退職後の生活を考える

1) 定年後の生活を取り巻く状況
 進む定年延長。その実態は
原則65歳までの雇用を義務付けた改正高齢者雇用安定法の定めに従って、大半の企業は段階的に定年を延長しています。60歳、あるいは60歳前半にしても、定年を境に急に老け込んだり能力が落ちたりするわけではありませんから、基本的には歓迎すべきことでしょう。もっとも、その背景に、人口減少と急激な高齢化によって年金制度が立ちいかなくなった。つまり、定年後、年金受給開始年齢までの収入の途絶を埋める必要があるという現実を知ると、いささか興ざめもしますが。
ともあれ、現在は経過措置として3年に1歳のペースで延びている雇用義務期間ですが、2025年には企業は、希望者全員を65歳まで雇用しなければならなくなるのです。現在多くの企業が労使協定や就業規則などで定めている「60歳」という定年年齢も、「65歳」に書き改められます。
社員にとっては、収入の道が65歳まで確保されるわけですが、単純に喜んでばかりもいられません。過渡期の現在、企業の大半が雇用延長策として採用しているのが再雇用制度です。給与を含め同一条件で職場に残れる勤務延長と異なり、給与は60歳の定年退職時のおおむね50~70%にまでカットされているのです。退職前とまったく同じ仕事をしてもそうですから、同一労働同一賃金などとは無縁の世界です。
65歳定年になっても、企業の対応は変わらないでしょう。退職金が入ってくるとはいえ、不測の事態を考えれば貯えはある程度残しておきたいですから、生活の見直しを迫られることになります。

 年金も当てにできない
退職後の生活の支えになるはずの年金ですが、こちらももはや、おいしい話ではありません。国民年金は既に、受給開始は65歳からとなっています。厚生年金(報酬比例部分)はといえば、こちらも現在過渡期で、生年月日によって受給開始年齢が異なります。結論から言えば、男性は1961年4月2日以降、女性は66年4月2日以降に生まれた方は、65歳になるまではもらえません。今の現役世代の方は、ほぼこれに該当しますね。
さらに国は、受給開始年齢を70歳まで繰り下げようと画策しています。定年延長と重ね合わせてみれば、元気なうちはとにかく働いて税金も納め、国の支出はできるだけ減らすよう協力してくれといわれているみたいです。実際、かつては悠々自適のイメージがあった「年金生活者」という言葉も、今では低所得者、生活困窮者と同義語みたいに使われるようになっています。

定年後20年で5000万円!?
では、定年退職後にいくらぐらいのお金が必要なのでしょうか。
その前提として、平均寿命をみてみると、男性は81歳、女性は87歳に達しています。国の統計では、75歳を超えると、医療費はグンと上がります。そこまで生きられなくても、介護を必要とせず自立して生きられる健康寿命は、男性72歳、女性74歳です。国は健康寿命を延ばすことに力を入れているため、今後、平均寿命以上のペースで延びるとみられます。
一方、定年退職後の生活費は、政府の試算では、老齢夫婦2人で22万1227円となっています。1年で265万円。平均寿命までざっと20年生きるとすると、何と5310万円かかるということになります。貯蓄と退職金をかき集めてもこれだけの額を用意できる人は、そうそういないでしょう。
となると、男性で退職後ほぼ10年に及ぶ健康な間は、なんらかの収入を得られる道を確保しておかないわけにはいきません。

2) 退職までにやっておくべきこと
 固定収入を確認する
前項では、主に定年退職のケースについて説明しましたが、現在会社勤めをしている人の中には、将来性が見えずに不安だ、若いうちに違う世界に飛び込みたいなどと、早期退職を考えている方もおられるでしょう。
定年退職にしても、自己都合退職にしても、まずすべきは、年金や雇用保険などから毎月いくらの定期収入が、何歳になったら入ってくるかを確認することです。前述したように、厚生年金は生年月日によって受給開始時期が異なります。また、受給額は減りますが、年金の繰り上げ受給制度もあります。
企業によっては、企業年金があるでしょうが、これも退職後5年間だけとか、終身とかさまざまですから確認しておく必要があります。
さらに、いったん退職した後の再雇用の場合、給与は大幅にダウンするといいましたが、この場合、雇用保険の高齢雇用継続基本給付金(給与が75%以下に下がった人が対象)というのがあります。細かい算定方法があって複雑なのですが、65歳になる月までおおむね、退職時の最大15%がもらえます。
退職金もいくら入ってくるかを確認しておきましょう。会社の信用組合に借金があったら当然、その返済分を退職金から天引きされますから、額面を見て愕然としないようにしたいものです。

 生活にいくらかかるかを概算する
退職しても、それまで支払っていた固定費が安くなるわけではありません。子どもが独立して夫婦2人だけだったとしても、住宅ローン、光熱水費、生命保険料などは変わりませんし、食費や携帯電話代はもちろん、多少の小遣いなども必要でしょう。子どもがいたら、何歳まで教育費がかかるかも見ておかなければなりません。
再雇用にしても再就職にしても、恐らく退職前と同じ生活をしていたら足が出るでしょう。すると、貯金や退職金を切り崩すことになります。これも不安なことです。不意の出費が常に付きまとうからです。
持ち家があったら経年劣化しますから、壁の塗り替えや屋根の貼り替えがやがて必要になります。故障した電化製品の買い替えや、もしかしたらバスタブもとり変える必要に迫られるかもしれません。もちろん、病気になった場合は、治療費で思わぬ出費を強いられますし、交通事故で保険では賄えない出費が生じるかもしれません。数十万円から数百万円と言うお金が、あっという間に消えてしまうこともあるのです。
こうした金額を算出、想定したうえで、切り詰められる出費がないか、夫婦で額を寄せ合って考えておく必要があります。

 高齢者求人情報や給与の相場を知る
次にすべきことは、自分の年代でどれぐらいの求人があり、給与水準はどれくらいかを知っておくことです。ハローワークに行けば、簡単なパソコン操作で、自宅周辺エリアの相場が分かります。新聞の折り込みチラシに入っている求人情報紙を見るのもお手軽な方法です。
多分驚くと思います。中高齢者の求人の少なさと賃金の低さに。ましてや、自分のそれまでの経験を生かしたいという希望は、たとえ50代で早期退職しても、ほぼかなえられないと思った方がいいでしょう。無論、生きがいある仕事と考えていたとしても、その希望にかなう案件もなかなか見つかるものではありません。
この作業は、つらく情けない思いをするかもしれませんが、自分という人間を客観評価することにつながります。セカンドライフのスタートは、まずここからということを認識してください。

 どんな生き方をしたいか自問自答する
国の調査によると、定年退職後も仕事をしたいという人は多いのですが、その理由は収入を得たいということのほか、自分の培ってきた知識や技能を社会に生かしたい、もっと簡単に言えば、人のお役に立ちたい、社会とつながっていたいという思いが強いようです。ボランティアなどはそのたぐいでしょう。
一方で、農業をしたい、スポーツを始めたい、苦手な語学やパソコンを勉強したいなどと考えている人もおられるかもしれません。それらも一つの生き方でしょう。
しかし、長年ずっと温めていたというならともかく、いざ定年退職となってから考えたとしたら、満足感を得、納得できる生活を送ることは難しいと言わざるを得ません。あまりにも準備不足だからです。
農業をやるとしたら、土地はどうしますか? 語学やパソコンを習って、何に生かしますか? スポーツやボランティアは、自己満足は得られるでしょうが収入にはつながりません。生活費は十分ですか?
会社勤めの間は、仕事が降ってきます。極端に言えば、目の前の仕事をこなせばよかったのですが、会社を離れるとそうはいきません。すべては自分で決めて、自分で行動しなければならないのです。その落差を無視して、夢ばかりを追おうとしても、気が付いたら何も残らなかったという羽目に陥りかねません。
結局、退職後の最大のポイントは、その先20年をにらんだ生活設計なのです。しっかりとした収入の道を確保すること。それに生きがいが加われば、言うことはないでしょう。

3) セカンドライフを楽しむ
 増えているシニア起業
再就職や再雇用の難しさや問題点を指摘しましたが、こうした状況のもと、50代、60代で増えているのが起業です。前述したように、セカンドライフは以前と比べて長くなっています。会社の縛りから離れて、好きなことをやって楽しく生きたいという気持ちも強いのでしょう。
中には、年をとってから、そんなリスクを負いたくないと考える方もおられるかもしれません。しかし、きっちりと準備して、軌道に乗るまでの運転資金を確保しておけば、必ずしも難しいことではありません。専業主婦だった人が、アイデア一つで年収1000万円以上というケースもよく見かけるのですから。
テレビに登場するIT長者のような起業家は、ごくわずかな例外です。多くのシニア起業家は、例えばコミュニティ単位で活動するとか、特定のモノだけを扱うなど、手を広げずにやって、成功しているのです。
何から始めたらいいか分からないという人向けには、起業を手伝ってくれる会社や団体、税理士や行政書士事務所などもたくさんあります。
さらに、起業は行政も応援しています。各種融資制度のほか、返済不要の補助金・交付金制度を、国や自治体、各種団体が設けているのです。
ちなみに、中小企業基盤整備機構が運営する中小企業ビジネス支援サイト「J-Net21」(http://j-net21.smrj.go.jp/well/qa/)の「支援情報(資金・セミナー)を探す」ページを開き、「東京都/起業・創業、ベンチャー/補助金・助成金・公募」で検索すると、62件出てきました。その中には、シニア(55歳以上)に特化したものもあります。
このほか、中小企業庁の関連ホームページ「ミラサポ」(https://www.mirasapo.jp)でも検索できますし、各地の商工会議所、自治体の担当課などに問い合わせても教えてもらえます。

起業が成功するための条件
いろんな補助金・助成金も審査を通らなければ受けられません。審査基準は、どんな事業を始めるかや補助主体の性格などによって多少の違いはありますが、起業の場合は主に、①事業の独創性②実現可能性③収益性④継続性⑤資金調達の見込みなどが審査されます。融資の場合は、返済可能性や資金使途などが加わります。
これらの条件をみると、やはり会社時代に経験のあった分野が一つの近道だとはいえそうです。①~④についてはある程度知見があり、予測もしやすいからです。ただし、同じ仕事で元の会社と競合しないようにしましょう。元同僚との関係が悪くなるだけでなく、クライアントを盗ったとして、場合によっては大きなもめごとになりかねません。
IT系や芸術など特筆できる技能があれば、新しい仕事にチャレンジすることも可能でしょう。もっともIT系などは、ライバルが多いことは覚悟しておかなければなりません。
どんな仕事で起業するにしても、大切なのは、限られたセカンドライフの時間を有意義に使うという視点に立って、楽しいと同時にやりがいを感じられることです。加えて、稼ぐことを第一に考えないことも大切です。食っていければそれでいいぐらいのスタンスでいる方が、人が寄ってきて協力も得られやすいものです。また、定年を待たずに、気力、体力が充実している若いうちに始めることもお勧めです。

 需要が多い福祉分野
では、特筆すべき技能も、生かすべき経験もないという人はどうすればいいのでしょうか。考えるポイントの一つは、国がどんな分野、事業に力を入れているかを知ることです。というのも、補助金や助成金は多くの場合、国の施策に乗った分野ほど手厚くなるからです。それも当然ですね。国は力を入れたい事業には予算配分を厚くするのですから。もう一つは、事業の対象分野が成長・拡大する可能性があるかを見極めることです。
こうした視点で考えてすぐ思い浮かぶのが福祉でしょう。高齢化はますます進みます。さらに、現政権は「待機児童ゼロ」や「教育無償化」を重要政策課題に挙げ、消費税増税に伴う税収増分の一部をそちらに振り向けるというのですから、児童福祉にも一段と力を入れるでしょう。
ただし、福祉事業はものすごくテリトリーが広く、細分化しています。福祉の中でどういう事業に着目すればいいのか迷うことでしょう。
一つのヒントになるのが、直近の〝事件〟です。国のほとんどの機関が、障害者雇用促進法に定める法定雇用率を軒並み水増しして、国民を欺いていたことが発覚しました。未達成の民間企業からは、罰金のような納付金をとりながらです。
いささか不謹慎な見方かもしれませんが、厚生労働省をはじめ政府は、汚名返上とばかりに、これまでになく障害者対策に注力するのは間違いありません。目の前に大きなチャンスが広がっていると言っても過言ではないでしょう。

まずは必要な知識の習得から
とはいえ、障害者福祉に限らず福祉の分野は関連法が多く、しかもよく改正されます。また、事業形態もさまざまで、施設名一つとっても、よく似た名前に混同することすらあります。ですから、まずは基本的なことから学んで、頭の中を整理する必要があります。
ケアマネジャーや介護福祉士など、特定の資格を取るためなら自分で勉強することも可能ですが、事業として始めるとなると、学ぶことは多岐にわたりますから、独学ではとても難しいでしょう。
例えば、事業計画や資金計画の立て方、経理や納税申告のやり方、もろもろの届け出書類の作り方などは必須です。従業員を雇うなら雇用制度についての知識が必要なうえ、どうやって見つけるかの問題もあります。さらに細かいことを挙げればきりがありません。
しかし、どんな分野で起業しようとも、勉強が必要なことに変わりはありません。その中で福祉は社会に必要とされている分野だけに、人の役に立つというやりがいに直結していますので、勉強も楽しいものになるのではないでしょうか。


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