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Rainbow㉖ 

渇望③

 選考合宿六日目。合格者は目標の三十人に絞られた。ここからは、合格者達をどのプログラムに割り振るかを決める。ここでようやく、エリーシャが演出するドラァグクイーンショーの全容が見えてきた。
 エリーシャのマネージャーの立花さんが、どこからかホワイトボードを持ってきて、フサキリゾートホテルのマップを貼った。説明はマネージャーから受けた。
 石垣島の西の端に位置するフサキリゾートホテルの全面協力を得て、ホテル敷地内に特設ステージをいくつか設置する。これをサブステージと呼ぶ。サブステージでは、十三時から十七時までで、リップシンクやコミカルライブを三十分ごとに出演者を交代して行う。十七時からは、ビーチに設けられたステージでサンセットライブを行う。メインステージには、名だたるドラァグクイーンたちが名前を連ねる。陽が沈むまでライブをした後、夏至南風(かーちばい)というライブ施設で、ドラァグクイーンによるジャズライブを行う。
 立花は、汗だくになりながら一気に説明を終えると、すぐに風の当たるドア付近に移動した。
 皆の思っていることだか、立花はケンタッキーのカーネルサンダーのように、いつも白いスーツで会場にやってくる。沖縄のジメジメとした暑さに汗をかこうとも、一貫して白スーツだ。エリーシャは、それが当然であるかのように、立花に対しては一言も何も言わない。それは信頼からくるものなのか。それとも主従関係によるものなのか。秘密の多いエリーシャの七不思議として、受験生の中では何度も話題に上がっていた。

「この中の大半は、サブステージで何人かの演者のサポートに回ってもらうわ。メインと夜のジャズライブは、まだ、曲が決まってないの。あとから、サポートをお願いするわ。あ、そうそう当たり前だけど、全員衣装を着てもらうわよ! ドラァグクイーンショーなんだから。女性よりも女性らしく! 今日はドラァグクイーンとしての振る舞い方をみっしり教えちゃうから、覚悟しなさい」そう言ってエリーシャは、皆にウィンクを投げた。
 騒然とする会場に、いつの間に用意したのか立花が、衣装ラックを引いて体育館の壁側に置いた。それには赤黄青の色とりどりの衣装が掛けられていた。
「まずは、衣装の寸法合わせをしてちょうだい。そのあと、歩き方や仕草を身に着けてもらうから」
 皆が衣装の元へ集まり、「これ、かわいい」とか「派手な物しかない! 恥ずかしい」とか好き好きに言い合い笑いながら衣装を選んでいた。
 その様子を笑顔で見守るエリーシャの横に立ち、千夏は「ありがとう」と言った。
「何? お礼を言われるようなことは、何もしてないけど?」エリーシャは、千夏を上から見下ろした。
「真里、あれから何か吹っ切れたみたいで、『高校卒業したらダンスの道に進みたい!』って、言ってきたの。いままで、自分が本当にやりたいものを見つけられずにいたから、今回の合宿であの子は、随分と大人になった」千夏は、衣装選びをする無邪気な子ども達を見ながら言った。
「千夏の望みは、こんなものだったの?」ふいに外に放り出すような、そんな言葉だった。
「え、どういうこと?」千夏は聞き返した。
「何かを決めることが全て良いことだとは、思わない。ましてや、進路を決めたからって大人の仲間入りをしたとは言えない。真里は今、大人になったの? 千夏は、それを望んでいたの? だったら、私は何もしてない。これは、真里が勝手に決めたことよ!……あなたは、もっと高い望みを持っていると思ってた。それは、私の勘違いだったのね」エリーシャは、千夏を言及した。
「ちょっと、待って! 私はただ、この合宿が真里にとっての分水嶺となったって言いたかったの。ただそれだけよ」千夏とエリーシャのやり取りを見ていた子ども達が、二人の前に集まった。すると、エリーシャは目の前に集まった子ども達を見渡し言った。
「少なくとも、あなたより真里の気持ちを理解しているのは、この子たちの方よ」
「みんな、どうしたの?」千夏は怪訝な顔して聞いた。すると、琴美が全体を代表して口を開いた。
「私たち、真里に踊ってほしいんです! 真里をショーに出させたいんです! だから、千夏コーチに協力してほしんです! 真里に合宿で習ったこと全て、私たちが教えます。足りないところを千夏コーチに補ってほしいんです!」琴美は、真っ直ぐに千夏を見て懇願した。琴美の後ろにいる劇団のメンバーたちも同じように千夏を見ていた。
「千夏。親が子どもに高い希望を抱かなくて、どうするの? 世の中は、馬鹿の一つ覚えみたいに『自由』という見えない足枷を子どもに付けて大海に放り出す。将来のことは、あの子の人生だから、あの子の『自由に』って、は! 愚かよ。それって単に、自分の子どもに希望を持てないからでしょ! だからその子どもは、夢や目標を見失うたびに、大海のど真ん中で途方に暮れるのよ。親が子どもを孤独にしてるの。真里がそうだったでしょう。なのに、あなたはまたそれを繰り返そうとしている!」
「じゃ、どうすればいいのよ! 途方に暮れるあの子を側で抱きしめてやることしかできない私に。……」千夏は大粒の涙を流した。エリーシャは、子どもたちを見て優しい声で千夏に言った。
「希望の手綱を渡してあげるのよ。大海を泳ぐ子どもの側で、希望の手綱をしっかりと握って、こう言うのよ。『ここよりももっと先へ進もう! 君の限界のその先へ』」
 エリーシャは、千夏の肩を掴み子ども達へと向けた。
「素敵な仲間たちじゃない? 真里がショーで踊ることを本気で望んでる。真里はこの子達の希望なのよ。あなたが手放すには、まだ早いわ」エリーシャは、千夏の背中を押した。
「みんな、真里のために。……ありがとう」千夏は、琴美を抱きしめた。後に続いてみんなも千夏と琴美を抱きしめた。
「あの!」咲人は、子ども達の服の寸法を測りバインダーに記録していた。その手を先程から止めて、事の成り行きを見守っていた。
「もし、真里をショーに出すのなら今のままでは、何の達成感を得られないと思う」
「どういうこと?」千夏が咲人を見つめる。咲人は、エリーシャの方を一瞥してから話しをした。ついに「その時」が来たのだと、咲人とエリーシャは互いの目で感じ合っていた。
「俺の母さんなら、真里をもっと上へと引き上げることが出来ると思います!……俺の母親の名前は、旧姓、天童南乃花! 日本人コンテンポラリーダンスの頂点に立ち、その後突然の引退を表明して、長野の片田舎でバレエの先生をしています」
「南乃花さん! 天童南乃花さん。……エリーシャも、咲人さんも何故それを隠してたの? 私は彼女に酷いことをした。二十年経った今でも、私の罪は消えない。消えることなんてない!」
 千夏は、困惑した顔を見せた。すると、「あれは、事故よ!」と突然、入口から女性の声がした。それは、どこか懐かしく両頬に笑窪が見えるような声だった。
「南乃花さん! どうしてここに?」千夏の問いには応えず、南乃花は千夏の腕を取りエリーシャに一言だけ言った。
「ちょっと、千夏さんを借りるわ!」
エリーシャは、レヴァランスというバレエのお辞儀をして、微笑んだ。
「ありがとう!」千夏の腕に自分の腕を絡ませて、南乃花は千夏と出口に消えた。(つづく)

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