#1 息子を3年間育てたこの家とこの街をもうすぐ離れる
結婚をした年に今の家へ越してきた。
狭い1LDK。まだ結婚して間もなかった私たち夫婦に広さはあまり重要ではなく、利便性の良さで決めた家だった。
2口コンロ、小さいシンク、日当たりの悪さ、少ない収納スペース…
小さな不満はあったけれど住居に完璧を求めるのは不可能だし、何よりバスや電車に10分、20分ほど乗れば繁華街へ行ける恩恵のほうがデメリットを上回っていたので、満足していた。
引っ越してから数ヶ月後に妊娠が判明。
「この狭い家で育てられるかな…」
そんな不安が頭をよぎることもあったが、はじめての子供ということもあり、子育てにおいて家の広さがどの程度大切か甘く見ていたかもしれない。
出産してしばらくは、赤ん坊が動き回ることはないので、狭い部屋でも大きな問題が起きることはなかった。オムツや息子の服やオモチャが増えていくものの、大人たちの暮らしをおびやかすほどではない。
生後7ヶ月頃。ハイハイをし始めた息子。さっきまでソファの前にいたのにいつのまにかダイニングテーブルの足元まできている。
生後10ヶ月頃。伝い歩きをするようになった息子。家の構造上キッチンにゲートができず、ベビーサークルにいれっぱなしだったが、不満なのか柵をゆらしてそのまま一緒に倒れること数回。
1歳3ヶ月頃。歩くことを覚えた息子。まだフラフラなので所狭しと置かれるダイニングテーブルやら椅子やらにぶつかる。
そして今。家の中を縦横無尽に走り回る。
息子にはこの家は小さすぎる。これは夫婦の共通認識だった。
息子も私たちも伸び伸びと過ごせる家を探し求め昨年秋新居を決定。間もなく引っ越すことになる。
今の家の利便性に申し分はなかったが、オフィス街が近くにある分、通勤帰宅時間には多くのサラリーマンたちが横行するためとてもベビーカーで歩道を歩ける雰囲気はないし、中には歩きタバコをする人もいて、結構子連れには厳しい環境だった。
一方新たに住む街はファミリーが多く、子供が遊べる広い公園も近い。生活はしやすくなるはず。
夫婦で何度も話し合い、最善の選択をしたつもりだ。
でもいざ引っ越し日が迫ってくると、夫とは5年、息子と3年過ごしたこの街を離れることに寂しさを感じる。狭い部屋も、マンションを囲うオフィスビルの数々も、歩きタバコするおじいさんも、どこか離れがたい気もしてきた。
きっと新しい街に住み始めたら、そこがとても気にいるだろう。住み心地の良さを実感するだろう。
それでも今の街で暮らしたこと、この街で母親になり、小さい息子と愛しい時間を過ごしたこと、忘れずにいたい。
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