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つるの日記その156

こんばんは。

毎度お世話になっております。つるです。


ヘッダー画像に使わせていただいています、

Uchuu さんへ感謝しつつ。


今日は、

いつもの短歌詠みに加えて、

ショートショートも一本

書きましたので疲れました。

一日のほとんどを眠っておりました。


パソコンの前に座っているにも、

どうにもお腹が空いていたのですけれども、

買っておいた、ざる蕎麦と

助六寿司をこたつテーブルまで

持って来る気力さえありませんでした。^^;

創作活動継続のためには、食べないと。

その一念で先ほど食べ終えて、

あと片付けをしました。

満たされたお腹のエネルギーを使って、

この日記を落ち着いて書けています次第です。


ともかくも短歌。

口語で詠むか、

文語で詠むか、

まだ悩んでいます。


口語(現代語)で詠むのは、

自分(作者)の気持ちをストレートに

表現するのに、

とても向いていると思います。

たびたび採り上げています、

萩原慎一郎さんの歌集、

『滑走路』を読むにつけ、

つくづく思うところです。

けれども、

細やかな情景描写には、

あまり向いていないような

感じもします。


一方、文語で歌を詠みますと、

感情表現も情景描写も、

叶う、歌の大きな器を感じます。

しかしながら、

今では使われない言葉の表現のため、

現代を生きるには、

いささか分かりにくい印象を

お伝えしてしまうきらいがあります。


敬愛する萩原慎一郎さんは、

文語体もよく勉強された上で、

口語短歌を詠まれました。

私もその路線は悪くないと

思っています。

けれども、

私自身の表現とはまだ成っていない

ところです。


note では、基本的には

文語体で詠むよう、

努めています。

やはり、古(いにしえ)の

文芸文化は、無視できません。

一生、勉強しても

足りないでしょう。

また、分け入れば分け入るほどに、

その歌の奥行き、文化の底力、

大いなる文化背景を

感じずにはいられません。

理解すればするほど楽しい。


それをふまえつつ、

今を生きているみなさまに、

届く短歌を詠みたいものです。


(文語短歌一首)

明朝は陽が射すかなと思はばや

この月夜して何も望まず


(口語短歌一首)

半月を過ぎて思うは半分の

光の余りきみを映すよ


即興で詠んでみました。

欲を言えば、

どちらも詠めるようになりたいですし、

萩原さんがお詠いになられたように、

現代語と文語をうまくミックスした、

短歌にも挑んでみたいと

思いました。


思考は、まだしばらく

継続しそうです。


それではまたの更新まで。

ご無事をお祈り申し上げます。

どうぞご自愛の日々を。


        つる かく

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