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虹のカケラ

入学式の日、青いランドセルをせおって、青いくつをはいた女の子を見て、わたしはドキンとした。同じクラスになったその子のことを、わたしは心の中で『あおちゃん』と呼んだ。しかも、本当にあおちゃんという名前だったので、びっくりした。
 あおちゃんは、えがおのすてきな女の子。
入学式で、にこりと笑うあおちゃんを見て、ママは、こう言った。
「あら、とってもすてきなえがお、かわいい」
「え? みそらはかわいくないの?」
わたしは、とつぜんぽっかり開いた心の中の穴に落ちてしまいそうで、恐(こわ)くなって聞いた。
「いやあねえ、みそらが世界一よ」
ママは、そう言ってぎゅうっとしてくれた。大好きなママの匂いに包まれて、背中に羽が生えたみたいに、わたしの心は軽くなった。
 あおちゃんは、一年二組で、わたしといっしょのクラス。でも、あおちゃんの机といすは、教室の窓際の列の一番後ろに置かれてて、あおちゃんがそこに座るのは、図工の時間だけ。
 あおちゃんは、「たんぽぽ学級」ってところにいるんだって。四月に、芽(めばえ)先生が、みんなにそう言っていた。
 あおちゃんは、雨の日が好きらしい。だって、雨の日は、青いかさに青い雨ぐつはいて、うれしそうに、ちゃぷちゃぷ水たまりを踏んでおどっている。
――わたしもいっしょに、雨の中で、あおちゃんとおどりたいな。
だけど、言えなくて。しかたないから、水たまりをよけて、帰った。
――あおちゃん、あのね、わたしもいっしょにあそんでいい? 
心の中では、言えるのに、声にできない。

 あおちゃんは、画用紙に色をぬるときも、やっぱり青色のクレヨンばかり。画用紙の真ん中に、大きな円を描いて、ぐるぐるぐるぐるぬりつぶしている。その周りに、さっきより少し小さな円を、ぐるぐるぐるぐるたくさん描いている。だから、始めは真っ白だった画用紙が、あおちゃんのだけ、高いお空のように、きれいな青色になった。それを見ていた、あおちゃんのとなりの席の、みやちゃんが、
「あおちゃん、ダメだよ。全部青くぬっちゃ!」って、あおちゃんの大好きな青色クレヨンを取っちゃった。そしたら、あおちゃんは泣き出して、えんえんえんえん泣き出して、みやちゃんも、こまってこまって泣き出して、えんえんえんえん、二人の声がセミの鳴き声のように教室にひびいた。
 その日、あおちゃんは、給食も食べずに、お家に帰っていった。
 あおちゃんが泣いたその日の帰りの会。いつも笑顔の芽(めばえ)先生が、笑っていない顔で、みんなに言った。
「みんなは、好きなことをするとき、どんな気持ちになるかな?」
「うれしい」「楽しい」みんなが、芽(めばえ)先生に言う。
「みんなの『好き』な気持ちを、あおちゃんにも分けてあげよう。あおちゃんの『好き』も、きっとみんなの『好き』に変わると思うの」
そう言って、少し笑顔になった芽(めばえ)先生を見て、みんな静かにうなずいた。それ見て、芽(めばえ)先生がにこりとしたから、教室に、にこりと笑顔が広がった。

 七月に入ってすぐの月曜日。朝の会で、芽(めばえ)先生が、
「たんぽぽ学級のまい先生が、熱でしばらくの間、お休みすることになりました。だから、今日からあおちゃんも、みんなといっしょにお勉強をします。みんな、よろしくね」と、芽(めばえ)先生は、ふわふわ毛布で包み込むように優しく見つめて白い歯見せた。
 月曜日の二校時は、算数。みんなは「数」のお勉強。でも、あおちゃんは、三角、四角、丸形の図形をパズルみたいにくっつけて、お家や車、いろんなものを机の上で作って遊んでた。それを見て、あおちゃんの前の席のひろむくんが、「あおちゃん、いいな。おれも、あおちゃんみたいに遊びたい」ってぼそりと呟いた。すると、芽(めばえ)先生、書くのを止めて、黒板に背を向け、ひろむくんを見つめて、それからみんなを見つめて、少し考えるような顔をしたと思ったら、その後、笑顔になって、言った。
「じゃあ、みんなでいっしょに図形パズルしましょうか」
ひろむくんも、みんなもびっくりして、時間が止まったのかと思うくらいに静かな教室に、良太くんの「ヤホー」という声がこだました。
 でもね、あおちゃんは、やっぱり一人がいいみたい。グループで図形遊びしている中で、あおちゃんは、一人で遊んでいた。
 芽(めばえ)先生は、こまった顔をして、あおちゃんを見ていた。先生も、わたしみたいに、「あおちゃん、一緒に遊ぼう」って言えないのかな?
 火曜日、あおちゃんの席が空いていた。あおちゃん、熱が出てお休みだって、芽(めばえ)先生が残念そうに、みんなに言った。水曜日も、あおちゃんはお休みだった。でも、今度は「熱でお休み」と、芽(めばえ)先生は言わなかった。
 木曜日の一校時、あおちゃんが教頭先生と一緒に、学校に入って来た。でも、教室には来なかった。
「今日は、教頭先生があおちゃんと、ずっとお勉強するんだって、張り切っていたわよ」と、芽(めばえ)先生は、笑顔でそう言ったけど、どこか寂しそうな顔してた。
 金曜日の一校時、いつもは国語なのに、今日は図工の時間で、ちぎり絵だった。あおちゃんも、今日はわたしたちといっしょにお勉強。 みんなは、折り紙をちぎって、ぺたぺた貼って、お空や海や青いスポーツカー作って、近くの友達と見せ合いっこしてた。
 でも、あおちゃんは、いつものように、青色クレヨン取り出して、大きな円や小さな円を描いて、ぐるぐるぐるぐる色ぬりしていた。
 ――青くぬられた画用紙は、遠くまで続く海のよう。
 ちぎり絵をしている、のりの付いたみんなの手。一人だけ、青く染まったあおちゃんの手。わたしは、手の平を見つめて、ちょっぴり寂しくなった。
 「あーあ、青色折り紙、全部無くなっちゃった!」と、あみちゃんは、芽(めばえ)先生に空の箱を見せた。
「こまったわね。青色の紙、どこかに無いかしら?」って、芽(めばえ)先生がゆっくり歩くその先に、青くぬられた画用紙を見つめているあおちゃんんが座っている。芽(めばえ)先生は、あおちゃんのとなりに、そっとしゃがんで、
「あおちゃんの青、とってもすてき。とってもすてきなあおちゃんの青を、みんなにおすそ分け、してもいい?」って、あおちゃんをやさしく見つめて聞いた。
 画用紙を見つめていたあおちゃんが、芽(めばえ)先生を見つめて、みんなを見つめて、それからまた青くぬられた画用紙を見つめて、こくんと小さくうなずいた。
「あおちゃん、ありがとう」芽(めばえ)先生は、きらきら笑顔で、あおちゃんと一緒に青くぬられた画用紙ちぎって、教室を回った。
あおちゃんが、青色画用紙をちぎって、
「はい、どうぞ」って、教室にいるみんなに一つずつ渡していった。
「あおちゃん、ありがとう」と、一人ひとり、あおちゃんににこりと笑顔で言った。
 みんなの画用紙には、三角、四角、丸形のあおちゃんの青が光ってる。 すると、今度は良太くんが、
「おれのもやるよ」って、あおちゃんに、自分の画用紙の角っこをちぎってわたした。それを見て、わたしもみんなも、青ちゃんに角っこちぎった画用紙を、
「あおちゃんへのおすそ分け。はい、どうぞ」と、わたした。
みんなからもらった、いろんな色のそれぞれ違った形の角っこたちが、あおちゃんの両手いっぱいに集まった。あおちゃんは、それを見て、みんなに、
「ありがとう」ってにっこり笑顔で言った。初めて聞いたあおちゃんの声は、まるで、ぽかぽかしたお日様みたいな声だった。
青くぬられた画用紙に、三角、四角、丸形のいろんな色の角っこたちが、一つ一つ貼られていった。
「にじのカケラみたいだね」
わたしは、あおちゃんの画用紙を見て、心に思ったことを思わず声に出しちゃった。すると、あおちゃんが、
「うん、にじのカケラ、あお、すき!」
と、にっこり顔をわたしに向けてくれた。その顔は、小さな背中に羽の生えた天使のような、ぎゅっとだきしめたくなるくらい、わたしの、むねの中を温かく包んだ。
「芽(めばえ)先生が、泣いてるよ!」と、あみちゃんの声に、みんなが驚(おどろ)いた。
みんなが見つめるその先に、涙(なみだ)をぬぐう芽(めばえ)先生が、
「あら、どうしたのかしら? みんなのやさしさに涙が止まらないの」
と、ママがわたしをぎゅうってするときみたいに笑ってた。
 一年二組の教室に、角っこをちぎられた、ちぎり絵たちが楽しそうに並んでる。もちろん、あおちゃんの「にじのカケラ」も一番高いところに貼(は)られてる。それを見ると、教室中に、笑顔が広がる。
「ねえ、あおちゃん。今日、一緒に帰ろう」
「あおね、みそらちゃんのこと、すき!」
「わたしも、あおちゃんのこと、すき!」

 青く澄んだお空に、二人の笑い声が、いつまでも聞こえる帰り道でした。

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