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どこまで行っても私は私でしかない

この道に進んだからとか
誰と出会ったからとか
そんなことで人間は変わらないとつくづく思う

結局自分はどこまでも自分だ

「変わったね」の正体は
新しく身に付けた一面
もしくは
秘めていたポテンシャルを磨いたことで現れた一面
これに行きついたとき、腑に落ちた
だから別にその人の根本が変わったわけではないと思う

もともと時間にだらしない人が時間を守れるようになった
それは意識や訓練のおかげで鍛え上げた一面であって
本人がそれを忘れて何も意識しなくなったらだらしない部分がどんどん出てくる

内気な性格の人が明るくなった
それは明るい人に憧れて努力した結果もしくは何かの引っ掛かりを緩めて心に余裕が生まれることでつくりだせた一面であって
その人が「=暗い人間ではなくなった」わけではない
きっと夜に考え事してもやもやして寝られなくなることはまだある

私が担任をもつことで
私と関わったことで
生徒を変えることはほぼ不可能である
なのにさも自分には力があるかのように
「この子を変えてあげたい」と思ってしまう
なんておこがましい

でもその子の眠っていたポテンシャルを目覚めさせるきっかけにはなるかもしれない

教育者なんて頭でっかちなものではなくて
可能性を引き出すファシリテーターのような”大人”になりたい

私も結局はどこまでいっても私でしかない
でももっとレベル上げしよう

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