーパーで見切り品として売られていた。一袋255グラムの大容量にもかかわらず78円という破格のお値段。
姑息にも「メープル」という柿の種と相容れない言葉はパッケージ裏面に潜んでいた。そのあまりにもささやかで控えめな警告をまんまと見落とし購入してしまった粗忽な己が身を、その後1ヶ月にわたって恨むことになろうとは、その時は知る由もない。

帰宅してウキウキしながら袋を開けた次の瞬間、私の部屋はむせ返るような甘い匂いに占領された。柿の種から発せられる匂いとはにわかに信じられないほどの匂いに、一瞬ドッキリでも仕組まれたのかと思った。
ぎょっと部屋を見渡しても、約20日後に賞味期限を迎える255グラムもの柿の種が一袋、私の目の前で口を開けているだけだった。

怪訝に思いながらパッケージの両面を熟読し、ようやくこの柿の種の正式名称が「メープル柿の種」であることに気がついた。

チョコレートでコーティングされた柿の種が売っていることは知っている。ザラメがけの柿の種が売っていることも知っている。
しかし。メープルは違う。断じて違う。これは柿の種と一緒にしちゃいけない匂いがする。


とはいえ、絶対においしく完食したい。貧乏のプロを自称する私のささやかな矜持を守るためにも。

……かくして私とメープル柿の種との闘いの火蓋が切って落とされた。
生食(?)するとケーキでも食べているのではないかと錯覚しそうなメープルの香りとほんの少しのしょっぱさにメンタルをやられるので、そのままおやつとして食べるのは早々に諦めた。

柿の種クッキングの第一弾は、焼きそば。砕いて焼きそばに混ぜてしまえばソースが匂いを消してくれるのではないかと期待したからだ。残念ながら予想以上にメープル臭はしつこく、私は絶望しながら甘い香りの焼きそばを啜った。

一番の問題は香りである。そう再確認し、湯をかけてメープルの香りが飛ばす作戦に出た。
結論から言えば、これはかなりうまくいった。
お昼ご飯におすすめなのは柿の種茶漬け。
玄米ご飯の上に梅干し、鰹節、軽く砕いた柿の種を乗せ、その上からお湯を注いだものだ。湯がかかった瞬間、柿の種は断末魔のメープル臭を撒き散らしながらシュワシュワと呪詛を吐き、30秒後には完全に沈黙した。
口に運べばあら不思議。アラレのような香ばしさがクセになる美味しいお茶漬けの完成だ。
そこはかとなく室内に漂うメープル臭を嗅いだ先輩が、「あら、誰かケーキ食べてるの?いいわねぇ〜」と華やいだ声を上げる。「いやいや実は、これなんすよ」と弁当箱を見せたところ、匂いとのギャップにドン引きしていた。先輩は何粒か口に放り、「匂いと味と柿の種って商品との間に差がありすぎて不味い」と顔をしかめていた。
うーーむ。
私も最初はそう思っていたのだけれど。最近ちょっと愛着が湧いてきちゃったんだよなぁ。

夜ヘトヘトで帰宅し作るのは、柿の種のお味噌汁。
作り方はいたってシンプル。お椀に味噌と鰹節とわかめと柿の種を入れてお湯をかけて混ぜるだけ。洋菓子のような香りを最後の抵抗のように撒き散らしながら、柿の種はお湯をたっぷりと吸ってお麩のようにふわふわになる。
湯を通した瞬間は匂うものの、食べるときの後味には影響しないとわかってから、昼・お茶漬け、夜・お味噌汁の一日二回の柿の種消費が習慣になった。

いっそのこと甘いほうに寄せてみようとデザートにも挑戦した。コーンフレークの要領で砕いた柿の種にヨーグルトを絡めてみる。ザクザク食感とメープルの香りの面目躍如だ。これもけっこうおいしい。というか、現状ではもっともオリジナルの持ち味を活かした食べ方である。

先輩に相談したところ、「砕いてパン粉代わりにしたらよいのでは」とアドバイスされた。しかしながら揚げ物なんてするゆとりなんて、当然我が生活にはない。
とはいえ残りの約半分もお茶漬けとお味噌汁にして食すのはさすがに飽きそうな予感。

今こそ、知恵と勇気が試される時だ。

お読みいただきありがとうございました😆