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短歌拾い読み(島木赤彦の歌)

こんにちは。

毎度お世話になっております。つるです。


天気予報の通り、

今日より雨が降り出しています。

1週間ほどつづく、と人より

お聞きしていますけれども、

本当だろうか。


外出が困難になりそうです。


今回の記事ですけれども、

以前に古書店で買っておいた、

歌集を拾い読みしたものを、

私なりに鑑賞してみたい旨の記事です。


歌人は、島木赤彦で、

歌集は、ちょっと難しい漢字の

タイトルですけれども、

『 柹蔭集 』(しいんしゅう)です。

どうも遺歌集のようです。

大正頃の出版物のようです。

三百十八首、収められています。


それより、四首採り上げて、

見てみたいと思います。

段は、

『 峡谷の湯 』と標していて、

前書き(詞書)に、


馬上程遠し。

ここは八ヶ岳の裾野なり。

地高くして秋冷早く至る


とあります。

秋冷は、あきびえ、とでも

読むでしょうか。

秋の深まる前、

旅の途上で詠まれたでしょうか。


なぜ注目したのかは、

馬に乗って旅をする、

という点に惹かれたためです。


わが馬の歩み自ら止まりて野中の萩の花喰ひにけり

(わがうまのあゆみおのずからとどまりて

 のなかのはぎのはなくいにけり、

 と読むでしょうか)


シンプルな情景描写と思いますけれども、

穏やかな臨場感がとても伝わって来ます。

やっぱり、歌も、

外へ出て詠むべきものだなあと

思ったりいたしました。


字余りも、

大自然の大らかな気分を表しているように

感じられて、すてきです。


萩は、名前にはよく聞いたことが

ありますが、

どのような花でしょう。

秋に咲く花なのでしょうね。

勉強不足でお恥ずかしい。


馬の一連の動作が、

一首を読むテンポと、

よく同期している感じもまた、

感じ入るところです。


萩をもっと知れば、

より感じ入る歌と見ることが

できそうです。


野苺の赤き實いくつ掌にのせて心淸しく思ひけるかな

(のいちごのあかきみいくつてにのせて

 こころすがしくおもいけるかな)


とても素直な詠みぶり。

旅の楽しい気分が、

こぞって伝わって来る感じがします。

作者の清らかな心まで、

見えてくるかのようです。


野苺の赤實の珠は露をもてり心鮮けき光といはむ

(のいちごのあかみのたまはつゆをもてり

 こころあざやけきひかりといわん、

 ほどの読みでしょうか)


こちらの歌は、

まばゆいばかりに美しい歌。

大きく字余りですけれども、

却って、格調さえ思わせる感じです。

「光といはむ」に、

とても気持ちが乗っているように、

思われます。

私は、ほっとため息がこぼれそうです。


山の上に殘る夕日の光消えて忽ち暗し谷川のおと

(やまのへにのこるゆうひのかげきえて

 たちまちくらしたにがわのおと、

 と読みますでしょうか。

 上、と、光、の読みが難しいです)


これも、情景がありありと浮かんできます。

夕日の光が消えると、そうですね、

確かにたちまち暗くなる。

あるいはぞっとするまで。

暗くなって谷川も見えづらくなり、

その音のみが聞こえてくるかのような、

歌の末尾にも、

少なからず感じ入るところです。



たまたま手に取って、

買っておいた歌集なのですけれども、

とても勉強になる一冊です。

島木赤彦は、名前だけは

存じ上げていました。


改めて作品を読むことで、

達者な方とお見受けしました。


馬上の旅と思えば、

今現代を生きている私からすると、

憧れなども感じないではありません。


それでは、今回の記事はこれまで。

お読み下さります方へ、

感謝申し上げます。

一旦、失礼いたします。


(引用 

 歌集 柹蔭集 島木赤彦 岩波書店 )


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