小説『 真珠の少女 』(1517字)
洞爺湖には白鳥が居るらしい
良馬は、
妹から聞いたような話を
おぼろげに思い出しながら、
鞄に荷物を詰めていた。
春めいた朝の五時前、
仕事へと向かう折に
ふと思い出したこの事も、
家から出かける段になると
すっかり忘れ去っていた。
辺りはまだ真っ暗な町並を、
人影も無い道のりを、
いつもの通勤路である
川沿いの道へと向かった。
ふと、空に光るものを見つけた。
一瞬、飛行機の光かと
思ったのだが、どうも訝しい。
東の山の上に、
爪が光っているように見えた
それは、
よくよく考えて月だということに
気が付いた。
「一日の月だあ!」
生まれて初めてみる一日の月だった。
三日月や、二日の月とは
言うけれど、
一日の月もあるのだと、
今更ながら、というか、
五十歳を手前にして
初めて見るのだった。
朔日の月。
今日は、三月一日である。
良馬は、月に釘付けになりながら、
人通りのほぼ無い川沿いの道を
真っすぐに歩いた。
桜並木の道である。
何度見ても新鮮な輝きだった。
「月って、こんなに光るのか。」
報われない光。
一瞬、良馬の心にそんな言葉が
よぎった。
月は、太陽の光が反射した光だ。
太陽が無ければ、その存在を
見せられない。
何だか切ないなあと、良馬は
思った。
でもそのあまりに輝く月光は、
太陽の光以上に、
心に来るものがあった。
「俺もそうだな。
自家発電できるようなもんでも
なし。誰かのおかげで
生きていられる。」
さあ、今日はどんな一日が
待っているかな。
早朝から吉兆を感じた月を
見て、良馬は気分よく
最寄り駅へと歩を進めた。
桜並木の川は、
ゆるやかに、暗い水面に
きらめきを散らしながら
流れている。
川は約束されている。
どんな環境、状況になっても
状態変化できるから。
良馬は、毎日仕事に出掛けて、
この川を見ている。
頭では理解していなくとも、
心の奥では、
ある種のこの世界への信頼を
ひとつ、置いているかも
知れなかった。
『 確実な 』ものを礎として。
良馬は電車に揺られていた。
女性とは不思議なものだなあ。
過去に、ネット上で
付き合った女性の事を
思い出していた。
はっきりと年齢は
聞かなかったが、およそ
良馬よりずっと年配の女性だった。
プラトニックな恋に
終わったのだった。
メールアドレスまでは
聞き出せたけれども、
現実に会うは叶わなかった。
彼女は、
自分の心の奥を真珠に例えて
いた。
良馬は、何となく
彼女の心の奥に踏み込めなかった。
会って話をして、少しずつ
彼女への理解を深めたかったが、
彼女は躊躇する素振りを見せた。
繊細な女性で、
真珠の子は、一度傷つくことで、
親の貝へと成長する、
そんなようなことを言っていた。
良馬のある一言が、
彼女にそう言わしめたのだった。
ありがとう、と感謝されて、
却って、
近づき難い存在になってしまった。
彼女は、
自分の年齢を
気にしているらしかった。
良馬との年齢差にも
躊躇しただろうか。
ネット上でのお付き合いは、
極めてピュアなもので、
二人の幻想的な関係と
雰囲気を作っていた。
お話が尽きたところで、
互いの恋は終わって
しまったのだった。
姿形は見えなかったけれども、
交わした言葉は
確かに恋をしていた。
良馬は残念だった。
お互いに好意を持っていても、
どうしようもない恋も
あることを知った。
良馬は、しばらく
過去の恋にたゆたっていた。
たしかに。
『 好き 』でいられる時間が
つづくのは心地いいものだった。
然し。
次に出会える女性が
現れるとしたら、
今度は、それとなく
お茶にでも誘ってみることから
始めてみよう。
良馬の考えが一段落した
ところで、
電車は次の駅に到着する
ブレーキを掛け始めていた。
洞爺湖には白鳥が居るらしい
良馬の妹は、
その近くに住んでいたことが
あったらしかった。
(おわり、全1517字)
☆
『 あとがき 』
お世話になります。
noter つる と申します。☆
普段は、俳句を詠む人です。^^
小説は、最近トライし始めています。
noter であり、絵師さん、
清世 さんの
立ち上げなさった企画に
応募させていただきます。☆
企画内容につきましては、
以下のリンクにて。
清世 さんの絵を元に、純粋に
小説なり、詩なりを書いちゃおう、
という企画です。
お遊びだけど、真剣にって
感じでしょうか。^^
小説は、書き始めて間もないので、
拙い物で、読み辛いところも
多々あるかと思われて、
恐縮ですけれども、
楽しんで書くことが
できました。
書き終えてみますと、
ぎりぎり下限1500字を
越えていました。安堵。^^
それでは、応募いたします。
どうぞみなさま、
よろしくお願い
申し上げます。☆m(_ _)m
みなさまのご無事と
ご自愛のほど、
お祈り申し上げます。
しばらくです。☆
つる かく🍂
お着物を買うための、 資金とさせていただきます。