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脚本の冒頭公開「母は冷たい女だった。」|#39『ピース・ピース』札幌演劇シーズン2024-冬

2024年1月27日(土)〜2月3日(土)に上演される弦巻楽団#39『ピース・ピース』。札幌劇場祭TGR2022で大賞&俳優賞をダブル受賞した本作を、早くも札幌演劇シーズンで再演します。

本作では、「母」と「娘」を巡る3つの物語が3人の俳優によって演じられます。彼女たちの口から語られる「母」の姿は、『冷たい女』、『弱い女』、そして——。

作品の魅力を多くの方に知っていただけるよう、脚本の冒頭を公開!観劇前にぜひお読みいただき、舞台を想像しながらお楽しみください!

公演概要
弦巻楽団#39『ピース・ピース』
日時:2024年1月27日(土)〜2月3日(土)
会場:生活支援型文化施設コンカリーニョ
料金:一般3,000円、25歳以下2,000円、高校生以下1,500円
詳細:https://tsurumaki-gakudan.com/39peacepiecelp/


第一話 『冷たい女』

舞台には3脚の椅子と、3つの靴が置いてある。
明かりがつくと、3人の女性が入ってくる。
3人とも裸足で、手には本を持っている。
女2、靴を履く。
女1、本を開き、次の小説を読み始める。
朗読に合わせ、女2は「母」を、女3は「娘」を演じる。

 母は冷たい女だった。といっても、虐待を受けたりしていた訳ではない。むしろ外から眺めていた人たちからすれば、母の印象は全く逆だろう。笑顔を絶やさない、愛想の良い、かと言ってでしゃばり過ぎることのない、安全に付き合える隣人。娘に優しい良き母。そんなところだろう。

 実際母は優しかった。過保護と言っても良いかも知れない。一人娘の私に、ありったけの愛情を注いでいた。ように見えた。欲しいと口にしたものは、ほぼ、まあ経済的に無茶じゃない範囲で買ってもらえた。小さい頃、私は周りの友達によく羨ましがられた。

「しほちゃんはなんでも買ってもらえて良いなあ。」
「私、しほちゃんの家に産まれたら良かった。」

 ほんの少し、私自身そう言われて得意になっていた。悪い気はしない。

 私のわがままはなんでも聞いてもらえた。私のおねだりに父が反対しても、母は必ず救援に回ってくれた。

「あなたは女の子ってものを全然わかっていない。女の子にとって、とても大事なことなのよ。」

 そう言われると父は引き下がるしかなくなり、私のおねだりを聞くしかなかった。おかげで色々買ってもらった。「ラブアンドベリー」のカードゲーム、ドールハウス、かっこいい自転車、『名探偵コナン』、それも全巻。『ゴルゴ13』、それも全巻。正直、女の子にとってとても大事なものなのかどうかは、私には自信がなかった。そうやって父を思いのままに動かす母を見ても、私がおねだりをする相手は常に父だった。どうしてかは分からない。でも無意識に、私は大事な、大切な気がする話はまず父に話していた。

 母はよく遊んでくれた。母はドールハウスで人形遊びをする時が一番楽しそうだった。「勉強をしなさい。」と言われた覚えはほとんどない。小学校に上がりテストであまり芳しくない成績の答案、いや、芳しくないって言っても、0点とかじゃないですよ。50点とか、そんな点数だったと思います。その50点の答案を見せても、母は怒ることはなく、少し困ったような「しょうがないわね。」といった笑い顔で、私の頭を撫でた。私は許されてほっとするよりも、何か諦めているような、私のテストなんかには最初から期待していないと言った感じの反応が、怖かった。

 私は、母の反応を探りたくて、どこまで酷い点数だったら怒られるか試してみることにした。40点。

「しょうがないわね。」

 35点。

「しょうがないわね。」

 20点。

「しょうがないわね。」

 なかなか敵もしぶとい。私は、うっかり高得点を叩き出すことがないようにこっそり猛勉強した。算数の練習問題を何度も反復し、繰り上がりの落とし穴に落ちないように慎重になった。特に6と7の足し算は注意が必要だ。悪い成績を取りたいなら適当に書けばいい、と考えるのは素人だ。小学生の算数なんて整数を書いておけば偶然正解してしまう。私はすべての正解が分かった上で、どの問題だけ正解しておくか、そして前回より確実に下回る点数になるか、高度な計算をしてテストを受けた。17点。絶妙だ。私は担任から回答を受けとった瞬間ガッツポーズをした。

 しかし、帰宅した私に母が向けた反応は全く同じだった。

「しょうがないわね。」

 ……しょうがない? 一人娘が算数のテストでどんどん酷い成績を叩き出しているのに、しょうがないで済ませるのか? 

 もちろん学校では私は噂の算数バカになった。「しほは算数ができない」と言うのがクラスの定説となった。みんな私が給食当番になるとちゃんと配膳されるのか不安になった。担任は私に「もっとお家でも復習しなさい。」と厳しく言った。しかし私は諦めなかった。よし、0点だ。0点をとってやる。しかも分からなくて匙を投げた0点じゃない。全力で取り組んだ、テストの端に計算式まで書いてすべての解答欄を埋めた渾身の0点だ。バカだ。この解答を見たらあの母も気色ばむだろう。動揺を見せるだろう。私は回答を受け取り、顔色を変える母を想像し、テスト中笑いが止まらなかった。クラスメートはそんな私を恐れた。

 テストはもちろん0点だった。私は笑いで震える手を押さえながら受け取った。母よりも先に担任の顔が真っ青だった。

 お母さん、ごめんなさい、一生懸命頑張ったけれど、0点だった。

 そう告げたら母はなんと言うだろう。怒りはしないだろう。けれど流石に何かアクションを起こすのではないか。「どうして分からなかったの? 一緒に算数の復習をしようか?」そう言ってくれるかも知れない。私はドアを開け、母の元に一番に駆けつけテストを見せた。


続きはぜひ劇場でお楽しみください!




弦巻楽団#39『ピース・ピース』

舞台には3人の女優。かわるがわるそれぞれが「母」について語り、少し奇妙な、しかしありふれた母と娘の姿が描かれる。
彼女たちの口から語られる「母」の姿は、『冷たい女』、『弱い女』、そして——。
「母」について語り、同時に「母」を演じる3人の女優。
母として、時に娘としてそこに現れる彼女たちの姿から、母から娘へ引き継がれる祈り、願い、あるいは呪縛を描きます。モノローグのような、ダイアローグのような、そこにあるのは不思議な心の安らぎ。

脚本・演出 弦巻啓太からのメッセージ
自分はあと数年で50歳になります。これまでたくさん脚本を書いてきました。これまで鍛えてきた「自分の書き方」から離れ、新たなことにチャレンジしようと思い、急遽生み出されたのがこの『ピース・ピース』でした。近年の「自然な会話劇」に違和感を感じ、ではどんな会話劇が今現在に有効なのかを模索し、『ピース・ピース』はまず戯曲ではなく「小説」として執筆されました。それを解体しながらもう一度演劇にしていったわけです。
なぜわざわざそんなことを?もちろん、観客の皆さんとより深く舞台を共有するためです。観客の心の奥に響くことを願い、語りながら演じ、演じながら語る、モノローグのようなダイアローグのような舞台が生まれました。
観る方ひとりひとりの心の中に、それぞれ違う母の姿が浮かび上がる筈です。

出演

赤川楓
佐久間優香
佐藤寧珠

日時

2024年1月27日(土)〜2月3日(土)

1月27日(土)18:00
1月28日(日)14:00/18:00
1月29日(月)19:30
1月30日(火)19:30
1月31日(水)19:30
2月1日(木)19:30
2月2日(金)19:30
2月3日(土)14:00/18:00

※全10ステージ
※上演時間は約70分を予定
※開場は開演の30分前

会場

生活支援型文化施設コンカリーニョ
札幌市西区八軒1条西1丁目 ザ・タワープレイス1F(JR琴似駅直結)
TEL 011-615-4859
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料金

前売・当日ともに
一般:3,000円
U-25:2,000円
高校生以下:1,500円

チケットのご購入
ローチケ(Lコード:10051)
道新プレイガイド
・札幌市民交流プラザチケットセンター
・セコマチケット(セコマコード:D24012702)

ご予約(当日清算)
https://ticket.corich.jp/apply/287364/

その他お得な回数券もあり! 詳細は札幌演劇シーズン公式サイトをご確認ください。

スタッフ

作・演出:弦巻啓太
照明:手嶋浩二郎
音響:山口愛由美
舞台美術:藤沢レオ
楽曲提供:橋本啓一
宣伝美術:むらかみなお
制作:佐久間泉真 ほか
主催:札幌演劇シーズン実行委員会、演劇創造都市札幌プロジェクト、北海道演劇財団、コンカリーニョ、BLOCH、札幌市教育文化会館(札幌市芸術文化財団)、北海道立道民活動センター(道民活動振興センター)、北海道文化財団、ノヴェロ、札幌市
後援:札幌市教育委員会、北海道新聞社、朝日新聞北海道支社、毎日新聞北海道支社、読売新聞北海道支社、日本経済新聞社札幌支社、HBC北海道放送、STV札幌テレビ放送、HTB北海道テレビ、UHB北海道文化放送、TVhテレビ北海道、STVラジオ、AIR-G’エフエム北海道、FMノースウェーブ、FMアップル、三角山放送局、北海道
連携:札幌国際芸術祭実行委員会

お問い合わせ
一般社団法人劇団弦巻楽団
メール:info@tsurumaki-gakudan.com



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