私の不妊治療⑥「社会との溝」

専門クリニックに転院したにも関わらず採卵結果が良好とは言えず、出鼻をくじかれた私は精神的にかなり疲弊していた。

自分にとって妊娠という現実がやってくるのか、未だに見えてこない。
会社では隣の席の後輩が第二子を妊娠していた。
年が近ければ良いな、と思っていた姉の子供や友人の子供がどんどん大きくなっていくのに、未だに何の結果も出せない。
つい先日100万円を突破した治療費が、1カ月後には200万円を突破することになる。

決して裕福ではなく、順風満帆ではなかったけれど、一つの人生としては個性があっていいなくらいに思っていた人生が、急に崩れて、前が見えない。

普通の家族なら新車を買ったり、家を購入する頭金にしたり…家族旅行なら何回いけるだろう。
そんな費用を今、何の結果にも結び付いていない目の前の治療に、私は注いでいる。

Facebookを見たら、高校の友人が3人、連続して子供の写真をあげていた。
Facebookを見て苦しくなったのは初めて。すぐにアプリを消した。
友人のLINEグループも片っ端から抜けた。
甥っ子姪っ子の写真でさえ、心をえぐられ、家族LINEも消した。
母親としての日々を綴った姉のブログも、読めず、ブックマークを消した。

全部全部、自分と違いすぎる。私の人生は、どれだけかけ離れた所に来てしまったんだろう。

みんな何も悪くないのに、妬んで、卑屈になって、なんて身勝手で醜いんだろう。
そんな事は分かってる。
でも私だって好きでこうなっているわけじゃない。
心が、ついていかない。


次の採卵に向けて卵胞刺激をしていた9月、菅内閣が立ち上がり「不妊治療の保険適用化」を実現してくれるという話が出た。
私たち患者界隈では大いに盛り上がった。

もちろん何年も前から不妊・不育治療の負担の現実や支援を訴えてきた人たちはたくさんいたのだけれど、私自身はちょうど不妊治療の闇深さを実体験したところで、タイムリーな話だった。

保険適用になったら患者の負担が減ることは確実だ、明るい話に思われた。


でも一方で、反対意見が余りにも多いことに驚き、落ち込んだ。
顔も知らない他人の声なのに、全てじゃないと分かっているのに、勝手に傷ついた。

あまりにも知られていない、皆何も知らない、と感じた。
もちろん私自身経験するまで知らなかった。
だから皆も知らないはずだ、知らないはずなのに、想像も出来ていないはずなのに、どうしてこんな事が言えるんだろうかという言葉をたくさん目にした。

それこそ友達の妊娠出産を喜べないという真剣な苦しみを「悲劇のヒロインぶっている」というような人も見かけた。
でも聞きたい。これが悲劇じゃなかったら喜劇にでも見えるんだろうか。
何度でもいうけれど私たちは好き好んでこの道を選び、歩いているわけじゃない。

結局「自然妊娠するのが当たり前」な生活を送っている人は気付きもしないし考えもしない。
そこに含まれない人間の実態がどうであるかなんて。


私が体験したことを、実際に目の当たりにしても、不妊患者に金を使うなんて無駄だと、言えるんだろうか、言われてしまうんだろうか。
生殖能力がない人間は欠陥品でしかなく、治す価値がない、廃棄処分品なんだろうか。

私が結婚したのは29歳だったけれど、遅かったんだろうか?
生理不順がある時点で、仕事なんてせずさっさと結婚して妊活に励むべきだったと言われるんだろうか?


社会に認められないというのはこういう事なのか。
自分の力では、どうにもならない事なのに。

自分自身も辛かったし、この偏見の目に晒され続けた人が、何十年も前から、たくさんいることを思うと、とにかく悔しかった。


他人が想像しているよりはるかにたくさんの治療費が必要だ。
テレビ番組で取り上げている体外受精1回30-50万円なんてガセはすぐに取り消してほしい。
もちろん負担は費用だけじゃない、何度病院に行って痛い思いをしているか。
仕事との両立はどうか。
精神的負担はどうか。

嘆いても仕方がないけれど嘆くしかなかった。

治療の負担の日々をTwitterに書き続けたある日、テレビ朝日のアカウントからフォローされ、連絡を受けた。
取材出来ないかと。

私はすぐに受けると決めた。何よりもたくさんの人に知ってほしい。この実態を。
私に役が務まるかなんて考えていなかった。
その時は、一人の当事者として、どんな思いを抱えているか誰かに聞いてほしかった。

平日の夜に長々と電話取材をひとしきり受けた最後に、土曜日に実際に会って話を聞けないかと尋ねられた。
残念ながら私はその日は3度目の採卵手術であり、取材のために自由に割ける時間と場所がないことを告げた。
結果的に、良かったのか、悪かったのか、わからないけれど、手術当日に同行取材を受けることになった。


次回「闘病」

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