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【論文紹介】実子誘拐犯の特徴、連れ去りにあった子の長期予後について

はじめに

また論文紹介になります。前半では実子誘拐犯の特徴を、後半では連れ去りにあった子の長期予後を検討しているものを紹介します。
紹介する論文は米国で2001年にJR Johnstonらによって発表された「Early Identification of Risk Factors for Parental Abduction」という論文になります。直訳すると「実子誘拐の危険因子の早期発見」というタイトルです。本文は下記から参照できます。

https://www.ojp.gov/pdffiles1/ojjdp/185026.pdf


この論文では過去の4つの先行論文から実子誘拐の危険因子を検討しています。最初に行われた研究はInger Sagatun- Edwards(1998)らによって行われたもので、1987年から1990 年にかけて、カリフォルニア州の2つの郡の地方検事が開設したファイルから、634件の親による子の奪取事件を調査したものになります。2番目はMartha-Elin Blomquist(1998)が、1984 年から1989年の間に、カリフォルニア 州刑法の3つの条項のいずれかに違反し 、親子誘拐の罪で逮捕された950人全員の州全体の犯罪歴記録のデータを調査したものです。3つ目の研究はJanet Johnston (1998c)が、「文書調査」で使用された地方検事の記録から無作為に抽出された50の誘拐家族から70人の親に詳細な面接を行ったものです。3つの先行論文で6つの実子誘拐犯のプロファイリングが可能になり、4つ目の研究ではそのリスクがある人を対象に10時間のカウンセリング群と40時間のカウンセリング群に分けて介入し、その後を比較検討したものになります。

実子誘拐犯の特徴

3つの先行論文から実子誘拐には以下のような特徴がありました。
(長いですが実子誘拐被害者の方はものすごく共感できると思います。)

・誘拐された子はほとんどが未就学児(だいたい1人)
・誘拐犯は20代半ばから30代が多い。
・実親が多いが祖父母や義理の親が行うこともある。
・母は裁判の結果が出たあとに実子誘拐をしやすく、父は判決前にしやすい
・父は武力行使で子供を奪ったり、面会交流後に返さないパターンが多く、母は連れ去ったり、交流を拒否するパターンが多かった。これらは母が通常監護をしている割合が多いことを示している。
誘拐犯の約半数以上が貧困で、無職、未成熟(仕事の専門性がないという意味だと思います)、低学歴であった。また親権を主張して裁判をしている母と比較して、実子誘拐を行う母は無職、公的補助に依存している、養育費を受け取っていないなどの特徴があり、その土地に留まる経済的理由がほとんどなかった。
・人種や民族などにもよって発生率が異なっていた。
・誘拐犯の多くは未婚の低所得者で、パートナーとの付き合いも浅く、親としてのパターンを築いていなかった。また母やその親族は子供は自分達のものであり、父やその親族には監護権も面会権もないと感じていた。
・約25%の誘拐は単独で行ったわけではなく、家族や社会的支援の協力を得ていた。女性の約60%、男性の約40%が実子誘拐について道徳的な支持を得ており、実際に金銭、食事、秘匿場所の提供などの支援も受けていた。
・ネグレクトが立証された申し立てと立証されなかった性的虐待の申し立て数は、拉致家庭のほうが裁判で争っている家庭より多かった。また、拉致親は児童保護サービスや家庭裁判所が自分たちの訴えを真剣に受け止めなかったり、徹底的な調査を行わなかったりしたと主張することが多かった。
多くの拉致家庭ではDVや虐待が認められることが多かった。拉致した母親も置き去りにされた母親も虐待の申し立てを行うことが多かった。実子誘拐をする方もされる方も母親は子を父や配偶者からの虐待から守ろうとしたと主張することが多かったが、父親は拉致するほうもされるほうも母親によるネグレクトから子を守ろうとしたと主張する傾向が強かった。父親は拉致犯でも拉致被害者でもDVや性的虐待で訴えられる傾向が強かったが、誘拐の前後で正式な刑事告訴がなされたという証拠はほとんどなかった。
・親権を争っている親も連れ去りした親も、連れ去られた親も、深刻な身体的暴力を含むDV発生率が高かった。カリフォルニア州では暴力から避難する親に対する積極的な防御策があるにも関わらず、すべてのケースでDVを特定して保護できたわけではなかった。
資力の乏しい親は避難後に滞在場所がなく、DV配偶者の元に戻ったり、避難が裏目に出て別居後も元配偶者の暴力の危機にさらされることもあった。
・一般成人集団と比較して、高葛藤、訴訟家族および誘拐家族は、高いレベルの怒り、協調性の低さ、元パートナーの子育てに対する広範な不信感、感情的苦痛の大きさ、人格障害を示す行動が見られた。このことは、別居や離婚に起因することが多い怒りや腹立たしさは、それだけで誘拐を動機づけるには不十分であることを示している。
・誘拐犯の約半数に逮捕歴があり、連れ去られた親の約40%にも逮捕歴があった。犯罪的監護妨害で逮捕されたうち半数以上に逮捕歴があった。そのうち3割が投獄経験があった。逮捕歴のあるものは女性より男性が多かった。マイノリティな人種が逮捕されやすい傾向にあった。
誘拐犯は自己愛性人格障害や社会病質性人格障害のレベルが高いことがわかった。(やはり!)このような人格障害の人はしばしば法律を軽視し、自分には適用されないと感じてしまうため、簡単に刑事法に触れてしまう。
犯罪的監護妨害で逮捕された者のうち、その後の誘拐で再逮捕された者はわずか10%程度であった。面接調査では、再逮捕の自己申告が30%と、より高い再犯率を示した。この違いは、親が拉致を警察や地方検事に報告するとは限らないという事実によるものと思われる。また、拉致事件と定義する地方検事の基準は、両親の基準とは異なる可能性がある
例えば、非監護親が子どもを返さない場合、地検はその違反を拉致と認識する可能性が高く、監護親が慢性的に面会交流を拒否している場合、その違反を拉致と認識する可能性は低い。(20年前ですが、これは米国でも日本と一緒やんと思ってしまいました…)

6つのプロファイリングとその予防策

これらの論文から連れ去り親には以下6つの特徴が挙げられています。

  1. 以前に子を連れ去ると脅したもしくは実際に連れ去ったことがある場合

  2. 虐待が発生していると疑ったり、信じたりしていて、それを家族や友人も支持している場合

  3. 親に偏執性妄想がある場合

  4. 親が重度の社会病質者である場合

  5. 親が他国の市民権を持っている場合

  6. 親がその土地の法体系から疎外されていると感じ、他のコミュニティの支援がある場合

以下は行動指標と介入方法になります。

法制度の対応

これらの先行論文では地方検事局による介入が大きければ大きいほど子どもの回復が早まることがわかった。
ほぼ半数の子どもは告訴から約2ヶ月以内に、3分の2以上の子どもが誘拐から3年以内に戻ってきた。
子供が連れ戻されたケースの90%は、誘拐した親が犯罪であることを知らされたあと、地方検事局に非公式に解決された。誘拐した親は自分に刑事処分が下される可能性があることを知ると子供を自主的に返還し、家庭裁判所で問題を解決しようとすることが多かった。(やはりこれが重要)
地方検事局が正式に起訴したのは誘拐犯の10%でしかなく、そのうち25%は有罪判決を受けたが収監されず、25%は有罪判決を受け収監され、残り50%は告訴が棄却され釈放された。

そのほかアメリカにおける問題解決の提言や4つ目の論文の話などありましたが今回は割愛させていただきます。興味がある方は是非原文を読んでみてください。


実子誘拐被害者のその長期予後

実子誘拐された子供がその後どうなるかというのはみなさん大変興味があると思います。
実際、日本ではひとり親世帯での非行や自己肯定感の低下など様々なマイナス面が報告されています。そこで実子誘拐された子がその後どうなるか検討した論文をいくつか紹介しようと思います。

この論文は要約しか読めませんでしたが、32人の実子誘拐され、その後元の場所に戻された子を10年間追跡調査したものです。平均誘拐期間は2.7年で、取り戻した後は親との関係は良好で、全体的には満足した生活を送っているという結果でした。しかしながら少数の人は、未だ精神的に苦しんでおり、様々な不調を訴えていたという結果でした。

また2017年に発表された国際的な実子誘拐にあった子のwell-beingについて検討したものもあります。下記はDeepLで翻訳したものです。よかったら見てみてください。長いですが…

この論文は2005年から2014年の間に実子誘拐されたベルギー、フランス、オランダの当時6-18歳だった354人を対象として行われたアンケート調査です。well-beingの内容として情緒的問題、行動的問題、多動性、仲間の問題の4項目で評価されました。
結果
・アンケートに回答した子は平均11.8歳、実際の回答者はほとんど実親
・誘拐後アンケートに回答するまでの平均期間6.3年
・戻った子 179人、解決したが戻らなかった子 155人(計算が合わない?)
・多くの子が5歳以下であった
・元の国に帰らなかった子のwell-beingには、連れ去られた親との接触頻度が関与していた。戻った子は連れ去られた親との接触頻度は関係していなかった。(これはおそらく現在一緒に暮らしているからであろう)
・同年代の子との接触が多ければ多いほど、子供のwell-beingがよかった。
・17パーセントの子が身分を隠していたため学校に通っていなかった。
・ほとんどの誘拐親は逮捕されなかった(86.7%)
・統計学的には有意差がでなかったが、親が逮捕された子はwell-beingの低下を認めた。
・27.5%のケースで子供が帰国時に心理的援助を受けた。援助を受けた子は受けなかった子と比較して著しく良好なwell-beingを示していた。
・もう片方の親との接触はwell-beingに関連していなかった。
・学校での遅れはwell-being低下と関連していた。

この論文のまとめ
・子が幼い場合は実子誘拐の悪影響は少ない。
・主たる監護者が連れ去った場合は影響が少ない。
・退学、留年、転校などは悪影響を与える。
・同年代の子との接触頻度が重要。
・メンタルケアが必要。
・長期になるとむしろ連れ戻さないほうが良いかも。

意外なことに連れ去られても子はたくましくその環境に適応するようです。連れ去られた親にとっては悲しいことですが。あとは当たり前ですけど、親が逮捕されちゃうと子にとっても悪影響のようですね。
ただ問題としては、あくまでアンケート調査でかつ、回答者が親、子の平均年齢が11.8歳、返答率が15%しかなかったので、選択バイアスがかかっている可能性が否定できません。つまり、回答しているのは現状うまくいっている家庭が多く、ネグレクトされていたり、過酷な環境に身を置いていた子は返答しないのではないのかなと思ったり。本当にやばい親はまずこんなアンケートの回答はしないでしょうし、先ほどの論文で出ていたような人格障害のある親はそもそも認知が歪んでいるので悪いことは書かないでしょう。
あとはこれも個人的な考えですが、結局連れ去ったとしても親がまともなら子もまともに育ちますが、パーソナリティ障害があるような親に連れ去られた場合はヤングケアラーになったり、振り回されたりするリスクがあるのではないかと思っています。暴力とかがない状況で、まともな親が本当に連れ去るのかという疑問はありますが…

まとめ

前半部分に関してはざっくり
・実子誘拐犯はパーソナリティ障害や社会病質者の場合が多い。
・学歴が低く、経済的に貧しい可能性が高い。
・その土地にいる経済的理由、感情的理由が希薄なことが多い。
・支援者がいる。
・刑法は抑止力になる。
後半部分に関しては
・早期に戻れば影響は少ない。
・子供が幼ければ影響が少ない。
・同年代の子との関わりが重要。
・学校に行かせなかったり、留年させたりするのは悪影響。
・連れ戻されても中には深刻な精神的ダメージを引きずっている子もいる。
・メンタルケアが重要
・アンケート調査で、回答者が親というところが少し信憑性に欠ける結果になっているかもしれない。
という印象でした。

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