僕が麻雀をやめるまで-メンバー始動編-

前回はこちら

なんだか書いてみたらすごく長くなってしまったので、分けることにしました。

今回は前編です。

※このnoteはフィクションです。
※今回、数字が沢山出てきます。数字アレルギーの方は程よく読み飛ばして結論の部分だけご覧下さい。


前回のあらすじ

社会人をやめて、雀荘通いにあけくれる日々。
ある日雀荘に張り出されたメンバー募集の掲示を見て、貯金が底を突きかけていた僕はメンバーとなる。
麻雀歴2ヶ月の僕は、果たして生き残ることが出来るのか.......。


2019年6月

晴れてメンバーになることが出来た訳だが、当然問題となるのはここからだった。

勤務形態は12時間勤務の2交代制。
時給960円、ゲーム代バックなし、福利厚生も特に無し。
今考えれば、とんでもないブラックである。普通のバイトとしても最底辺だろう。大人しく大学時代に働いていたマックに出戻りでもすればよかったと、今なら思う。
ちなみに、雀荘メンバーでない人の為に説明すると「ゲーム代バックなし」というのは、メンバーが麻雀を客と打つ(本走という)時に、通常通りゲーム代とトップ賞が発生するということである。

仕事で麻雀をしているのに、だ。

これは現代にまで残り続けてしまった麻雀業界の悪しき風習の一つではあるが、実際のところゲーム代を全額バックする店の方が珍しいと思う。
半額バックや条件付きバックの店はあるが、それも店にとっては実は大きな負担になっている。

ちょっと計算してみよう。

メンバー3人、客1人という状況で5時間で8半荘行ったとすると、ゲーム代400円として

400円×4人+トップ賞200円=1,800円

が1ゲームの収入となるので、これが8回で

1800円×8回=14400円

となる。

対して、メンバー1人の時給が960円、これが毎時3人分発生するので

960円×3人×5時間=14,400円

となる。

14400円(収入)-14400(支出)=0円

差し引きは当然0円だ。

そう、実は店側に利益が一切発生してないのである。

もっと厳密に言えば、ドリンクやら電気代やら水道代やらの諸経費の分赤字である。
5時間店を開けてるのにも関わらず、卓が立ってるにも関わらず、だ。

ここから、もしメンバーのゲーム代を全額バックすると.......もう計算はいらないだろう。大赤字である。

というわけで、余程の繁盛店でもない限り、ゲーム代バックなんてものは存在しないのである。

まぁこの辺は店によって違うので、暇な人は麻雀王国の求人募集でも覗いてみると良い。
覗くだけにしておきなさいね、しくじり先生との約束ですよ。

社会人の皆様に置かれては「給与を上げろ」と申し立てたら「お前の働く場所がなくなってもいいなら上げるけど?」と、なんとも反論に困る皮肉を上司に言われた状況を想像してもらえばほぼ相違ないだろう。

まぁゲーム代バックはともかくとして、当時はあまり考えたこと無かったがちゃんと法定労働時間超過と深夜勤務の割増ってされてたんだろうか?紙面やWEB上での給与明細がなかったからよく分からないけれど、それさえなかったとすればブラック超えて黒一色である。

いやまぁ、一応関東圏内10店舗くらいはあるチェーン店だったから、その辺はしっかりしていたとは思うが.......今となっては、真相は闇の中だ。

閑話休題。

メンバーになって最初の1週間は、とにかく仕事を覚えるので精一杯だった。
卓掃、ドリンク出し、灰皿交換、接客、ゲームシート、そして本走。

特にゲームシートの記録が苦手だった。
僕の働いていた店では、全席の着順を記録していたため、ゲームが終わると「着順を穴ポコからの席番号で読み上げる」という事をしていた。

穴ポコとはアレだ。自動卓の真ん中にある、牌を落とし忘れた時につまんで蓋を開けるアレである。

自動卓に空いている穴のある席が1番、そこから周り順に2、3、4と席番号が振られていて、たとえば3番の席の人が優勝したとすると「ご優勝3番様、おめでとうございます」となる。
続いて、2着が1番席、3着が2番席だとすると。
「周りが3番から3、1、2、ラストです」と読み上げる。
で、ゲームシートには席順にそってお客様の名前が書いてあるので、それを聞いたメンバーが着順を記録する。
こうやって文章で書いててもいまいち伝わりにくいと思うし、とにかくこれが苦手だった。完璧にできるようになるまで1ヶ月くらいかかった。

ゲームシートを除く接客に関する部分は、前述の通りマクドナルドでバイトしていたこともあってそこまで苦労はしなかった。

そして問題の本走である。
本走については、規則という程ではないが、その時シフトで入っている人の中で1番手、2番手、3番手と決められていて、僕は麻雀の勉強も兼ねてとりあえず1番手にさせられた。
なので、本走の機会は同時間帯の他メンバーに比べて1番多かった。といっても、始めて当分の間は早番だったので、一日の本走回数は多くて10回、平均すると7回くらいだったと思う。

さて、肝心要の成績であるが。



それはもう負けた。

僕こそが早番の養分であったわけだ。

雀荘メンバーは、そもそも自分の好きなタイミングで本走に入れる訳では無い。日によっては、12時間打ちっぱなしなんて日もあった。
時間が経てば経つほど、集中力は落ちていくし、疲れが溜まっていく。そんな状況で、しかも初めて2~3ヶ月の初心者がまともに麻雀を打ち続けられるわけがない。
当時はちゃんと成績を自己管理していなかったから分からないが、多分平着2.6~2.7と、酷い成績であったことは間違いない。

かのMリーガー、佐々木寿人をモデルにした『真剣 実録!!フリーで1000万貯めた男』という漫画がある。


寿人が仙台で麻雀に出会ってから、プロを志すくらいまでの数年間の物語を、あの「ヒサトノート」を混じえながら追っていく。

この漫画の中に、寿人が新宿のピン東メンバーとして働いている時、当初は麻雀の下手な客にいちいちキレていた寿人が、このままではいけないと「感情を殺して麻雀を打つ」という話があり、そこでこんな台詞が出てくる。

「オレたちメンバー稼業は体力との戦いでもある。常に全力を.......なんて競技麻雀みたいなこと言ってられないんだ」

当時この漫画を読んでいれば、まだ多少、心の持ちようは違ったかもしれない。
読んでたとしても、初心者の頃の自分が何も考えず、感情を殺して牌効率と感性に従って打つことができたとは思えないが.......。

一半荘、一局、一打に思考と感情を乗せて麻雀をしていた当時の僕にとって、麻雀に勝てないことは何より辛く、日に日に心は憔悴していった。

そんな感じで、働き始めて最初の1ヶ月は、あっという間に過ぎていった。

さて、お待ちかねお給料日である。

ここでまた、簡単な計算をしてみる。

1日12時間勤務、大体週4でシフトに入ると、月16回出勤になるから

960円×12時間×16日=184,320円

これが僕の月給になるはずである。

ここから、本走に入る回数に応じてゲーム代400円とトップ賞200円が引かれる。

1日7本くらいが平均だったと思う。月112半荘の計算だ。

112半荘×400円=44,800

トップ率は分からないが、当時の雀力から仮に20%で計算すると。

112半荘×20%≒22トップ

22トップ×トップ賞200円=4,400円

これを給料から引くと

135,120円

「なんだ意外と貰えてるじゃん」

と、思うかもしれない。

7月中旬、給料日当日、僕の口座に振り込まれた実際の給料は7万円程だった。

麻雀で6万円以上負けてるのである。

それも、月の後半は給料が残るよう本走の2番手、3番手に置いてもらっていて、だ。
まぁ、何となく予想はしてたが、予想以上に金が手元に残らなくて、かなり落ち込んだ。
というか、生活にならない。
当時住んでいたアパートは家賃63,000円だったから、家賃を払ったらそこで終わりである。携帯代も払えやしない。
まだこの時はギリギリ貯金があったから凌げたが、翌月からはそうはいかない。

とりあえず、当初予定していた近所の居酒屋のバイトを応募してみることにした。
特に問題もなく、面接には合格。
すぐに働き始めることとなり、メンバー2ヶ月目からは掛け持ちの生活が始まった。

その居酒屋は雀荘の目と鼻の先にあり、以前1度だけ行ったことがあった。日本酒と季節の手作り料理を提供する小さな店で、雰囲気の良い店だ。
当時はよく、個人経営の小さな居酒屋を探し歩いたり、路地裏にあるやってんだかやってないんだか分からないような喫茶店に行ったりしていたので、純粋にこの居酒屋の雰囲気は好みだった。

居酒屋初出勤の日。
僕は開店前の居酒屋に訪れると、オーナーが出迎えてくれた。
出勤初日の僕に、1時間早出して色々と教えてくれることになっていたからだ。


「ウチの店では、まず出勤したらここの社訓を読み上げて貰います」

そう言って、オーナーは店の奥に掲示されたポスターを指さした。

そこには「お客様は神様です」的なこととか、「できない、じゃなくてやらないだけ」的なことが10箇条ほど書かれていた。

Holy shit.


なんてこったい、ここもブラックか。

外見は小ぢんまりとした10席程度の小さな居酒屋、その実周辺に5店舗程を経営する地元じゃそこそこ大きい規模の飲食店経営会社の系列店のひとつであった。
しかも、シフトによっては系列店にヘルプで出される可能性もあるとシフト当日になって急に言われる。
ちなみに、系列店といえどイタリア料理やら串焼き屋やらバルやら、店ごとにジャンルもメニューも店名も違う。ここでの仕事は、他店では何も通用しない。

えっ、普通に僕はこの店でしか働く気は無いですけど?と言いたい僕に釘を刺すかのように、社訓が書かれたポスターが視線の先にある。

「できない、じゃなくてやらないだけ」じゃないんだよ。聞いてねぇんだわ。

とどめを刺すように、系列店全従業員が参加するLINEグループにぶち込まれ、趣味とか特技とかチャームポイントとか5項目くらいの自己紹介の記載を命じられる。

初日にぶっこみすぎなんだわ。

そういうのはこう、少しずつ露呈することで「あれ?ウチの店もしかしてブラック?」って気づいていくんであって「いや、気のせいか。こんなにアットホームな職場だもんね」ってさせるんよ。
社訓音読、初耳勤務形態、社員は家族って、初日からやりすぎだろ。天和黒一色だよ。テンプレ使って雑なブラック作りゃいいってもんじゃないでしょうが。

僕はもうこの時点で長く続けられないだろうなとは薄々感じながらも、それでもとりあえずバイトはしばらく続けた。

仕事は主にホールスタッフなので、特に問題もなくそつなくこなす。厨房に立つ機会は無かった。この店のオーナーが「男子は料理とかしないから包丁持たせられない」などと宣う前時代的な思考のオバサンだったせいもあるが。

雀荘のシフトは週3程度に減らしてもらい、代わりに夜勤が増えた。今思い出したが、そういえば夜勤手当は出ていた気がする。

給与的には、1回のシフトが長い雀荘の方が良いに決まっているが、麻雀で負けて給料が残らないのでは話にならない。

この居酒屋もブラックだなんだとは言っているが、なんと働いたら働いただけ給料が出る。

給料が減らないのである。麻雀をしないからだ。

いや、めちゃくちゃ当たり前の話だが、当時の僕はこれにめちゃくちゃ感動した。

ただ、シフトが1回4時間週2回程度だったので、ここの給料は月4万円ほどと、かなり心許なくはあった。

そうして7月を終える。

僕の手元に残った給与は「合わせて」8万円程度だった。

次回 「僕が麻雀をやめるまで-京都編-」に続く。

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