さよなら、はじめて声をかけてくれたきみ

「人の心がないのはつくさんの方じゃん」

少年を泣かせた。

いたいけな十代と老獪なアラサー、何をどう取り繕っても世間から指を差されるのは私の方だろう。

しかし、こいつはぶいちゃで6股を掛けながら初心者狩りを繰り返す出会い厨だった。




最初は私も獲物だったんだろう。初めてぶいちゃに足を踏み入れた日のことを、今でもよく覚えてる。

右も左もわからんチュートリアルワールドで、1番最初に話しかけてくれたのは彼だった。

PCが届くと言えば到着日にわざわざ時間を作って、Discordを繋ぎながらセットアップを手伝ってくれる甲斐性の持ち主だった。



本性を暴いたきっかけは、お砂糖文化について教えてもらった時だと思う。

男同士でも多いんだよ〜という説明に「でも君は女の子も喰ってるでしょう?」と返した時の面食らった様子がウケた。
(私のこと何にも知らないのにかわいいって連呼する、わざとらしいウィスパーボイスでバレバレだよ…)

あからさまに返答に困ったのを見られて開き直ったのか、彼は赤裸々に教えてくれた。


自分はポ●モンをやっていて、新しい子を見つけては捕まえるのが楽しくて仕方ないのだと。


つくさんだってそうでしょうとナマを言うので「いいんじゃない、キャタピー100匹捕まえて満足してれば」と返すとゔっ!と言葉に詰まっていた。



ここまででわかる通り、彼は素直な人間だ。

聞かれたことには答えちゃうし、嘘がつけない奴なのだ。つまり心から純粋な気持ちで「女をたくさん落としたい」と思っている。言葉に起こすと最悪だ。

でもこんなピュアな彼を一体何がそんな風にさせてしまうのか。行動原理が気になって、しばらく一緒に過ごすことにした。



彼は裕福な子どもだった。

その歳でゲーミングPCとVRヘッドセットとその他もろもろ買い揃えられる財力って何?と聞いたところ、「祖母の代からある不動産収入で働かなくても月100万入ってくる」と聞いてひっくり返った。次元が違う貴族には一周回って嫉妬すらしない。

それでも彼はよく自炊をしていた。

作り置きしたレバニラをチンしたら、爆発して泣く泣くレンジを掃除してた日もあったね。私が特売の牛ブロ肉を買って1000円でステーキを焼くと言ったら「高い!」なんて返ってくる。

随分庶民的なんだね、と言ったら「お金があるからって、俺に投資してくれるわけじゃないんだよ」と言った彼の声はさみしそうだった。



よくよく聞けば、彼の家庭はおよそ正常には機能してなくて、誰も彼に愛と絆を教えてあげないまま現実世界でも素行不良があるようだった。



彼は他人を傷つけてでも、自分の欲望を優先することを我慢できない。


欲しいと思った女が他人の物でも寝取ってしまい、さらに釣った魚には餌をやらない。そんなことを繰り返すうちに爪弾きにされ、VRChatの世界に来たのだそうだ。



案の定揉め事ばかりで転生を繰り返したようだが、彼の話は不思議なことに聞いていて嫌悪感を抱かなかった。

なぜなら、彼はもがいていると思ったから。

彼は居場所を求めている。どうしたら世界に適応できるのか探ってる。本質的に素直なので、今の自分の悪いところを認め、変わっていこうとする向上心がある。

でもそのベクトルが「女をたくさん手に入れる」なのが間違っているので、ここさえ何とかできれば彼はきっと社会に帰れるだろうと思った。

私はただの通りすがりだけど…自分ではどうしようもない理由で愛されなかった奴が、救われない世界であってほしくなかったんだと思う。



幸い私は人の話を無限に聞いても全く苦にならない性質と、しょーもない雑談を無限に振れる性質を併せ持つので、遊んでいて楽しい人ポジションになるまでそう時間はかからなかった。



ある日、「もう一緒にいてくれるだけでいい」と彼が頭を寄せてきた時、「あ、今だ」と思った。



焼きもちでも正義感でも無関心でも、文脈は何でもよかった。

女を食い物にする不誠実を理由に、もう二度と会わないことを伝えて関係を切った。

私なんかの存在がどこまで影響できるか未知数だったけど、彼はいたぶって捨てられる側の感情を一度知るべきだと思った。




「人の心を知らないのはつくさんの方じゃん。勝手に人の中まで入ってきて、踏み荒らして、去っていくところ…」



そうかもね。でもそういう気持ちを、今までの女の子は味わってきたんじゃないの?



言い得て妙かもしれない。

私は終始一貫「好奇心」で行動していて、君の中にはもう知る余地がなくなった。

その瞬間、君との別れは心の中で決まってた。


この後君がどうするのかの物語も見てみたかったけど、そこに別に私は居なくてもいいと思う…



大人になるとみんな嘘ばかりついて、誰もこういうプロレスに付き合ってくれない。だから君との時間はすごく楽しかった。どんどん忘れていってしまうので、こうやって形に残しておこうと思ったんだ。


お互いにお互いの知らない場所で、元気でね! 

P.S.
更生したらしい!やったね🙌

いいなと思ったら応援しよう!