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Rainbow㉘

 渇望⑤

 合宿も終わり、明日からはドラァグクイーンが続々と石垣島入りしてくる予定だ。
 そんな中、真里の元に劇団メンバーと南乃花が訪れた。
「みんな、どうしたの?」家の玄関先で真里は琴美に聞いた。
「みんなで話し合って決めたことなんだけど、真里にショーに出てほしい! エリーシャとは話はついてるの。もう一度、エリーシャの前で踊って真里の実力を見せてほしい。それを伝えに来たの」琴美は優しく真里の顔を見つめた。
「でも、私は百合に負けたのよ。それに、……」
「真里先輩は、負けた訳ではないんです。エリーシャは、真里先輩の才能を目の当たりにして自分では教えることが出来ないと思ったんです。だから、真里先輩は、負けてないです!」百合が前に出て言った。
「でも、何を踊ればいいの?」
「あなたの心の中にあるものをダンスに込めたらいいのよ!」南乃花は劇団メンバーの後ろから声を上げた。
「え、どなたですか?」
「あ、ごめん。真里、この方は、私の友達の松本南乃花さん。コンテンポラリーダンスの先生です。そして、咲人さんのお母さんでもあるの」千夏は、以前からの友人を紹介するかのように真里に南乃花を紹介した。
「え、咲人さんの?……あの、私も咲人さんみたいに美しく踊ることが出来ますか?」
「もちろんよ! 一次審査のビデオは、見たわ。あなたなら、咲人よりも素質があるかもしれない。私の指導を受けてみない?」南乃花は、真里に手を差し出した。真里はその手を掴み、握手を交わした。
 コンテンポラリーダンスとは、テクニックや表現形態に共通の形式を持たない自由な身体表現の一つで、海外では当たり前のように聞く言葉だか、日本では「現代舞踊」などと呼ばれ一線を画している。「つまりは、ダンスによる革命よ」と南乃花は言う。決まりのない身体表現であることからこそ、抽象的なものを表現することができる。世の中にまだ存在しないダンスを創造することができるのだと、真里は教わった。
「あなたの心の中をダンスで表現してみない? エリーシャもきっとそれを望んでる」南乃花は、笑窪を見せ真里を見た。真里は、南乃花の笑顔が咲人に似ているな。と、思ったがすぐにそれを掻き消して、南乃花にお願いをした。
「私、ダンスで咲人さんにも勝ちたいし、ショーにも出てみんなに私のダンスを見てもらいたい。それから、日本や世界を回っていろんなダンスを習って、自分のダンスを究めたい! その全部が叶うほどの力を私に持たせてくれますか?」真里の言葉に、琴美を始め劇団メンバー皆が笑顔になった。
「全部が叶うほどの力を手に入れるには、それ相当の努力が必要よ。あなたに出来る?」
「私には劇団の皆と、母さんの応援がある。それがある限り、私は諦めないしめげたりもしない。必ず皆の期待に応えてみせる!」真里は南乃花を真っ直ぐに見て答えた。
「分かった! それじゃ、荷物運ぶから手伝って」南乃花は、大きなスーツを真里の前に置いた。
「え、ここに泊まるの?」真里が驚いた。
「そう! 急いで来たからホテルの予約取ってないの。それに、いちいち通うの面倒だしね」と、南乃花と千夏は顔を合わせて微笑んだ。まるで昔から仲の良かった親友を招いてるようだ。
 劇団メンバーとは、後日練習する日程を確認して、真里は南乃花の荷物を自分の部屋に運んだ。そして店の方に行くと、南乃花は席に座り千夏と談笑していた。千夏は、真里に気付くと手招きして同じテーブルの席に座らせた。
「ねえ、見て見てかわいいのよ。四歳のときの咲人さん」南乃花のスマホを手に、千夏が画面を真里に向けた。そこには、ダンスと呼ぶには程遠い猿のような動きをした幼児が映っていた。
「ちょうど咲人がダンスを習い始めた頃の動画」南乃花は、笑窪を輝かせながら真里を見た。
 真里は、少し恥ずかしくなって「いいよ、そんなのは」とスマホから目を背けた。
「あ、もしかして真里、咲人さんのこと好きなの?」千夏が口に手を置いて真里を見た。
「え、え、そうなの?」南乃花もそれに乗っかってきた。
「そんなんじゃないです! 全くもう。おばさん二人が集まるとそんな話ばっかり。別に好きとかじゃないから」真里の反応を見て、二人は微笑んだ。
「よし! では、コンテンポラリーダンス習得のための三つのステップを話しましょう」と、南乃花が実演を見せながら説明した。
 ステップ①は、部位を意識した動き。つま先や肘など体のあらゆる部位を動きの中心に持ってくる。この練習によって身体表現を高めることができる。
 ステップ②は、音楽への反応。ランダムに曲調の異なる音楽を流し、その音楽に合ったダンスを即興で行う。これは、リズム感や瞬発力を鍛えることができる。
 ステップ③は、条件を付ける。例えば「真冬に雪合戦をしている」という条件でダンスを構成する。それを瞬時にダンスで表現することで、想像力や表現力の向上につながる。
 南乃花は、ざっと説明するとスマホを手に取り、真里の一次審査の動画を見せた。
「あなたには、母親譲りの類稀なるリズム感がある。それに、ほら見て!……もう一人の子よりも先に予備動作を始めてるでしょ。咲人が次の指示を言った瞬間から、あなたの中ではストーリーが出来ていたのよ。こんなの自然に出来る人なんて私でさえ見たことない! エリーシャが『手に余る』というのも分かる気がする」
「それって、そんなに変ですか?」真里は困った顔をしている。
「変というより、『恐い』の方かな。だって、自分の想像を越えた人が目の前にいたら、次に何をしてくるのか分からないじゃない。それが咲人のように自覚している人ならまだしも、無自覚で精神的にもまだ未熟な子に、私だったらステージを預けられない」南乃花の話に真里は自分が異次元の世界から迷い込んだ人のような気持ちになった。
「じゃ、真里が自分の表現力を高めつつ、それを自在に操れるようになればエリーシャも納得してくれるってこと?」千夏の言葉に南乃花は指をパチンと鳴らして「その通り!」と勢いよく言った。それを見て千夏も真里もおかしくて笑い声を上げた。
 その日から、早速練習は始まった。真里は朝昼夕と南乃花の指導を受け、その合間に劇団メンバーから合宿で習ったことを教わった。中でも一番難しかったのは、ドラァグクイーンとしての振る舞い方だった。普段意識したことのない歩き方や手の置き方。がさつな真里にとっては、苦行そのものだった。だが、真里には頼もしい仲間がついている。仲間と共に笑い合える時間が真里にとっては、何よりの幸福だった。
 ドラァグクイーンショー開催日まであと四日に迫っていた。明日は、エリーシャにダンスを見てもらう日だ。真里は、心踊る気分だった。
 エリーシャは、連日ショーの打ち合わせと夜は石垣島入りしたドラァグクイーンを連れて開業前の仲間の店で毎晩どんちゃん騒ぎをしていると、咲人が店に食べに来たついでに話をしてくれた。何故か咲人は、エリーシャの体を心配しているようだった。千夏は咲人にエリーシャの健康状態について話してくれるようお願いした。すると咲人は、「全てを教えることは出来ないが、エリーシャは病気なのだ」と話してくれた。千夏と真里、南乃花の三人は、咲人の不安な表情に嫌な予感を抱いた。(つづく)

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