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恋人にならなかった人

なんでこの人と付き合ってないんだろうなあ、と思う人はいるだろうか。私にはいる。
以前、男女の友情について書いた人と同じ人だ。

なぜ付き合わなかったか、に対する答えは案外シンプルで、恋愛感情を抱かなかったから。もっと平たく言うと、「性欲を感じなかったから」なのだと思う。

(特に女性は)実感がある人も多いと思うが、付き合ってはいない相手から、これは自分のこと好きなんだろうな、という恋愛感情としての好意や、このあとセックスする流れになるんだろうな、という性欲を向けられると、かなり敏感にそれを感じ取れるんじゃないかと思う。でも、彼からそれを感じたことがないし、私も彼に対してそう捉えられるような行動を意識してとったことがない。

だけど、彼は今まで出会った人の中で最も私と似ている人だと思う。良き理解者、と言ってもいい。

もうかれこれ10年来の友人になるのだが、仲良くなったきっかけは、大学1年のときに短期留学に一緒に行ったことだった。15人くらいで同じ留学先だったのだけれど、夜みんなで寮の共有スペースに集まって飲んでいたとき、彼と2人で「今この瞬間、ゾンビパンデミックが起きたらどうするか」というアホすぎる議論で話が大いに盛り上がり、気がついたら朝になっていた(他の人たちは段々と離脱して各々の部屋に帰っていった)。

その後も定期的に遊んだりしていたが、その2年後にお互いヨーロッパに長期留学をしたので、よく彼が私の留学先に遊びに来ていた。一緒に旅行もしたし、とあるアーティストのコンサートも一緒に行った。学生でお金がなかったからというのもあり、旅行のときは2人で同じ部屋に泊まったりもした(流石にツインベッドだけど)。でも、何もなかった。

留学が終わりかける頃、日本食に飢えていた私たちはロンドンで焼肉を食べた。しばらくの間焼肉はおろか、白米すら食べていなかったことも相まって、久しぶりに食べたそれは、文字通り涙が出るほど美味しかった。そして、未だにその感動を超える焼肉に出会っていない。それは彼も同じで、一緒に焼肉を食べる度にこの思い出話をする。

帰国してからも、お互いの就活を手伝ったり、明日の朝早いからと大学近くの彼の家に泊めてもらったりして、サークルの友人以外ではたぶん、1番長く一緒にいた人だと思う。

卒業してからも、1ヶ月に1回のペースでご飯を食べに行っていたし(私も彼も美味しいものが好きなので、社会人になり使えるお金が増えたのをいいことに美味しいお店開拓をしていた)、買い物をするときも良く一緒に行っていた。

というか、彼と私は趣味が似ているのだ。80年代ロックが好きなこと、UKブランドの食器やファッションが好きなこと、料理が好きなこと、でもあまりお酒は飲まないこと、ボードゲームが好きなこと、カラオケが好きなこと、コーヒーより紅茶が好きなこと、お互い子供を持ちたいと思っていないこと。好きなブランドはPaul smithとMHL。財布は色違いのEttinger。

だから彼と一緒に出かけるのが楽しかった。「みてこれ可愛くない?」と言えば、必ず「え、それすごく良い!可愛いね」と返事が返ってくるし、買った洋服を自慢げに着ていけば、「めちゃめちゃ可愛い!センスいいね!」とお互いを褒めまくるやりとりを息をするようにできるから。

彼の家にあるものは、どこで買ったものか知っているものがたくさんある。というか、私と一緒に旅行したり買い物をしたりしたときに買ったものだ。冷蔵庫に貼ってあるたくさんのマグネットとか、海外のご当地スタバマグとか、かわいい色のお皿とか、お気に入りのコートとか。

どうしてそこまで気が合うのに、恋愛感情をもたなかったのかなあ、と思う。私は関係性が深くて、お互いのことをよく理解している人のことを好きになるタイプなのに(デミロマンティック、というらしい)。
彼は彼で、学生時代は恋愛の話なんて一度も聞いたことがなかったから、よほど恋愛に興味がないか、もしかしたらゲイなのかも、くらいに思っていた。(そしてそう思っていたのは私だけではない)
だから、端から私の恋愛対象リストから外れていたようにも思う。

…いや、一度だけ、2人の関係が変わりそうな瞬間があったのかもしれない。
ある夜、2人でご飯を食べたあと、ライトアップされた運河沿いを歩いていたとき。夜の魔法で、目に映るもの全てがキラキラして見えて、まるで映画の中にいるような気がして、このまま夜が終わらなければ、どこまででもいける気がした。彼も同じように思っていて、「帰りたくないね」「そうだね、どうしよう」と言って、次の言葉を探るように見つめ合った。たぶん多くの男女なら、どう考えてもキスするだろうという雰囲気。


でも、彼はしなかった。私がどうするのかを待っていた。
私も、相手が彼じゃなければ間違いなくキスをしてた。キスをして、「このままもっと一緒にいたい」とか言ってた。でも、私もそうしなかった。
代わりに、「やっぱり帰ろっか」と言った。

キスをして、手を繋いでもう少し歩いて、そのまま彼の部屋に行ってセックスをすることくらい、自分の家への帰り道を思い出すより簡単に想像できた。でも、彼は私の大事な、大事な友達なのに、そんなことでよくいるセフレに成り下がりたくなかった。彼をその辺の結局セックスがしたいだけの有象無象と一緒にしたくなかった。そうすればきっと、この先も私たちはずっと特別な友達でいられると思った。距離が近かったから、大切になりすぎてしまったのかもしれない。「家族みたいな人だから」というやつなのかも。
彼の真意は定かでないけれど、別にこの選択自体は間違っていなかったと思う。今でも後悔はしていない。おかげさまで(?)、その後も彼とは良い友達でいられている。


そんな彼は、明日結婚指輪を買いに行くらしい。

なんだよ、ちゃんと恋愛してるじゃん。ちゃんと結婚しようとか思ってるんじゃん。
あの日、ゾンビの話で盛り上がった夜から、随分と遠くまで来てしまったように感じる。10年もあれば当然といえば当然だけれど。

「やたら彼氏のことを知ってる感を出してくる、彼氏と距離の近い女友達」の害悪さはよく知っているので、そんな女にならないように、もう随分2人だけでは会っていない。大人になってから留学した街に行ったら絶対楽しいよね、一緒に行こうね、なんて言っていた話は、もうきっと叶わない。

彼とは、友達の距離でいたほうが1番居心地が良いのは分かってる。それでも、「男女が一緒に生きていく」未来が、結局恋愛関係しかないのなら、そして彼と私がそういう関係になったとしたら、きっと2人で選んだお気に入りのインテリアで部屋を飾り、「こっちのほうが美味しくできたもんね!」なんて言いながら一緒に料理をして、休みの日は友人を呼んで遊んで、子供は持たずに2人で仲良く、親友みたいな関係でいられたのだろうか。私のこと、本当にずっと、ただの友達としか思ってなかったのかなあ。
「おかしなこと言ってもいい?僕と結婚してくれ!」
「もっとおかしなこと言ってもいい?もちろん!」って一緒に歌ったのにね、私たち。(あれ、アナとハンスだからだめだったのかな…)

いつまでも特別な関係でいられると思っていたけれど、変わらないものなんてどこにもないのだ。
それなら、いくつにも分岐したパラレルワールドのどこかで、彼と私が一緒にいる世界があってもいいんじゃないかな、なんて思ってしまう。

彼には、絶対に内緒だけどね。

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