見出し画像

読後の愚考 #2 【タコピーの原罪】

苦痛への対処について

しずかちゃんの場合、愛犬チャッピーを可愛がることで癒しを得ていた。チャッピーが父親との唯一の繋がりだったことも重要である。しずかちゃんは母親のネグレクトや学校でのイジメを受けている。愛する存在と繋がりを感じることが彼女の苦痛への対処法だった。

まりなの場合、しずかをイジメることで溜飲を下げていた。家庭崩壊の原因は父の不倫であり、しずかの母親(風俗嬢)との関係を持っていることが分かっている。しずか本人に原因が存在しないことはまりな自身理解している。気晴らしの暴力が彼女の苦痛への対処法だった。

東くんの場合、勉強を頑張ることで母親からの期待に応えようとしていた。優秀な兄と比較されて育ち、母親に失望されている。兄に劣等感を抱いている。失った信頼を回復するため母の愛情を受けるために、東くんは勉強を頑張っていた。しかししずかちゃんという期待をかけてくれる第三者が現れ、母からの期待を埋め合わせることができた。つまり本来の目標から逃げ、別の目標に取り組むことが彼の苦痛への対処法となった。いずれにせよ他人から与えられたものであることは変わりない。

そしてバッドエンド

しずかちゃんはチャッピーが保健所に連れていかれたことで自殺を図り、まりなは暴力の因果で殺され、東くんは「殺人罪を被る」というしずかちゃんの期待に応えるため少年院へ送られた。

愛する存在がいなくなることは耐えられないから無くて良い。暴力は自分に返ってくるからやめよう。誰かの為に生きると身を滅ぼすから自分の為に生きよう。という作者の考え(自己防衛の心得)がここに反映されている。

タコピーの役割

タコピーはしずかちゃん、まりな、東くんという絶望の淵に立っている3人をバッドエンドから救う為に奮闘する。ただし、ハッピー星から来ているので道徳心は持ち合わせていない。(仮にタコピーに道徳性があったとしても、非道徳的な本作品の状況において効果は無かっただろう)

結果としてハッピー道具で問題の解決は出来なかった。山田玲司氏も指摘しているがアンチ-ドラえもん思想であり、ハッピー道具は便利さで幸せな解決ができるという狂った理想論を示す象徴として描かれている。

彼らは何に救われたか

タコピーは最後に命をかけたタイムリープを発動させる。タイムリープ後の世界では、しずかちゃんとまりなは友達になり、東くんはお兄ちゃんと仲良くなった。これによりバッドエンドは回避された。

彼らの絶望的な環境が変わった訳ではない。ただ理解者ができたのだ。3人の共通点としてタイムリープ前はタコピー以外に悩みを打ち明けられる人が存在せず、孤独だった。孤独が不幸に追い打ちをかけていた。苦しみを話せる相手が彼らに救いを与えたのだ。

「タコピーの原罪」というタイトル

キリスト教での原罪は神に背いて犯した罪であり、禁断の果実を食べたことを指す。本作品における神はハッピーママであり「異星人の手に道具を委ねてはいけない」という掟をタコピーが破ったことが原罪だとする解釈が可能である。つまりしずかちゃんに「仲良しリボン」を渡したことを原罪とする解釈だ。ただこの後しずかちゃんは自殺を図り、タコピーが時間を巻き戻したため無かったことになっている。

ハッピーママは「ハッピー道具を使ってあまねく宇宙にハッピーを広める」ともタコピーに教えている。しかしタコピーはハッピーカメラでまりなを撲殺している。人殺しは恐らくアンハッピーな行為であり、神の掟を破った。タコピーの殺人を原罪とする解釈だ。このときハッピーカメラは壊れて時間を巻き戻すことができなかったため、確定した原罪である。

タコピー自身は原罪を気にしておらず、目の前の人間をハッピーにすることに注力している。本作品の綺麗な点は、タコピーが死ぬことで原罪を償う(無かったことにする)ことと3人をハッピーにすることの両方を達成しているところだ。見事にタイトルを回収している。

現実世界で苦しむ人へ

事前情報を全く知らずに本作品を読み始めた。途中までタコピーはしずかちゃんのイマジナリーフレンドで日頃の悩みを打ち明ける存在なんだろうと読んでいた。タコピーが東くんに認識されるまでしずかちゃんの空想の生き物なのだと考えていた。作品中では実態の伴う存在だったが、我々が生きる世界においてイマジナリーフレンドとしてタコピーを出現させることは悪くない。

脳内にタコピーを住まわせて「そだっピか」「ピ!?」「無理っピ」と言う人がいても不思議じゃないし、タコピーのぬいぐるみを買って日頃の悩みを打ち明ける人も出てくるだろう。「タコピーの原罪」を読んだ我々には苦痛の緩衝材としてのタコピーがいる。生きよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?